おまけのおまけ2

パトラはバースィルに抱きかかえられたまま馬に乗せられ、気づけば瀟洒しょうしゃなお屋敷に連れてこられていた。ひとしきり泣いて落ち着いた彼女は、我に返ると自分を抱きかかえている男を振り仰ぐ。


「ここ……どこ?」

「俺ん家だ」


バースィルはこともなげに言い放つと、出迎えた使用人らしい初老の男性に馬を預け、その伴侶らしい年配の女性を伴って屋敷の中へずんずんと歩いていく。そして優美な彫刻が施された扉を開いた。

夕日が差し込むその部屋は、明るい色の調度品で統一された女性用の部屋だった。彼は細かな花模様があしらわれたクッションが置かれた椅子に彼女をそっと降ろすと、「心配いらないから」と一言いい、後を年配の女性に任せて部屋を出て行った。


年配の女性の手を借りて湯を使い、転んで泥がついてしまった服の代わりに用意してくれた真新しい服に着替える。女性の話では、服だけでなくこの部屋もバースィルがパトラの為に用意したものらしい。

濡れた髪を乾かしてもらいながら、パトラは部屋を見渡した。もともとはどこかの貴族が建てた屋敷なのだろう。家具の良し悪しは分からないが、それでもあの商人の家にいた間に見たどの調度品よりも優美で価値があるようにも思える。

まだ結婚を承諾していないのに、これを自分の為に整えてくれるなんて気が早いにも程がある。大切に扱おうとしてもらっているのが嬉しい反面、自分にここまでしてもらう価値があるのか疑問に思えた。


「入るよ」


髪を整え終えた女性と入れ違いにバースィルが部屋に入ってきた。彼も湯を使ったのか、簡素な部屋着に着替えている。飾り気がない分、何だか男らしさが倍増して見えた。


「何だか、いろいろありがとう……」

「いや、間に合ってよかったよ。引っ越しで人の出入りが多かったから、もうちょっと警戒しておけばよかった。怖い思いをさせてごめん」


さっき襲われたことを律義に謝ってくるのだが、それを思い出してしまい体がこわばる。すると失態に気づいたバースィルは慌てて隣に腰掛けると彼女を抱きしめた。


「ごめん……」


彼に抱きしめられていると、不思議なくらいに気分が落ち着く。彼女が彼の腕の中でゆるゆると首を振ると、彼もようやく安堵の息を吐き、もう一度「ゴメン」と言って彼女の額に口づけた。


「なあ、ここで一緒に暮らしてくれないか?」


バースィルはパトラを抱きしめながら、彼女のことが本当に好きな事、結婚の承諾をもらうために環境を整えようとこの家を手に入れた事、家事も負担にならないように住み込みで人を雇うことなど己の心情をぽつりぽつりと吐露していく。

そして気にしていた身分のことも、ライラが後ろ盾になってくれていることで心配ないと断言してくれる。そんな彼の素直な言葉が胸に染み込んでいくたびに、過去に閉ざした気持ちの蓋が消えてなくなっていく。


「私で……いいの?」


顔を上げたパトラの小さな問いかけに彼は一瞬驚いたように目を見開く。だが、すぐに彼は床に跪いて彼女の手を取った。


「君でなきゃだめだ。俺の妻になってくれ」

「はい……」


小さな声で返事をすると、彼女は再び彼に抱きすくめられる。そして少し強引に唇を重ねられた。だが、それは全然いやではない。一度離れると、今度はパトラが彼の頬に手を添えて自分から唇を重ねた。

すると、彼女が自分から口づけをしたことで彼の理性のたがが外れてしまったらしい。彼は性急に彼女を抱き上げると、寝台へと向かったのだった。


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