彼のトリオ仲間達による怒髪天で候

「あっ、古泉こいずみ殿が目覚めたでござる! 良かったでござる! 君枝きみえだ殿のおかげでござる!」


板垣いたがき殿に足払いされた時は何事かと思うたが、拙者のグラマラスボディをクッションにするとは流石でござる!」



 イタキモい雄叫びに慌てて飛び起きると、そこは昨夜のスイートルームに引けを取らぬほどゴージャスなお宅でござった。


 何度か遊びに来たことがある、スグルの家のゲストルームだ。


 両脇にいた二人は、上半身を起こした私を挟んで手を取り合い、ギニョニョドゥボボと不気味な喜びの声を放った。


 聞けば、睡眠不足と二日酔いと精神疲労のトリプルコンボで倒れた私を、タクシーでこちらまで運んでくれたらしい。ついでにお医者さんを呼んで、診察までしてくれたんだそうな。


 こいつらこう見えて、何気にいいとこの坊っちゃんなんだよな。英司エイジは大手飲食チェーンの息子だから幾つも別宅持ってるし、卓の家は高級ホテル経営だからこんなファビュラスなとこ住んでるし。


 なのにそんなのかき消すほどイタキモいって、天は二物を与えずを見事なまでに体現してるよね……。


 私が寝かされていたのは、天蓋付きのベッド。家具もアンティーク調の猫脚で統一されていて、中世ヨーロッパの貴族の部屋みたいな感じだ。



 しかし、そんな部屋に似つかわしくないものが二人以外にもあった――壁の一面を覆う、大きなスクリーンだ。


 そこには、プロジェクターでキュンプリのアニメが映されていた。



 私を起こさないようにヘッドホンを使用していたようで、音声は出力されていなかったけれど……私は画面を指差し、二人に告げた。



「あれ、止めて」


「何故でござる? 最初から観たいのでありまするか?」


「もうすぐ、古泉殿の愛する壇上だんじょう神之臣かむのしんの登場シーンでござるよ?」



 友人達が呑気に首を傾げる。私はフリルの付いた枕を二人に投げ付けた。



「だから止めろっつってんだよ! 神之臣なんざ見たくねえんだよ!」



 あわあわと卓が映像を止め、スクリーンはヒロインの輝夜てるやはあとが驚愕に見開いた目を潤ませたところで停止した。


 危なかった……神之臣の登場はこのすぐ後なのだ。何とか間に合ったよ。



「……きし殿と、何かあったのでござるか?」



 ベッドサイドの椅子に腰掛けた英司が、優しく尋ねる。


 私はふわふわと頼りない掛け布団を頭から被った。そしてひりつく喉から声を絞り出し、彼の質問に答えた。




「…………昨日、別れた」


「ギニョッ!?」

「ドゥボッ!?」




 二人が悲鳴を上げる。この反応から窺うに、十哉トーヤからはまだ何も聞いていないのだろう。



 何故だどうしてだと聞かれる前に、私は自ら彼らに打ち明けた。



「トーヤ、好きな人ができたの。お前らも知ってるよね、せいらちゃん役の綺麗な人。彼女もトーヤのことが好きで……両想いになっちゃった」


「そ、そんなはずは……だって、岸殿は古泉殿を」



 卓が震え声で否定しようとする。私は布団の中で激しく頭を振り、彼の否定を否定した。



「もう、トーヤの心に私なんていない。ううん、最初から私の居場所なんてなかった。私が強引に居座ってただけ。友達としての情けで、置いてくれてただけ。もしかしたら……ただ三次元の女と付き合うのが、どんな感じなのか知りたかっただけなのかも。だってトーヤは、私のことなんて好きでも何でもなかったから……」




 そこまで言ったところで、突然布団が引き剥がされた。




 驚いて涙目のまま見上げた視界に、顔を真っ赤にした英司と卓が映る。




「い、いかに我らの友人といえど、我らの友人を愚弄するのは許さぬぞ!」



 オカッパの髪を振り乱しながら顔面から発する熱で眼鏡まで曇らせ、裏返った声で英司が怒鳴る。



「岸殿だけならまだしも、自分自身まで貶めるとは……謝れ! 我らの大切な二人を侮辱したことを謝れ!!」



 坊っちゃんカットを波打たせる勢いで太ましい全身を震わせつつ、上擦った声で卓が叫ぶ。




 これは……もしかしてこいつら、マジギレしてる!?




「岸殿は、古泉殿のことを心から想うておったのだぞ! 何故それがわからぬ!?」


「古泉殿を慕うあまり、自らの未来まで擲つ覚悟であったというのに、何故彼を蔑ろにするようなことを言うのだ!?」



 ごめん、待って……全く意味がわからない。



「トーヤが私のこと好きだって……お前らにそう言ってたの?」



 初めて見る彼らの凄まじいアングリーオーラに気圧されつつも、私は取り敢えず要点を確認することにした。



「そうじゃ! 初恋の女の子と再会できたと歓喜し、彼女に萌えすぎて楽しくて辛いと、高校生の頃は毎日のように零しておったわ! 古泉殿の側にいられるだけで幸せだと日々喜びを噛み締め、しかしその反面、自分など恋愛対象として見てもらえるはずがないと嘆いてもいたでござる!」



 呆然とする私に向けて、英司はさらに続けた。



「古泉殿の最後のコスプレイベントを労う会を開いたあの日、本当は岸殿から愛を告白する予定だったのじゃ。それで我らは気を利かせ、先に退散したのでござる」


「古泉殿が眠ってしまったゆえ、どうしても無理そうなら、初の接吻だけでも……と計画していたのでござる」



 英司の隣から、卓がこれまたとんでもない事実を暴露する。



 あの日、確かに私に近付いてきた十哉は、毛布をかけ直すだけにしてはちょっと接近しすぎだった気もする。


 そこを狙い目とばかりに唇を奪い取ったけど…………十哉も、私と同じことしようとしてたって? 十哉も、私と同じ気持ちだったっていうの?



「しかし付き合うことになって喜んだのも束の間、古泉殿が先に就職してしまったため、社会人の男に比べ経済力も経験値も劣る自分が、見限られるのではないかという不安に苦悩するようになったのでござる」



 不安なのは、私だけじゃなかった? 十哉もまた、密かに悩みを抱えてた……?



 そこで卓は少し申し訳なさそうな顔をしてから、躊躇いがちに再び口を開いた。



「本当は……岸殿も、我々と同じく博士課程の道を目指していたのでござる。だがそれを諦め、大学を卒業して就職する道を選んだのでござる。彼は極度の上がり症ゆえ、いまだ就活が難航しておるようだが……それでも、古泉殿を一秒でも早く嫁に迎えるのだと、頑張っておった」


「今、キュンプリのPRイベントに出演し続けているのも、そのためでござる」



 今度は英司が割り込んできた。



「どういうこと……?」



 うわ言のように、私は問い返した。



「あの仕事をやり遂げれば、椎名しいな監督が大手アニメ制作会社に就職を斡旋してくれるそうでござる。三次の女に纏わり付かれて辛い思いをすることも多く、時に泣いて弱音を吐いたこともあったが……それでも岸殿は」


「やめろ!」



 私はまた布団を引き寄せ、頭から被った。そして、詰まる胸から声を絞り出すようにして叫んだ。



「そんなの信じない! だってデートすっぽかして、二次嫁のイベントばっか行ってたじゃん!」


「それは、我らと口裏を合わせていただけでござる。古泉殿がイベント等で徹夜明けのため休ませることを優先したり、古泉殿がお好きなアニメやゲームのレアグッズが入荷されたという情報を得て、それを入手すべく遠征したり並んだり……全て古泉殿のためを思って、泣く泣くキャンセルしていたのでござる」



 英司が宥めるように、優しい声で答える。



「僕とだけは、お前らの店には絶対に行きたくないって言ってた! 僕と外出するのが嫌だって言ってた!」


「お恥ずかしい話ではあるが……我らの働くレストランでは、カップルで来店すると別れるというジンクスがあるのでござる。それに、古泉殿は男のみならず女からも視線を集めてしまうから、外を出歩くだけで神経が擦り減るそうじゃ。古泉殿には隠しておったけれども、あやつ、実は嫉妬深くて独占欲の強い男なのでござる……」



 卓が嗜めるように、柔らかな声で答える。



 涙が、止まらなかった。



 何だよ……今更、何なんだよ。



 僕、ちゃんと愛されてたんじゃないか。こんなにも大事にされてたんじゃないか。



 何で言ってくれなかったと責めたい気持ちはある。けれど、言わなかったのは彼なりの優しさ。



 なのに私は、少しも十哉のことをわかってなかった。わかろうともしなかった。




 私を殴った時、きっと十哉は私なんかより痛い思いをしていたんだろう。これまで私のためにと積み重ねてきた努力を、本人から全否定されたんだもん、ひどく傷付いたに違いない。


 何が彼女だ。

 こんなバカ、殴られて当然だよ。


 浅見あさみさんが現れなくたって、呆れた彼の心が離れてしまうのは時間の問題だっただろう。



 それでも、何も言わずに一人頑張っていた十哉のことだ――――たとえ他の女に心が移ったとしても、自分からは言えなかったと思う。




 だから、あの別れは間違ってない。正しかった。




 でも……ダメだ。このままじゃ、ダメだ。




 私は布団からそろそろと顔を出し、二人を見た。もう怒りは収まったようで、どちらも心配そうな目を私に向けている。


 イタくてキモいけど、誰より友達思いな親友達。


 彼らは十哉だけでなく、私が自分を卑下したことも許せなかったんだ。




「ごめん……本当にごめんね。それから、ありがとう。私、トーヤにもちゃんと謝るよ。今すぐには無理だけど……トーヤの新しい恋を応援できるように、頑張る。友達として」




 涙はまだ止まらなかったけれど、私は精一杯の笑顔を見せた。



 二人はまだ何か言いたげだったものの、無言で慰めることを選択したようで、布団に顔を埋めて嗚咽する私の頭やら背中やらをポンポンと叩いて鼓舞してくれた。




 少女漫画ならここでどちらかに惚れる展開だけど――――残念ながら、それは少しも全くちっとも微塵たりともなかった。

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