第2話
私達は内政官となった学友のカリムと落ち合い、後宮の一室を目指す。後宮と言っても位の低い妃に与えられるような隅の部屋。そこは周囲にそそのかされ、私から帝位を奪った叔父、ジャッシム1世の部屋だった。
人の良い叔父は良心の
控える女官の姿もなく、皇帝の私室とはとても思えないような質素な部屋に踏み込むと、浴びるように酒を飲んでいる叔父の姿があった。
「ひぃぃぃっ!」
部屋に踏み込んだ私の姿を見たとたん、叔父は杯を放り投げて壁際まで後ずさりする。その姿に幻滅したのか、カリムが同伴した文官達は一様に深いため息をつく。彼らは父の代から仕え、アルマースに
普段彼らがはいることが許されない宮城の奥の実態とこれから私達がすることの正当性の証人となってもらうために呼んだのだ。第三者を味方に付ける為の異母姉の入れ知恵だった。
「お久しぶりです叔父上」
「しゃ、しゃべったぁぁぁ!」
どうやら本気で私を悪霊か何かと勘違いしているらしい。10年前のあの火災で死んだと思い込ませたのは私達だから驚いて当然だろうが、肥太った体を縮こまらせ、震えながら泣いているその姿にただ呆れるばかりだ。
「た、た、たしゅけて……」
「助かりたいですか?」
私の問いかけに叔父は何度も頷く。背後のカリムに視線を向けると、打ち合わせ通り彼は持参した書類を取り出す。それは叔父が退位し、帝位を私に譲る旨を記した同意書だった。
公式の文書に使われる上質の紙には既に御璽が押されており、叔父の署名が入れば正式な文書として成立する。書跡は真似ることが出来るので無理に書いてもらわなくてもいいのだが、こちらとしては後ろ暗いところが無いに越したことはない。
「では、これに署名を」
差し出したペンを叔父は震える手で受け取った。署名をするとこれで助かると安堵したのか、気味の悪い笑い声をあげる。
「連れていけ」
これで叔父にはもう用はない。私が頷くと、控えていたバースィルが部下に命じる。本来ならば守ってくれるはずの近衛兵に拘束され、叔父は引きずられていく。
「何故ぇ? 何故ぇぇぇぇ?」
手荒に扱われ、叔父は奇声をあげる。そんな事はお構いなしに近衛兵達によって部屋から連れ出されていった。
「さ、次行こうか」
「御意」
まだこれは序の口だ。次の相手は容易ではないが、それでも決定的な場は既に整えられている。私は一行を従え、幼い日を過ごした後宮の最も華やかな一角へと足を向けた。
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