第16話

同性愛に関する記述があります。ご了承ください。


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文箱には書類が何点か入っていた。どれも急ぎの案件で、皇帝である私の署名が必要らしい。それらに一通り目を通してから署名し、宮城で取り返した御璽ぎょじを押す。それらの作業を黙々とこなしていると、妙に視線を感じる。顔を上げるとバースィルと目が合った。


「なんか、色っぽくなったな」


バースィルは少々いかついながらも見た目は悪くなく、それなりの地位もあってか女性からの誘惑も多いと聞く。だが、軍人にしては身持ちが硬く、同性愛の噂もある。信じていなかったが、こうしてまじまじとした視線を向けられると信憑性が増してくる。私も多少鍛えているが、彼にはとうていかなわない。思わず貞操の危機を感じて身構えた。


「私はファラ一筋だからな?」

「おい……」


私が警戒して身構えると、バースィルは「こいつも信じているのか……」と呟き、がっくりと項垂れる。


「言っておくが、デマだからな?」

「そうなのか?」


必死に言いつくろおうとするところが怪しい。今後は密室で2人きりになるのは避けた方がいいかもしれない。


「だから、違うって」


1人で納得していると、バースィルはなおも言い募ってくる。彼が言うには、同性愛疑惑は根も葉もない噂らしい。言い寄ってくる女性が減るので噂は放置していたが、ちゃんと好きな女性が居ると言い切った。


「まあ、そういうことにしておこうか」

「お前な……」


バースィルは苦虫をかみつぶしたような表情になっている。真相はともかく、今後もこうして気楽に言い合える相手がいるのはありがたいことだ。生前、義母が何よりも代えがたい存在になると、学友達に引き合わせてくれたことに改めて感謝した。




なおも何か言いたそうにしていたが、外に控えていたバースィルの副官が来客を告げる。ジャルディードの長はわざわざ足を運んでくれたらしい。


「お通ししてくれ」


ちょうど署名も終わっていたので、書類を文箱に収めた。元の様に厳重に封をしてから副官に渡し、すぐに都へ送るように手配を済ませてから長を招き入れる。


「こちらから伺おうと思っておりました。ご足労ありがとうございます」

「至高の地位に就かれたのじゃ。こちらが出向くのは当然のことわりじゃ」


長の背後にはファラの両親も控えており、ちらりと見えた扉の外にはファラの兄達の姿もあった。一家揃ってきたのはやはりファラのことが気にかかるからかもしれない。

護衛としてバースィルは私の背後に立ち、入室してきた3人に改めて席を勧める。私としては、今後も今まで通りの付き合いがしたいのだ。


「ところで、ファラは……」

「まだ、眠っております」


神妙に切り出してきたのはファラの父親だった。私の返答に男2人は肩を落とし、伯母は目を輝かせた。


「まあ、まあ、まあ、じゃあ、ファラちゃんは決意したのね?」

「はい。全てを話した上で、改めて結婚を申し込んだところ、彼女は受け入れてくれました」

「そう……。じゃあ、私はファラちゃんの様子を見てこようかしら」

「そうして下さい。お願いします」


私が頭を下げると、伯母はウキウキとした様子で席を立つ。そのまま部屋を出て行こうとしたが、一度足を止めて振り返った。


「お義父様、あなた、ちゃんと話を詰めておいてくださいね」

「あ、ああ……」


男2人は伯母の勢いに押されたようにぎこちなく頷いた。それを見届けた伯母は、軽やかな足取りで部屋から出て行った。



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