彼の前で乙女ぶってみるで候

 始まりは、うぉーりあファイブによるオープニングの再現。


 映画制作発表で見たのと同じだったけれど、今回はあの時と違って被り物がない。


 てっきりスタントを使ったものだと思ってたのに、まさか本人達が踊っていたとは……これは映画でのアクションも期待できるぞ!



「皆様、本日はお暑い中、そしてお忙しい中、映画『まじかるサムライっ☆キュンプリうぉーりあ〜アナザーワールド〜』のPRイベントにお越しくださり、ありがとうございますでござる!」



 最初に挨拶したのは、輝夜てるやはあと役の子。うん、この子は舞台の照明より太陽光の方が似合うな。薄っすら肌に浮かんだ汗もキラキラエフェクトみたいで、けしからん可愛さだ。



「はあと殿、挨拶は主役の吾輩がやると言ったで候。そんなに吾輩の気を引きたいの? いけない子で候」



 元気いっぱいに笑顔を振り撒くはあとの隣に、鏡水かがみせいら役の浅見あさみさんが進み出て来る。


 その存在感に、私は息を飲んだ。第五話の初登場を彷彿とさせる、圧倒的な威圧感と吸い込まれるようなオーラが離れていても伝わる。


 制作発表や椎名しいな監督の楽屋で見た時の浅見さんとはまるで別人――『鏡水せいら』そのものだ。



「せいらちゃん、はあとちゃんをいじめちゃいけませんです!」


「ねおんさんの言う通りでおじゃる。今日は仲良くするでおじゃる」


「いつもは意地悪なさらさタンも、珍しくみるかに優しいなりよ。みるかも皆に優しくするから、楽しく映画を紹介するなり」



 せいらに続き、他の三人のメンバーも飛び出してきた。


 このように五人の寸劇方式でイベントを進めていくらしい。これならキュンプリ初心者さんやお子様にもわかりやすくていいね!



 改めてうぉーりあファイブの五人は自己紹介をし、それから映画の見所や撮影秘話などを語った。五人共役柄にしっかりとハマっていて、コミカルな掛け合いに笑ったり喧嘩を始めてハラハラさせられたりと、会場の皆は宣伝であることも忘れて見入っていた。



 私もその一人だったのだが――はあとの召喚で奴が現れた瞬間、素に戻ってしまった。



神之臣かむのしん様ー!」

「マジ画像そのまんまじゃん!」

「加工なしでここまで尊いとか、最高すぎかよー!」



 現代版神之臣の衣装で登場し、女性達の熱い賛美と視線を一心に受けた十哉トーヤは――ただただ固まっていた。しかも、ものすごい無表情で。


 あれはヤバイぞ……高校二年の時に読書感想文のコンクールで表彰式に出た時と同じ、失神寸前の状態に違いない!



「神之臣、こっち向いて!」



 すると私の隣から、池崎が大きな声で叫んだ。


 十哉が、ぎこちない動きでこちらを見る。


 そして、きちんとメイクを施されたせいでより切れ長に磨きのかかった目を瞠った。隣にいる私を発見したらしい。


 私は笑顔でぐっと握った拳を突き出し、無言のエールを送った。


 十哉は少しの間ぼんやり私を見つめていたけれど、小さく頷き、覚束ない足取りでヘロヘロ揺れながらステージ中央部に据えられたマイクに向かった。



「だ、壇上だんじょう神之臣かむのしんで候。こ、今回のヒロインは我が妹、鏡水せいら嬢、否、せいらじょ、せいら……ということだそうで、口調を、その、いもいもいも妹に寄せてみたで候。皆様のイメージとは違うかもしれぬが、吾輩もまたこのアナザーワールドとは別世界からの使者。アナッ、アナナアナ、アナザーアナザー神之臣も、どうかよろしくで候…………」



 台詞は噛んだけど、十哉にしてはワンダフルな出来だ。


 あの喋り方がどうにもできなかったから、そういう設定にしたのね。ま、アリだろ。


 会場の皆様も私と同意見だったようで、『アナザーアナザー神之臣様もシャイでキュートで良きかな良きかな!』と大いに盛り上がっていた。




 記念すべき初回PRイベントは、大盛況の大成功に終わった。


 良い写真も撮影できたし、最高のポジションを提供してくださった池崎様には感謝の言葉もない。


 さらには、うぉーりあファイブ役のメンバー達に紹介してくれるというではありませんか!



「このイベントが成功したのも、サクちゃんのおかげだからね」


「私、何かしましたっけ?」



 例によってワンフォー八階に用意したという楽屋に向かう道すがら、池崎は苦笑いしながら明かしてくれた。



きし君の緊張がすごくてね、どうにもならなくなったら俺の方を見てって伝えてあったんだ。サクちゃんの顔を見れば、岸君もリラックスできるだろうと思ってさ」



 なるほど、私を隣に座らせたのにはそういう意味があったのか。


 八階に到着し、楽屋に使われていると思しき部屋が並ぶ廊下を歩いていたら、ふらぁりと幽鬼のようにトイレから出てきた奴がいた。長い銀髪の男――十哉である。



「トーヤ!」



 私は思わず彼に駆け寄った。



「大丈夫? またお腹壊したの? 緊張するといつもこうなんだから。一応薬持ってきてるよ、飲めそう?」



 お腹を擦ってやりながら尋ねると、十哉は前屈みの状態で私に泣きそうな目を向けた。



「サク殿……怒ってないのでありまするか?」



 ああん?

 連絡くれなかったことなら、殺しても足りねえくらい怒ってるよ! てめえの等身大藁人形が釘人形になるくらい、妄想で五寸釘乱れ打ってたよ!


 けれど、乙女はそんなことを抜かしてはいけない。



「何のこと?」



 小首を傾げて余裕の微笑み。これですよ、これ。


 そんないい女オーラ溢れる私が眩しすぎたのか、十哉は目を逸らして俯いた。



「その……吾輩、五センチの約束を破ってしまったで候。あの後すぐ、君枝きみえだ殿の提案で、せいら嬢のパネルを板垣いたがき殿の別荘に移したので候。それを知って、怒って連絡をくれなくなったのかと……」



 くっだらねえ裏工作しやがって! イタキモキショまとめて殲滅じゃあ!!



「そんなこと気にしてたの? ごめんね、仕事が忙しくて連絡できなかっただけだったの。私の気遣いが足りなくて、余計な心配かけちゃったね」


「サク殿は悪くないで候……吾輩が早々に謝れば良かっただけで候」



 おうおう、その通りだよ。何もかも全て、お前が悪い! 土下座して詫びろ! 古泉こいずみサク様の足元にひれ伏せ傅け跪け!!



「イヤァァァン!」



 そこへ、最も会いたくなかった奴が現れた――フサフサの白猫、カタナだ!



「うわあ!」



 またもや勢い良く飛び付かれ、私は仰向けにひっくり返った。顔に乗ったカタナが、ブフルンブフルンと変な声を漏らしながら頬を舐め始める。


 舌がザラザラしてるから、痛いの何の!



「ででだだ! ちょ、メイク剥げる! コラ、爪立てるのはやめろ! だ、誰か助けてぇぇぇ!」


「…………懐いてますねぇ」



 カタナをそっと抱き上げて助けてくれたのは、またまた浅見さんだった。


 十哉の姿は、どこにもなかった。また催してトイレに駆け込んだのだろう。



「この前も今回も、本当に失礼しました。お怪我はありませんか?」


「だ、大丈夫です……」



 私は慌てて立ち上がり、内ポケットから名刺を取り出した。



「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、コスプレ総合ショップ『ミヤビ』の古泉と申します」


「ついでに岸君の彼女さんだよ!」



 浅見さんが名刺を受け取ると同時に、池崎が横から余計な補足を口にした。



「トーヤ君の……ああ、サク殿って古泉さんのことだったんですね。お噂は聞いています」



 噂って、どんな風に話したんだ? 悪口だったら殺すぞ。


 それは便所でウンコマン化している十哉に後で問い質すとして、私は営業用の笑顔を装備し、改めて浅見さんに向き直った。



「制作発表にもお邪魔させていただいておりました。今日のイベントもとても良かったです。まさに我々キュンプリファンが求めていた鏡水せいらの理想像という感じで、圧倒されました。これからもご活躍を応援しております」


「ありがとうございます! 実は私、ネットショッピングで何度も『雅』を利用してるんですよ。コスプレはやったことがないんですが、『雅』のオリジナルコスメが好きで」



 浅見さんが恥ずかしげに笑う。ファッ、素の笑顔もビューチホーかよ!



「わ、嬉しいです。あれは店長が一から考案した、当店自信のコスメなんですよ。店長の式島しきしまにも伝えておきます」



 式島さんの喜ぶ顔を想像し、私も営業用スマイルから素マイルになった。



「ところで古泉さん……猫はあまりお好きではないんですか?」



 カタナを抱いたまま、浅見さんが尋ねる。ずっと彼女と一定の距離を保って、近付かないようにしていたのがバレたようだ。



「す、すみません……キャラクターの猫は好きなんですけど、実物はどうも苦手で。何故か、猫には必ず襲われるものですから」


「それ、襲ってるんじゃなくて好かれてるんですよ。ちょっとだけでいいから、カタナを抱いてみてください」



 グイグイ迫る浅見さんに壁際まで追い詰められ、私は覚悟を決めてカタナに手を――――伸ばすより先に、またまた飛びかかられた。



「ぎゃー!」

「ヤァン!」

「カタナ、ダメでしょ!」



 だから言ったのに! だから言ったのに!!



 壁を背にへたり込む私からカタナを引き剥がす途中、浅見さんは至近距離から私を見据え、そっと囁いた。




「……私、トーヤ君に彼女がいても諦めませんからね」




 ――――え?




 真っ向からのライバル宣言に、私は言葉を失った。



 彼女は不敵に微笑むと、ジタバタするカタナを難なく押さえ、池崎に会釈してから楽屋に戻っていった。



 残された私は、見事なプロポーションの後ろ姿を呆然と見送るしかできず――戻ってきた十哉に鼻フックからの腹パン連打で八つ当たりしてたら、騒ぎを聞き付けて楽屋から出てきた他のメンバーに見られ、大変恥ずかしい思いをした。

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