おまけのおまけ5

パトラの全身至る所にバースィルが付けた痕があり、それを目にした女性陣に冷やかされながら晴れ着に着替える。冷やしたものの、まだ少しはれぼったい目元は化粧でごまかし、髪は綺麗に結ってから色とりどりの花で飾られる。姿見に映る姿はまるで別人の様だった。

着替えを手伝ってくれた女性達に支えられながら、今度はお祝いの会場となっている食堂へ移動する。いつもの殺風景な景色と異なり、晴れの日に相応しくたくさんの花で飾り付けられてとても華やかだった。


「パトラ?」


驚いた様子で声をかけてきたのは、儀礼用の軍服を身に纏ったバースィルだった。まだ信じられないのだが、婚姻の書類は既に提出しているので、堂々とした居住まいの彼は彼女の夫になる。そんな彼の姿にパトラは思わず見惚れていた。

バースィルは足早に近づいてくると、動きの止まった彼女の手を取り、そっと口づける。そしてその場で2人はしばし見つめ合っていた。


コホン


わざとらしい咳払いで我に返り、バースィルの後方へ目を向けると、背の高い柔和な印象を受ける美青年が立っていた。

髪が長く、中世的な顔立ちの男性なのだが、その服に縫い取られている翼をもつ獅子の紋章を目にして血の気が引いてくる。


「こ、皇帝陛下……」


パトラは慌ててその場に跪こうとするとが、それは傍らにいるバースィルと当の本人に止められる。


かしこまらなくていいよ。君達のお祝いをすると聞いてね、友人としてお祝いを言いに来たんだ」


そう言われても緊張で体が震える。そんな彼女をバースィルはそっと抱きしめた。


「だから言っただろう、いきなりは無理だって」

「お前の想い人に会ってみたかったんだよ。宮城へ呼びつけても応じてはくれないだろう?」

「それは全力で却下」


ここにおわすのは至高の存在である皇帝陛下とそのお方を支える将軍閣下である。砕けた口調で言い合っている姿は市井のどこにでもいる若者と変わらず、パトラもその場にいた女性達も唖然とするしかなかった。


「もう顔を見たからいいだろう? そろそろ帰ったらどうだ?」

「なんだ、つれないな。もう少しゆっくりさせてくれよ」

「カリムに無理言って抜けてきたんだろう? ファラ様のところへ帰れなくなってもいいのか?」

「……それは困るな」


どうやら軍配はバースィルに上がったようだ。


「仕方ない。視察も済んだし、これで帰るとしよう。バースィル、パトラ嬢、結婚おめでとう。2人に末長い幸せがある事を願っているよ」


敗北を認めた皇帝陛下は、2人を祝福するとゆったりとした足取りで部屋を出ていった。



高貴なお客様を見送ると、ささやかなお祝いの席は仕切り直しとなった。

小さな子供達がお祝いの歌を歌う中、パトラとバースィルは花で飾られた特別な席に案内される。そしてみんなから祝福をうけるといつもより少し豪華な夕餉を頂いた。普段は出ないお菓子もあり、特に子供達は大喜びして賑やかな食事となった。


「今日は、みんなありがとう」


救護院には小さな子供もいるのであまり遅くまでいるのは申し訳ない。名残は尽きないが、夕餉が済むと2人は早々にお暇することにした。

2人は見送りに出てきた一堂に心温まる宴に感謝して迎えの馬車に乗り込んだ。

規則的な馬の蹄の音を聞きながら、パトラは隣に座る夫にそっと寄り添った。


「どうした?」

「なんか、幸せだなって……」

「それは……困るなぁ」


予想外の答えにいぶかしんでバースィルを見上げると、彼はわずかに口角を上げる。


「どうして?」

「俺はまだパトラを甘やかし足りない。もっと幸せになってほしいから、これで満足しないで」

「十分よくしてもらっていると思うけど……」

「まだまだ足りないよ。とりあえず、残りの休日は邪魔をするなと釘を刺してきた。存分に君を愛でられるよ」

「お、お手柔らかにお願いします」


肩に回っていた手がさわりと腰に降りてくる。何を意図しているのかもはや疑いようもない。対処に困っていると、彼は彼女を引き寄せて額に口づけた。


「愛してる、パトラ。これからも一緒に幸せを見つけていこう」

「はい……」


胸がいっぱいになったパトラが声を詰まらせて応えると、バースィルはそっと唇を重ねた。


やがて馬車は2人の住いに着いた。そしてバースィルは宣言通り、朝まで妻を体の隅々まで愛したのだった。

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