彼を奪還すべく戦闘準備で候

 魔法使い・池崎いけざきに導かれた先は、ファッション魔法要塞・ワンフォー。


 思えば、ここが全ての始まりだった。


 十哉トーヤが変身したのも、キュンプリの実写映画の制作発表が行われたのも――あの二人が出会ってしまったのも。


 この魔窟に巣食う悪の魔王を倒すべく、勇者・古泉こいずみサクはパァンと両手で顔を叩き、気合を入れた。


 おっと待て待て、用件は魔王討伐じゃない。勇者からお姫様にジョブチェンジするために来たんだってば。



「最後にもう一度確認するよ? 『自分の良さを最大限に引き出す』ことは捨てて、『自分の資質とは別方向に軌道を変更する』――これがサクちゃんの望みなんだね?」



 真剣な目で池崎が問う。私はしっかりと頷いた。


 池崎は溜息を一つ落としてから、私の手を引いて魔窟の門を潜った。



 最初の関門は美容院。


 トリートメントを受けて軽く全体をカットし、女の子らしいピンクベージュのヘアカラーを施す。更にロングのエクステを取り付けてゆるふわっと巻き、ランダムに散りばめられたカラーを際立たせて透明感と躍動感のメリハリを付けてもらった。


 続いて、顔面の改造へ。


 まつげエクステサロンで、ブラウンとボルドーミックスのまつエクを装備。程良い抜け感を演出するために本数は欲張らず、細めのCカールで。


 次はいよいよメイク。


 まずは適当に済ませていたベースをみっちり作り込むことから。様々なカラーのコントローラーを使って全体の輪郭を整えた上で、素肌感のあるセミマットのファンデーションを丁寧に伸ばす。更にその上からもハイライトとシェーディングを駆使してナチュラルな立体感を作り、パープルのパウダーで透き通るような質感をプラス。


 そこからまた別の店に移り、今度はアイメイクだ。


 発色と保ちを良くするためアイベースをムラなく塗り、髪色に合わせたピンクを主役に様々なカラーを使って、バランスを見ながら目周りを彩る。ついでにこそっとモーヴパープルを下瞼に置いて、白目の美しさを演出。


 やり方をメモりたかったけどそんな暇なかったし……何よりこれ、自分で再現すんのは無理だわ。


 でも鼻下にシャドウを入れて、人中を短くするテクは覚えたぞ。顔のパーツが真ん中に集中して見えるから、あどけなく可愛い印象になる! よし、早速明日から実践だ!!


 リップはベージュ系ピンクで、メイクがうるさくならないように引き算を。代わりにグロスカラーを二色使い分けて、膨らみを強調する。


 メイクが終わったら、お洋服選び。ここは池崎が前もって見繕ってくれていた。



「うわぁ……」



 披露されたのは、白のロングワンピース。肩を出すオフショルダーデザインで肩周りにフリルがあしらわれている。まるでお姫様のドレスみたいだ。


 正直全く似合う気がしなかったけど、池崎に背を押され、私は勇気を出して挑んだ。



「お、いいね! サクちゃんは背が高いから、こういうデザインでもあざとくならないだろうと思ってたんだ。想像以上にサラッと着こなしてくれちゃったね。それじゃあ、服はこれに決まり!」



 池崎の一声で服は決定。ついでに小物やアクセも彼にお任せした。



 最後にシアーピンクとライトブルーのネイルを手にも足にも施してもらい――古泉朔の大改造計画は完了した。



 自分で言うのも何だけど……これ本当に私か? 自分史上最高に可愛いんだけど!


 作画崩壊で男に見えてたのが、一気に神作画の乙女に昇格じゃん!



「どう? 少しは自信ついた?」



 鏡になっているフロアの柱の前に立って、回転してはニヤニヤを繰り返していたら、池崎の呆れたような声が降ってきた。



「うん! 私もやればできるんだってわかったよ。これなら浅見あさみさんにも勝てるかもしれない!」


「じゃあ、きし君に見せておいで。ちゃんと会って、話をして、『好き』って伝えるんだ」



 私は思わず、背後に立つ池崎を振り向いた。



「もしかして、そのために……?」



 池崎が肩を竦める。



「そうだよ。どうしていいかわからないからって、立ち止まってちゃいけない。方向が違ったって突き進むんだろ? でなきゃ、なりたい自分になれない。サクちゃんが俺に教えてくれたんだよ。だから……俺も決めた」



 『なりたい自分になるためには、方向が違ったって突き進むのみ』――それは、レストランで私が口にした言葉だった。



「本当はね、サクちゃんが可愛くなれなかったら、俺も諦めようと思ってたんだ。だって、こんなに本人が持つ素材を無視して殺して変えようとするなんて、賭けに等しかったからね」



 池崎はそう言って空を仰ぎ、改めて私に向き直った。



「サクちゃん、すごく可愛いよ。なりたい自分に、なれたんだね。俺も……勇気を出して、レイカに会ってくる。もう方向なんか知らない、ひたすら突き進む。彼女に辿り着けるまで」



 そっか……私の変身は、彼にとっても大きな力になったんだ。


 何だかレイヤー時代を思い出す――あの頃も私のコスを見て、心が元気になりましたってコメントをたくさんもらった。



 私は大きく頷き、それから池崎に告げた。



「だったらネクタイ、変えた方がいいよ」



 池崎は慌ててストライプのネクタイを引っ張り出し、自身の濃紺のスーツに合わせてチェックした。



「えっ、合わない? 無難だと思うんだけど」


「格好良いけど隙がなさすぎて、ちょっと固い印象じゃん。いかにもエリートビジネスマンって感じで」



 そこで、と私はこっそり買っておいた秘密兵器を取り出した。



「これ、使って。式島しきしまさんの注意を引いて、隙を作れるはずだから」


「ええ……これぇ? マジで言ってんの、サクちゃぁん……」



 びっしりとマッチョマンがプリントされたネクタイを見て、池崎が顔を引きつらせる。


 この野郎、私を信用してないな? 式島さんを笑わせるには、マッチョが最も有効なんだぞ?

 怒らせた時は、デスクにえっちなマッチョマンの落書き置いとけば、八割の確率で萌えに気を取られて機嫌が直るんだぞ?



「池崎さ〜ん? なりたい自分になるために、突き進むんじゃなかったんですかぁ〜?」


「そ、そうだった! わかりました、これでいきますっ!!」



 そう、今夜は我々にとっての決戦。


 私も池崎も、なりたい自分になるために突き進む。そして、大好きな人からの『好き』を手に入れるのだ。



 必ず良い結果を報告し合おう、と私達は固く握手を交わし合って、ワンフォーで別れた。

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