彼の心が見えなくなっていくで候

「…………レイカとは、二回付き合って二回別れてるんだ」



 代わりのお箸を用意してもらってカツ丼を食べ終えると、池崎いけざきは静かな口調で語り始めた。



「最初は高校生の時。あの頃の俺は本当にガキで、レイカが夢中になってるコスプレにまで嫉妬してさ。何度もデートの約束キャンセルされるから頭に来て、『コスプレと俺、どっちが大事なんだ!?』って言ったら……ぶん殴られてフラれた」



 そりゃフラれて当然だ。


 私だって十哉トーヤにデートすっぽかされまくってるけど、だからって『せいらちゃんと私、どっちが大事なの!?』なんて言ったことないし言えないもん。



「コスプレなんて、ハロウィンパーティでやる程度のものしか知らなかったんだ。フラれた後、こっそりイベントを見に行って……衝撃を受けたよ。こんなすごいものを彼女は作り上げていたんだ、って。そんな彼女に魅せられる人間が、こんなにもたくさんいるんだ、って」



 今の自分では、彼女に相応しくない――そう考えた池崎は復縁を迫るのをやめて、勉学にスポーツにと自分磨きに専念したという。



「二度目は大学を卒業してすぐ。EKグループを継ぐために、手始めとしてワンフォーの統括を任されたんだけど、店内をお忍びでチェックしていた時に再会したんだ」



 始めは頑なだった式島しきしまさんも、池崎が彼女のコスプレを見て素直に感動したことを伝えると、徐々に心を開いてくれるようになったらしい。


 二人が再び付き合うようになるまで、そう時間はかからなかった。


 しかし、幸せな時は二年ほどで終わった――突然、式島さんから別れを告げられたのだ。



『最後だから打ち明けるけれど、あなたと付き合っていたのはお金目当て。でもあなた、実家はお金持ちなのにすごくケチでしょ? 料亭にジャンク持ち込んで何もオーダーしないなんて、正直ドン引きしたわよ。期待外れもいいとこ、もっと条件の良い人に乗り換えるわ』



 それが五年ほど前。池崎はショックで一週間も寝込んだそうな。



 けれど私には、式島さんがそんなこと言うなんて信じられなかった。


 池崎と付き合うと不幸になるって、金持ってるのに出し渋るからって意味だったの?

 その当時、元彼を騙してもお金が欲しかったのは、自分のお店を設立したかったから?



 いいや、信じない!



 部下にもバイトにも優しくて、思いやりがあるからこそ時に厳しくて、レイヤー時代もファン全員に神対応だった式島さんが、恋人を一方的に傷付けてポイ捨てするなんて私は信じない。きっと何か理由があったんだ。



 だってその頃にはもう、式島さんのお腹には瑠依ルイちゃんがいたかもしれないんだから。



「サクちゃんは……きし君の、どういうところが好きなの?」



 今度は池崎が私の方に問う。痛々しい過去を思い出したり、瑠依ちゃんの存在を知ったりと一気に荒波が押し寄せたから、心の整理をするために一旦休憩したくなったんだろう。



「どこって聞かれると難しいな……私も、トーヤには二回恋してるんだ」



 頭の中に、二人の十哉が浮かぶ。


 一人は線の細い、ひ弱そうな男の子。もう一人はモサいロン毛に黒縁眼鏡で、無精髭に加えて盛大に鼻毛をはみ出させた汚顔のキショメン。



「一回目は五歳くらいだったから、よくわかんない。いなくなって、初めて好きだったんだって気付いたし。強いて言うなら、一緒にいて楽しかったからかな?」



 お店のご好意で差し入れにいただいた冷たいお茶を飲みながら、私は昔の十哉に思いを馳せた。



「二回目も、よくわかんないんだ。高校で再会したんだけど、進路が別々になることになって、離れ離れになるんだって実感した時に、やっと気持ちに気付いたから」



 最初は、気色悪い見た目に引いた。


 話して打ち解けたら、五歳の時とちっとも変わってなくて安心した。


 仲良くなるにつれ、会わなかった空白の時間に作られた新たな十哉を発見していった。



 昔と同じで違う十哉は、もう小さな男の子じゃなくなってて――男装レイヤーをしていても所詮は女である私にはない、『男』を感じた。



「腕力も体力も、全然及ばなくてさ。たまに気遣われたりすると嬉しいどころか悔しかったし、私の方がイケメンなのにって突っ張ってたけど……本当は、怖かったんだ」



 私は、男の十哉を怖いと思っていた。


 軽々と重い物を持ち上げる腕や全速力で逃げてもすぐに追いつかれる足、どれだけパンチしてもびくともしない腹筋、大きな手や固くてがっしりした体――ふとした瞬間に見せつけられる十哉の男としての特徴が、怖くて堪らなかった。



「思えば、それが二度目の恋の始まりだったのかも。十哉を男としてすごく意識してたんだもん。認めようとしなかったせいで、恋してるんだって理解するまでに時間がかかったけどね」



 神妙に話を聞いていた池崎は、私が言葉を切ると優しく微笑んだ。



「サクちゃんは、岸君のことが本当に好きなんだね」


「うん……でも、トーヤは違うのかもしれない」



 私は池崎から目を逸らし、俯いた。



 私の脳裏から、恋した二人の十哉が消える。

 代わりに現れたのは、神之臣かむのしん風に変身した十哉。



 そして、その隣には――。



「私から告白して付き合ったけど、一回も好きって言われたことないんだ。それに……今は、浅見あさみさんが側にいる」



 ずっと溜め込んできた思いを零し始めると、止まらなくなった。



「トーヤ、あの人のこと理想だって言ってた。それに浅見さんも、彼女がいても諦めない、私なんかには負けないって。あんな綺麗な人に、敵うわけないよ。もうどうしていいか、わかんない……!」



 自分で言って、がっつり凹んだ。必死に大丈夫だと言い聞かせてきたけど、全然大丈夫じゃない。むしろ、詰んでる。もはや、崖っぷちだ。


 ――十哉が浅見さんに惹かれていくのを、黙って見てるしかできない。



「サクちゃん、泣いちゃダメ。瞼が腫れるし、涙焼けする」



 池崎の慰めの言葉は、実に非情なものだった。


 こんな時くらい、親密度マックスの乙女ゲー攻略キャラみてえな台詞吐けねえのか、クソ崎め!


 涙目で睨んだ私の前に、手が差し伸べられる。


 振り仰ぐと、乙女ゲー正統派の王子様キャラのような優しく余裕に溢れた笑顔が待ち受けていた。




「おいで。俺がサクちゃんに、魔法をかけてあげる!」

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