第15話

柔らかな光を感じて目を覚ますと、すでに夜は明けていた。本当は夜明け前に起きだして、バースィルから状況報告を受ける予定だったのだが、この1月余りの強行軍で体は思った以上に疲れていたらしい。

寝坊した分、早く起きださねばならないのだが、腕の中に閉じ込めたままの愛しい少女から離れてしまうのが惜しい。まだ深い眠りの中にある彼女の寝顔を私は満ち足りた気持ちで眺めていた。


「主様……陛下、お目覚めでございますか?」

「ああ」


気配を察したのか、ネシャートが部屋の外から密やかに声をかけてくる。私は仕方なく体を起こし、ファラの額に軽く唇を落としてから寝台を抜け出した。そして部屋着をまとって寝室から出た。


「お休みのところ申し訳ございません、バースィル将軍がお目通りを願っておられます」

「分かった。支度する」

「かしこまりました」


バースィルに会うだけなら問題ないが、その後は母屋に行き、ファラを正式に妻に迎える旨をジャルディードの一同に伝えるつもりだ。気心の知れた相手ではあるが、さすがに部屋着のままというわけにはいかない。

ネシャートがそれを見越して用意してくれたのは皇帝の紋章入りの略式正装。バースィルを少し待たせることになるが、それでもきちんと身なりを整え、まだ眠っているファラのことを任せてから居間へ足を向けた。


「待たせてすまない」

「いや、こっちこそ無粋な真似した」


お茶を飲みながら待っていた彼は、私の姿を見て型通りの礼をとるが、口調は変わらず砕けたままだった。急にかしこまられるのも気持ち悪いので、その辺は気にせずに彼に席を勧めると私もいつもの席に座った。


「ザイドは今朝一番で帝都に護送した。アルマース領の平定も問題なく完了している。今のところ出立は明後日を予定している」

「そうか……」


帰還は予定通りというバースィルの報告に、私は頷くだけにとどめた。またしばらくの間ファラと離れていなければならないと思うと辛いのだが、こればかりは仕方ない。


「それから、カリムから明け方届いた」


バースィルは傍らに置いていた文箱を差し出す。厳重に封をされた文箱を開け、中の手紙を取り出すと早速目を通していく。


「叔父が危篤だそうだ」

「本当ですかい?」


バースィルが首を傾げるのも当然だろう。部屋に踏み込んだ私を幽霊と勘違いし、逃れようと大暴れしたあの日からまだ幾日も経っていないのだ。


「元々体を壊していたのはお前も知っているだろう? 医者の話では、もっと早い段階で適切な治療を受けていれば快癒かいゆしていただろうと言っているそうだ」


至高の存在のはずなのに後宮の片隅へ追いやられ、誰からも顧みられることなく1人酒浸りの日々を過ごしていた叔父が何だか哀れにも思える。だが、彼がもう少し政をかえりみていればこんなことにはならなかったはずなのだ。

正直に言って叔父の処遇についてはまだ迷いがあった。肉親の情があるというわけではないのだが、ジャリルやモニールと同列に扱っていいか迷っていたのだ。直接手を下さなくて済むので、手間が省けたといったところかもしれない。

感傷を振り払い、再び書簡に目を通していく。

叔父と異なり、モニールは一命をとりとめたらしい。私が帰還すれば、今回の主犯の1人として情夫のジャリルとともに刑を施行されることになっているので、運がいいのか悪いのか微妙なところではあるが……。

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