ラシードの事情

第1話

久しぶりに帰ってきた宮城を目にしても、不思議と感慨というものがわいてこなかった。最後に目にしたのは10年前。後見だった義母が他界し、その葬儀が終わった直後に実母と共に冤罪で捕われた時以来だろう。

巨大で厳めしい。それが自分の中に残る記憶だった。遠目では篝火に照らし出された宮城は幻想的で美しく見えたが、こうして城門の前に立って見るとなんだかくたびれきっているように見える。手入れも行き届いていないらしく、それが一層古ぼけた印象を与えていた。


「アブドゥル殿下、準備が整いました」


学び舎で学友として共に過ごした仲間の1人、バースィルが声をかけてくる。10年前のあの日、辺境へ護送される途中の宿で起こった火災で炎にまかれるところだったところを命がけで助けに来てくれた1人だ。

今では家柄だけで抜擢された近衛兵団長の代わりに近衛兵をまとめ上げる補佐官となっている。今回の作戦も彼が主導して立案されたものだ。


バースィル同様国の中枢へ入り込んでいる他の友人達の情報では、今現在、叔父を担ぎ上げて政を牛耳る連中に心底忠誠を誓っている者はほとんどいない状態だと聞いている。

これから宮城を制圧しに行くのだが、戦闘にもならないだろうと彼らは言っていた。叔父も彼を祭り上げたアルマース家の人間もこうして反乱が起こっていることをまだ知らない。しかもその反乱の中枢を担っているのが彼らを守るはずの近衛兵団だという事を予想すらしていないはずだ。

旧都に幽閉されている実母も既に解放し、味方である異母姉の元に預けてある。宮城の制圧はこの反乱の総仕上げといったところだ。


「では、行こうか」


成功は間違いないと確信している。それでも世の中に絶対というものは存在しない。一抹の不安と緊張をごまかす様に、まるでそこら辺を散歩するような気楽さで号令を発した。バースィルは頷くと城門の上で待機する兵士に合図を送る。すると程なくして重い鉄製の大扉が軋みを上げて開いた。


「お帰り、アブドゥル」


馬をゆるりと進めながら門をくぐったところでバースィルが小さく声をかけてくる。そこでようやく感慨がわいてきてしまい、不覚にも涙が溢れそうになる。

だが、本番はこれからだ。元々威厳なるものを持ち合わせていないにしても、総大将が泣いていては士気に関わる。手綱を握り直し、気持ちを引き締めた。



こうして私は10年ぶりに念願だった帰城を果たした。

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