『涙の恋魔装スタイル』で挑むでござる!

彼より己の萌えに燃える日もあるので候

「想像以上に盛り上がってましたね〜。この勢いで、地方のイベがもっと増えるといいですねっ!」


「人混みすごいし、暑さで死ぬかと思ったわ〜。でも萌えの力が生命力を超えたね。来年も期待大だな!」


古泉こいずみ先輩、コミポ行けなかったからって買いすぎですよ。ボーナス吹っ飛んじゃったんじゃないですか?」


「そう言うユアちゃんだって、通販で散財したって言ってたのに爆買いしてたじゃん。貯金尽きたんじゃない?」



 本日は優愛ユアちゃんと二人で、新たに今年から開催されることとなった近隣地方限定の同人誌即売会に参戦してきた。


 購入品の八割は郵送したものの、二人揃って両手からぎっしり本やらグッズやらが詰まった袋を提げての帰還である。重くてしんどいんだけど、この大変さもまた同人イベの風情なんだよね!


 夕方に地元へと帰ってきた私達は、まず『ミヤビ』に向かった。二人一緒に店を休むことが許されたのは、取材も兼ねてという理由があったので、成果報告せねばならないのだ。



 しかし、お店の様子を外から伺ってみれば何やら騒がしい。



「私的な用件で職場に来られては困ります。どうかお引き取りください」


「でも、電話をかけても出てくれないじゃないですか!」


「私はきちんとお断りしております。ですから、電話はお受けできません」


「せめて、少しの間でいいからお付き合いいただけませんか? もしかしたら、気持ちが変わるかもしれないでしょう!?」



 レジカウンター付近で、式島しきしまさんとスーツ姿の男が言い争っている。お高そうなスーツを着てるから、最初は池崎いけざきかと思ったけれど、残念ながらそんなイケメンでもなければ若くもなさそうだった。


 バレないようこっそり店内に侵入した私と優愛ちゃんは、顔を見合わせて首を傾げ合った。誰、あのオッサン?



「何を言われても、私の答えは変わりません。お見合いの件は、これで終わりです。お帰りください」



 冷たい声で男に言い放つと、式島さんは頭を下げた。


 あ、いつぞやの見合い相手か!

 断られたのに職場まで押しかけてくるなんて、私の想像以上にヤベー奴じゃん!!


 式島さんが華麗に踵を返して終わりかと思われたが、そこで突然、男は豹変した。



「ふざけんなよ……こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって。お前みたいなコブ付きの傷物女を、この僕が親切に世話してやるって言ってるんだぞ? ああ、そうか、お仕事が大事なのか。だったらこんな店、ぶっ潰してやる!」



 そう叫ぶや、男は近くにあった陳列棚に手をかけた。


 いけない、と私が飛び出すより先に、何者かがその手を掴んだ。




「……これは、立派な犯罪ですよ。田宮たみやさん」




 男の暴挙を寸でで止めたのは――――何と、池崎。



「な、何だ、てめえ……」


「タミヤ興産の次期社長ともあろう方が、こんなに分別のない人間だとは。お父上とは大違いですね、正直がっかりです」



 池崎はスマートな手付きで名刺を取り出し、田宮なる男に渡した。



「一度会議でお会いしているはずですが、覚えていらっしゃらないようですので改めて自己紹介させていただきますね。私、EKグループ現オーナーを務めております、池崎芳樹ヨシキと申します」


「いっ、EKグループの!?」



 男が慌てて胸ポケットを探る。けれど池崎は、首を横に振ってそれを止めた。



「あなたの名刺は結構です。この件は、現社長にも報告させていただきます。場合によっては、今後の取引にも影響が及ぶかもしれませんね」


「そ、そんな……!」



 男は忽ち蒼白となった。



「それが嫌なら、式島さんに謝罪してください。そして彼女とお店に、二度と迷惑をかけないと誓ってください」



 池崎の言葉に田宮は何度も頷き、その場で土下座して式島さんにこれまでの非礼を詫びた。


 彼が転がるように店から出ていくのを見届けると、式島さんはそっと池崎に近付き、



「ありがとう……」



 と一言だけお礼を口にして、さっと事務所の方へと消えていった。



 物陰からトーテムポールのように頭を縦に並べて見守っていた私と優愛ちゃんは、トレンディドラマのような胸熱展開に、ただただうっとりと萌え散らかしていた……。




「ねーねー、今日の俺、カッコ良かったよね!? 調子こいて取引云々とか言っちゃって、内心ヤベってなってたけど。レイカ、惚れてくれたかなぁ? ね、何か言ってなかった? ヨシキ好きとかヨシキ大好きとか、ヨシキ愛してるとか!」



 しかし、トレンディドラマの裏側はこれだ。


 ヤベっのレベルで死ぬような思いさせられた田宮さんが、気の毒にすら思えるよ……。



「特に何も。新規イベントの我々の成果に、目を爛々とさせてただけだよ」



 私と優愛ちゃんが買ってきたBL本を見せると、式島さんは上司の仮面をかなぐり捨てて鬼気迫る勢いで食い付き、我々と同じただの腐女子と化した。

 ちなみに今は二次より一次創作派、オリジナルBLの発掘に夢中だそうで、推しカプはお耽美眼鏡美青年攻め✕年上ヘタレマッチョ受けとのこと。


 そんなどうでも良い情報も嬉しいようで、池崎は嬉しそうにメモっていた。


 これ、何の役に立つんだろ……式島さん好みのシチュを自分で描いてプレゼントするつもりかな? 黒歴史量産するだけだから、やめた方がいいと思うんだけど。



 田宮事件の後、店内にいた私と優愛ちゃんを発見した池崎は、



『お二人共、大荷物ですね。お家まで持ち帰るのは大変でしょう。よろしければ、近くまでお送りしますよ』



 などと甘い笑顔で誘い、式島さんへの報告を終えるまで待っていてくれた。



 優愛ちゃんは『スゲェヤベェパネェ、奴一人で夢小説千本ノック余裕いける!』と狂喜していたけれど、中身これだからね。式島さんにとっちゃ、迷惑レベルは田宮と同等だし。


 そんな奴に協力する私も私なんだけどさ……。



 店から家が近い優愛ちゃんを先に送り、二人きりになった時は正直気まずくなるかと思っていた。


 こうして会うのは、あのレストラン以来だったから。


 けれど池崎は相変わらずアホワンコ全開で、あの日のことについては全く触れなかった。



 なので彼からの食事の誘いに乗り、先に我が家に寄ってもらって本日の戦利品を置いてきた後、こうして向かい合ってカツ丼を食べているのです。


 ちなみに場所は、とんでもなく高そうな料亭の和風個室席。

 そこで提供していただく、最高級の素材をふんだんに使用したラグジュアリーカツ丼……というわけじゃなく、全国チェーンの店でテイクアウトしたカツ丼弁当を、持ち込んだだけ。



「こういうとこで食べると、普段よりも贅沢してる感じしない?」


「しなくもなくはないけど……何も注文せずに持ち込みだけ、なんていいの?」


「いいのいいの、了解はもらってるから」



 カップの味噌汁を一口飲み、池崎は屈託なく笑った。



「前にもチラッと言ったけど、俺の家、すごく厳しかったんだよ。だからジャンクフードも全然食べさせてもらえなくてさ。でもどうしても食べたくて我慢できなくなって、小学生の時に親と親しかったこの店の店長さんにお願いしたんだ。それ以来、ここを借りてはこっそり食べてたんだよねー」



 うぅ……アニメ禁止といい、何て暗い幼少期なんだ。ひっそり心の涙を拭い、私はたっぷり卵が絡んだトンカツを噛み締めた。



「レイカも連れて来たことあるんだよ。彼女も呆れてたなぁ……『こんなところでわざわざジャンクを食べる意味がわからない』って」



 式島さんの名前を口にすると、池崎の笑顔が曇った。



「やっぱり……式島さんと過去に付き合ってたんだよね? それって五年前くらいだったりする?」



 恐る恐る、私は気になっていたことを尋ねてみた。



「えっ、何でわかったの? サクちゃん、魔法少女!?」


「少女って年齢じゃねーわ、今日だってR18もっさり買ってきたし……それはいいとして、式島さんに子どもがいることも知ってるの?」



 すると池崎は、綺麗な二重の目を見開いた。




「ウソ、何それ……知らない、初耳だよ? レイカ、子どもいるの……? てことは……けっ、結婚してるの!? やだーーーー!!」




 そして箸を放り出し、畳に顔を伏せて喚き散らす。いちいち音量もアクションもうるさい奴だ。



「結婚してたら、あんな男と見合いなんてしないよ。いいから落ち着け」


「でも……子ども…………」


「その子、今四歳なんだよ。付き合ってた時と、ギリギリ時期が合わない?」



 池崎が勢い良く顔を上げる。が、テーブルに頭をぶつけてのたうち回った。



 これは――瑠依ルイちゃんから絵の説明を受けた時に浮かんだ、ただの想像。


 正しいか間違っているのか、無関係の私が式島さんに答え合わせをお願いするわけにはいかない。でも。



「私には、真実はわかんない。問い質す権利もない。だから、事実だけ伝える。問い質す権利がある人に」



 テーブルの向こうから失敗した匍匐前進のような半端な状態で、呆然と私を見上げる池崎の姿は――沼から這い出てくる河童みたいだった。

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