第12話

帝国兵によりアルマースの私兵が無力化しても1人わめき続けていたザイドはバースィルが白刃を突きつけて黙らせた。他愛もなくそれで白目をむいたので、労することなく首謀者の捕縛は完了した。

総大将である私の仕事で残っているのは尋問結果の報告を受ける程度である。強行軍させた兵士達の休む時間も必要だし、バースィルや解放したファラの親族達も生暖かい目で見送ってくれたので、ファラを伴って部屋に戻っても何の問題もないはずだ。と、言うか、誰にも文句は言わせない。


「従兄様、降ろして」

「だめ。大人しくしてて」


後始末をバースィルに任せ、ファラを抱えて離れに向かう。履きなれないかかとの高い靴で走り回っただけでなく、ザイドに見事な蹴りまでお見舞いしたために、彼女は足を痛めてしまっていたのだ。

恥ずかしいのか必死に降ろしてほしいと懇願するのだが、もちろん即座に却下した。


「従兄様は居なくて大丈夫なの?」

「任せておけば問題ない。それに、帰ってきたら説明するって言ったでしょ?」

「そうだけど……」


そんなやりとりを続けているうちに離れについた。先ぶれを出していたので、ネシャートを筆頭に離れの召使が総出で私達を出迎えてくれる。


「お帰りなさいませ、主様」

「ただいま。先にファラの治療を」


私はそのままファラが使っている客間へ向かい、彼女を椅子の上に優しく下した。


「着替えてくるからここで待ってて」


彼女の額に口づけ、控えるネシャート達に指示を与える。そして自室に戻ると既に整えられていた湯を使い、都からの強行軍でまみれた汗と埃を洗い流した。そして部屋着に身を包み、ファラの部屋に戻ると彼女は足の治療を終えて待っていた。


「足、大丈夫?」

「うん……」


気を利かせてネシャート達はお茶の用意を整えると静かに退出していく。いよいよ全てをファラに話す時が来たのだ。その緊張をごまかすようにお茶を一口飲んでから私は口を開いた。


「色々、黙っててごめんね」


私が真っ先に頭を下げると、心優しいファラはゆるゆると首を振ると私を見上げる。


「説明してください、従兄様」

「うん。そうだね」


私は改めて表情を引き締め、居住まいを正した。自然とファラも姿勢を正し、私に向き直る。


「私の本名はアブドゥル・ラシード・アル・カウン。父は先の皇帝ファイサル3世だ」


私の告白に彼女は目を見張る。


「父は正妃様との間に4人の皇女を儲けたが、跡継ぎとなる皇子には恵まれなかった。父は正妃様の事を愛していたし、弟がいたのでそれでもかまわないと思っていたらしい。

だが、周囲がそれを黙っておらず、結局父は側妃を迎えることになってしまった。野心のある貴族はこぞって縁戚の令嬢を差し出し、令嬢達もあの手この手で父に迫った。だが、それに辟易した父は側妃選びを止めてしまい、正妃様の元へ通い続けた」


私は一旦言葉を切り、お茶を飲んで一息つく。ファラは無言で空になった茶器に、洗練された動きで新しいお茶を注いだ。私は礼を言ってもう一口お茶を飲む。

都へ旅立つ前、彼女に出していた、「私を唸らせるお茶を淹れるようになる」という課題は、見事に合格だった。


「ありがとう、美味しいよ」


私が褒めるとファラは顔をほころばせたが、まだ話の途中だったのを思い出して彼女は表情を引き締めた。

私も表情を改めると、自分の生い立ちに10年前に起こった政変の概要を語る。途中、ジャリルとモニールのとった手段を思い出し、怒りで言葉が詰まってしまった。ファラはそんな私を気にかけてくれたが、この機に全てを伝える覚悟をしていた私は、彼女を安心させるとここに至るまでの経緯を全て話した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る