第9話

広間を退出した私は大急ぎで後宮に戻ると、再び軍装を身に纏う。入城した折と異なり、今度は皇帝の威厳を示す壮麗なものとなっている。宮城の後始末はカリムが引き受けてくれるので、これから軍を率いてアルマース領を平定するという建前の元、ジャルディードへ足を延ばして改めてファラに結婚を申し込むのだ。


「顔がにやけているぞ」

「うるさい」


私の護衛と実質的な軍の指揮官として同行するバースィルが冷やかしてくる。余計なお世話だが、かわいい従妹の姿を思い浮かべると自然と頬が緩んでしまうのは否めない。私の求婚に対してどんな答えが返ってくるかが気がかりではあるが、それでもファラに会えるのは単純に嬉しい。自然と操る馬の歩調が速くなっていた。


バースィルの元、統制された軍は順調に進んでいたが、アルマース領に差し掛かったところで問題は起きた。もう後は無いと分かっているのに、一部の親族が砦に立てこもっていると先行させた部隊から報告を受けた。

だが、これも予想の範囲内だ。領内にはザイドが居る。彼の性格からすれば素直に明け渡すような真似はしないだろう。

今の戦力なら力でねじ伏せることも簡単ではあるが、それでも無駄な流血は避けておきたい。死者が出れば、心根の優しいファラはきっと悲しむからだ。そこで一先ず砦を圧倒的な兵力で取り囲み、様子を見ることにした。


「立てこもる親族の中にザイドがおりません」


しかし、砦の様子を探らせていた部下からの報告を受けて、胸騒ぎを覚えた私はその方針を一転させることにした。バースィルも同様だったらしく、私の意を受けてすぐに総攻撃を命じた。

物理的な兵力だけでなく、その士気においても圧倒的に差があったのも手伝い、砦はあっという間に陥落した。そして混乱に乗じて逃げ出そうとした首謀者もすぐに見つけ出して捕らえることができた。

アルマースの親族の中でも下位に位置するこの男は、軽く脅しただけで全てを白状した。我々の動きを察したザイドの差し金で砦に立てこもっていたのかと思っていたが、どうやらこの親族の独断だったらしい。

若い私達が相手なら、ごねて交渉に持ち込めばどうにかなると思ったらしい。甘く見られたものだ。


「ザイド様は昨日から姿を見ておりません」


特に目新しい情報は得られず、念のためと思いザイドの行方を聞いていたのだが行く先は知らないらしい。加えて砦を守っていた私兵の数が圧倒的に少ない。嫌な予感がする。


「ジャルディードへ行く」


私はすぐさま馬に跨ると、ジャルディード目指して駆け出した。バースィルもこの場を部下に任せると、軍の半数を率いて付き従う。どうか間に合ってほしい。そう願いながら私達は馬を走らせた。

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