彼の初舞台を視察するで候
うぉーりあファイブの完成度の高さもさることながら、やはり注目を集めたのは映画には登場しない『アナザーアナザーワールドから呼び寄せた宣伝大使』。
「三次元
「PRイベント、必ずや馳せ参るわ〜!」
「ナマモノはジャンル外でありましたが、彼は尊みに溢れておりますな〜。これは薄い本が厚くなりますな〜」
とまあこのように、彼の二次元から抜け出たような端麗な容姿は、婦女子のみならず腐女子までも虜にした。
しかし彼の正体を知る私としては、非常に複雑な気分で――。
「うええええ!?」
事務所の奥にある休憩室から、
「何、どうした!? Gでも出たの!?」
「す、すみません……これ」
優愛ちゃんは、手にしていたスマホをそっと私に差し出した。
表示されているのは、SNSのタイムライン。そこによく知る名前があり、その人の発信した内容を見て――私も叫んだ。
「うそぉぉぉん!?」
「
ちょうど出先から戻ったところだったらしい
「い、いえ……同期のレイヤーさんが、近々コスプレを上がると聞いて驚いてしまって」
恐らく今月初週に行われたコスプレ大型イベントのコスコン、そして中旬の超大型同人誌即売会コミックエキスポ、通称コミポを終えるのを待って、発表したのだろう。
コスプレイヤーとしての華々しいラストを飾るには、どちらも最高の舞台だから。
怒られるかと思ったけれど、式島さんは形良い唇から小さく吐息を零し、憂いの表情を浮かべた。
「そう……寂しくなるわね」
私もションボリと頷く。
「でも『チャキ』って……古泉先輩とは仲良くなかった、ですよね? 同期といっても絡むこと殆どなかったし、それどころか『
恐る恐るといった感じで、優愛ちゃんが私に漏らす。
「そうなの? 写真しか見てなかったから知らないや。私のコスは受け付けなかったのかもしれないけど、私は彼女のコスが好きだったよ」
嘘だ。本当は、ちゃんと知っている。
彼女は『恋咲』でなく、『
けれど私は男装レイヤー『恋咲』として活動していた時と同様に、敢えて知らないフリで通した。
「その気持ち、わかります。恋咲以外にも色んなレイヤーさんにキツいダメ出しして、炎上することも珍しくなかったけど……性格は最悪でも、コスは素敵なんですよねぇ」
「うんうん、チャキの『シャンデリアプリンス』のサファイアス王子、最高だった!」
「私は『
「はい、そこまで!」
萌えトークになだれ込みかけたところで、式島さんのストップが入る。
「
「ひゃあ、すみません!」
慌てて事務所に戻ろうとした私の肩を、式島さんの爪先まで造形美に溢れあそばした御手が掴んだ。
「もういいわ。このまま休憩に入りなさい。きっと混雑してると思うから、早めに向かって」
「へ、どこへ?」
私の問いかけに、式島さんの表情は再び怒りモードに切り替わった。
「あんた……もしや、忘れてたの? 今日はキュンプリの第一回PRイベントのレポートに行くんでしょうがっ!」
式島大明神の落雷、再直撃!
わ、忘れてたわけじゃないんだよ……ちょっと他のことに気を取られてうっかりしただけで。
結局、式島さんに『たるんでる』『社員としての自覚が足りない』『責任感は宇宙の彼方にでも捨ててきたのか、今すぐ拾いに行け』などとこてんぱんに叱られ、私の休憩はなくなってしまった。
第一弾となるPRイベント会場は、ワンフォーの前にある広場。そこに誂えた特設ステージで行われる。
式島さんの勧めで早めに出たにも関わらず、付近は既に人でいっぱいだった。中には、キュンプリのコスプレでバッチリキメているレイヤーさんもいる。
今日も真夏日だってのに、皆すごいなぁ。でも、うぉーりあファイブのコスは露出高いから涼しそうだ。私もせめて、スーツの上着だけでも捨て去りたいよ……でももう脇に汗染みできてるだろうから、脱ぐに脱げない……。
真夏の陽光を吹き飛ばすほどの熱意に満ちた観客とステージをうまく写真におさめられるポジションを探し、うろうろしていたら――ふと耳に、聞き覚えのある名前が届いた。
「げ、チャキだ」
「しかも神之臣コスだよ。よっぽど自信あんだね」
「本尊より自分のがイケてるって思ってんでしょ、あいつのことだし」
「引退前にチヤホヤされたいのミエミエ。群がってる奴らもどうかしてるよ」
「レイヤー上がったら同人オンリーでやってくらしいから、その宣伝も兼ねてのコスだろうね」
ぼやいているのは、うぉーりあファイブのコスで決めた女子レイヤーさんグループ。相変わらずチャキには、アンチも多いらしい。
彼女達の視線を追うと、その先に素晴らしく美しい神之臣様がいらっしゃった。
うむ、やはりチャキのコスは良いな。ヤバみがえぐい!
「サクちゃーん! いたいた、こっちこっちーー!」
うっとりと見惚れていた私を現実に引き戻したのは、クソ崎の迷惑極まりない呼び声だった。
首を巡らせてみれば、ステージサイドのキャラバンテントから大きく手を振ってアピールしている奴の姿が目に映る。お前の両手は尻尾の代わりか。
「……へー、サクってあの池崎
イラッとしつつ向かおうとした私の背後から、何者かが耳元に囁きかけてきた。
振り向けば、真後ろ至近距離にあな美しき神之臣様――チャキこと
十センチほど身長差があるせいでやや上向いた彼女は、濃いコス用メイクとテーピングで顔貌から輪郭まで変わっていたけれど、私に向ける目付きは中学の頃と同じだった。
「どうやって取り入ったのぉ? 同級生のよしみで、私にも教えてよ。その女装も色仕掛けの手段の一つ? 敢えて下手くそなメイクにした方が、ああいう人には初々しく見えて新鮮なのかなぁ? 社会人って頭も体も使わなきゃなんなくて、大変そうだねぇ〜」
一つの反論も返さず、私はこれまでと同様に冷めた眼差しだけを向け、彼女から離れた。
面倒臭い奴は華麗にスルー、これに限る。
「いつから、ちゃん呼びになったんですか」
人波をかき分けて、やっとロープで仕切られた関係者専用ゾーンに到着した私は不快感をあらわに池崎に問うた。
「あれ、いつも何て呼んでたっけ? それよりさ、ここならお仕事するのにピッタリじゃない? ステージもよく見えるし!」
悪びれもせず答えると、池崎はキャラバンテントの下に用意された椅子に座るよう促してきた。
これだけのイケメンで、しかもワンフォー統括責任者やらEKグループのオーナーなんて肩書まで持ってるんだ。女が寄って来すぎて、二回会った程度の私の呼び方なんて覚えてないんだろう。
「有り難い申し出ですけれど……いいんですか? 私、関係者じゃないのに」
「何言ってるの、サクちゃんは関係者だよ。だって、サクちゃんのおかげでアニメにも劣らない素晴らしい神之臣ができたんだからね。この映画の宣伝に大きな影響を与えた、功労者様だよ」
「功労者になるか疫病神になるか、このイベントが始まってみないことにはわかんないんじゃないですかね……」
お言葉に甘えて池崎の隣の椅子に座った私は、裏で出番待ちをしている十哉の様子を想像し、肩を竦めた。
人前に立つのが苦手で極度の上がり症なのに、こんな大観衆の前に立たされるなんて……今頃どんな状態になっているやら。
ちなみに、十哉の姿を見るのは例のイベント以来初だ。いまだに押して駄目なら引いてみろ作戦続行中のため、言葉すら交わしていないという状況である。
フン、意地でもあっちから連絡してくるまで待つと決めたのです!
「そうだねぇ、これが失敗したら俺もヤバイかも。この映画との提携、周りにひどく反対されたのに無理矢理押し通しちゃったからさぁ……」
池崎も同じように肩を竦める。男らしさに優美な上品さを併せ持つ綺麗なラインを描く横顔には、ほんのり切迫感が滲んでいた。
「それだけキュンプリを愛してくださっていたんですね……」
ちょっと感動して、私は不覚にもうるっとしてしまった。
「あ、違うよ。実は俺、ニワカなの。映画の企画を聞くまで、キュンプリなんて観たことも聞いたこともなかったよ」
あっけらかんと池崎が答える。感動返せ、アホ崎め。
私の白い目に気付いたようで、彼は慌てて弁明し始めた。
「ごめん、気を悪くしないで。俺ね、小さい時は勉強勉強でほとんどテレビなんて観てなかったからアニメにも疎いんだよね。でも
前言撤回。感動をありがとう、イケイケ崎!
「それじゃ何としても成功させなくちゃいけませんね。キュンプリの未来のために、そして池崎さんの勘当を防ぐためにも」
ぐっと拳を握ってガッツポーズしてみせると、池崎は吹き出した。
「俺としては、勘当されてもいいんだけどね。ああしろこうしろ、あれはダメこれもダメって息苦しいんだもん」
こんな感じで話をしていたらあっという間に時間は過ぎ、池崎の命運を分けるPRイベントが開幕した。
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