おまけのおまけ1
「将来の事を考える中に、俺と共に歩むこともちょっとでもいい、考えていてくれないか?」
バースィルに告白されてもう半年近く経っていたが、パトラは未だに答えを出せないでいた。
断る理由は山ほどある。自分は彼よりも4つも年上で、無効になったとはいえ一度他の男に嫁いだ身だ。それに帰る家もなく、この救護院で世話になっているのだ。
片や彼は新しく即位した皇帝の側近の一人で、近衛だけでなく帝国兵全てを束ねる存在になっていた。おまけに本人は謙遜しているけれど、実家はれっきとした貴族だ。平民の自分とは釣り合わないのは確かだ。
それでも明確に拒否ができない。彼は、3日と置かずに彼女に会いに訪れてくれる。10年前、彼がまだ苦学生でパトラの父親が営んでいた酒場で働いていた頃と変わらない笑顔のままで。他愛もない会話の最中も彼女の気持ちを汲み、決して強引に口説こうとはせず、ただ、別れ際に「好きだ」と一言言って帰っていくのだ。
気持ちは疾うに傾いている。否、10年前から意識していたのは確かだ。商人に嫁ぐと彼が知った時、引き留めてくれたのは嬉しかったのだ。だが、あの時はそうするしか方法がなく、自分の気持ちに蓋をしてあの男の元へ嫁いだのだ。
その塞いだ気持ちを彼に少しずつ無理なく開けられ、もう元に戻すことが出来なくなっていた。それでも身分差という事実が彼女をためらわせていた。
「そろそろ戻らなきゃ……」
手厚い治療のおかげで体はすっかり良くなり、杖は手放せないものの日常生活に支障が出ない程度には回復している。今は監禁生活で落ちた体力を取り戻す訓練も兼ね、日中天気がいい時はこうして敷地の中を散歩しているのだ。
今日は治療院の移転に伴う引っ越し作業があるため、邪魔にならないよう敷地の外れまで来ていた。静かで物思いにふけるにはちょうど良かったのだ。
しかし、今のパトラの足では戻るのに時間がかかる。日が暮れる前に戻ろうと、彼女は腰掛けていた椅子から立ち上がると、ゆっくりと歩き出した。
「!」
数歩踏み出したところで、背後から急に口をふさがれ、拘束される。そのまま引きずられそうになるのをこらえ、持っていた杖で襲撃者を打ち付けた。反撃されると思っていなかったのだろう、一瞬拘束が緩んで彼女は地面に倒れこむ。そのまま不自由な足を庇いながら這うようにその場を離れる。
「この、女!」
襲撃者は作業員の格好をした男だった。怒りをあらわにしてパトラの腕を掴んで引き寄せ、手を振り上げる。叩かれると察し、彼女は身をすくめる。同時に商人から受けた暴行の数々を思い出し、恐怖で体が震える。
ドコッ バキッ
だが、その手が振り下ろされることはなかった。逆に鈍い音がして掴まれていた手が自由になる。恐る恐る目を開けてみると、襲撃者は少し離れた場所でひっくり返っていた。そして彼女は力強い腕に抱きすくめられる。
「大丈夫か? パトラ」
涙でにじんで相手の顔がはっきりわからなくてももうそれが誰だかすぐに分かった。安堵した彼女は世界で一番頼もしい男性の胸に縋った。
「バースィル……」
「大丈夫か? 怪我はないか?」
再度の問いに彼女は頷くしかできない。
そんな甘い雰囲気を他所に、先程の襲撃者はバースィルの部下によって拘束されていた。それを見届けたバースィルは彼女を抱き上げると、「後は任せる」と言い残してその場を後にした。
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