超次元オトメイク

節トキ

『さむらい☆へんげん!』でござる!

彼が神に変幻したで候

 暑い。

 暑い暑い暑い暑い。暑いったら暑い。


 炎天下の熱と怒りの熱の相乗効果で煮えたぎった脳は、もうその一言しか伝達しない。


 真夏の太陽が燦々と降り注ぐ中、それでも駅前通りは夏休みを迎えた少年少女で賑わっていた。

 待ち合わせ場所として最適な噴水前には、自分以外にも多くの待ち人の姿がある。けれど、皆それぞれやってきた相手と対になって発って行く、その繰り返し。


 いつまでも取り残され続けているのは、僕……いや、私だけ。


 屋根付きのベンチから、飛び込んでも生温いであろう噴水溜まりを虚ろに眺めること、早一時間。約束の時間は、とうに過ぎている。携帯にも連絡はないし、こちらから電話を入れても即留守電という状態。腹立つことこの上ない。


 待ち合わせの相手は、愛しの愛しの彼氏。とはいえ、可愛こぶって『んもぉん! おっそぉい!』なんて抜かしてプンスコするくらいで許せるものか。この日のために選んだ可愛い服も、気合万全で塗装したメイクも、汗で全て台無しだ。

 奴の面に一発二発三発四発五発……いや、十発は食らわさなければ気が済まない。無論、グーで。ここまで来たら、もう意地だ。


 それにしても、遅すぎる。そろそろ心配すべきか? いや、またアホ仲間に誘われてアホ面下げてイベントに行ってしまった可能性の方が高い。夏休みシーズンはアニメイベントが目白押しだもんね。前のデートも、それでお流れになったよね。


 あのクソヲタ野郎、マジしばく……おっと、いけない! そんな怖い言葉使っちゃダメだぞ、私。しばきあそばせ申し上げてよ、くらいにしとこう。


 見てオタク、話せばオタク、黙ってもオタクの360度どこを向いてもオタクという、生粋の美少女アニメオタク、それが私の彼氏、きし十哉トーヤという奴だ。


 奴のラブレベルをランキング形式で発表すると――初回放映から十年目を迎えた今も尚名作と名高い『まじかるサムライっ☆キュンプリうぉーりあ』のサブヒロイン、鏡水かがみせいらが殿堂入りのナンバーワン。

 幾つもの作品がシリーズ化され、現在も人気が褪せない美少女アニメの最高峰『魔少女プリンセス∞まじめろ』の第一期ヒロイングループの一員・五道ごどうゆゆの実の妹、しかし洗脳され敵となった五道むむが二番手。

 その次が前々期の映画公開から爆発的人気となり、社会現象まで巻き起こした『ネオワールド戦記FORMAフォルマ』のロボパイロット、チェルカ・ガーディアだそうな。


 取り敢えずまあ一応は彼女的な私の番付は、ランキング圏外だと思われる。三次の女はクソだと言って憚らないし、それどころか久々に再会して話しかけた時には男と間違われたくらいですしね死ね。


 あーもう、暑いし遅いし腹立つし、あの野郎、どうしてくれよう。熱風じみた空気を吸い込むのも嫌になり、私はペットボトルの水でささやかな涼を取ろうとした。が、空になってやがるじゃねーか。


 何もかも十哉が悪い。この世の悪事は全て、あのキショヲタのせいだ。


 しかし、命を繋ぐ水も尽きたとなると、いよいよもう無理だ……。私はよくやった、とっとと帰ろう。復讐するのは次の機会ってことで。


 諦めて立ち上がろうとしたまさにその時、視界の端に噴水前へと走ってくる人影が掠めた。


 ついに奴が現れたかと思ったけれど、残念ながら全くの別人だった。


 まず目に付いたのは、綺麗な長い銀髪。十哉もロン毛だけれど、せいらちゃんの公式サイズから割り出してお揃いの比率の長さにしたというのが自慢のモサい長髪とは質が全く違う。太陽光が作るエンジェルリングが眩しいほど、ツヤッツヤのサラッサラだ。


 ついでに肌が弱くて剃刀負けするせいで伸ばし放題の無精髭もなかったし、ヲタ丸出しの変なプリントのTシャツとかチェックシャツとか、無駄にでかいリュックなんかも装備していない。シンプルな白シャツに黒のパンツという、誰にでも似合うようでいて実はイケメン度が試される服装だ。


 ぱっと見、ヴィジュアル系バンドの人かそっち系が好きな人か、もしくはモデルかモデル気取りか……洗練されてはいるけれど非日常的というのか、どこか浮世離れした雰囲気を纏ったその人物は、珍妙な動きで広場のあちこちうろつき始めた。おかげで私だけでなく、周囲の皆々様の注目も集めている。


 と、そこへ携帯が鳴った。表示された発信者は『超次元ヲタ妖怪キショイ・クタバレーヤ』――奴だ。



『申し上げる申し上げる! サク殿、どちらにおわしまするでそうろう!? 大変に遅れて申し訳ないで候! 吾輩、今やっと到着したで候! 付近にいるなら全速力で駆け付けるであります候! いえ、お宅まで伺うで候!』



 おうおうおう、普段は独り言みたいにボソボソモソモソ喋るくせに、体調悪くさせただけじゃ飽き足らず、私の耳と携帯のスピーカーまで壊す気か? おまけにせいらちゃんに影響された候尽くしのこのウザキモ口調、本当に苛つくったらありゃしない。


 とはいえ、もう怒る気力もありません。



「駆け付けなくていい。もう帰る」



 なので、静かにそれだけ告げるだけにしといて差し上げた。



『もう帰る……ということは近くにいらっしゃるのですな? どこどこどこで候!? 否、皆まで言わずともこの吾輩、うぉーりあの力で探し出してみせまするで候!』



 耳から離していても音割れして頭に響くほどの大声に辟易しつつ、私は今度という今度こそ立ち上がろうとした。ところが、困ったことに足に力が入らない。



「そのうぉーりあの力とやらは、せいらちゃんに捧げてくださーい。誰かさんが炎天下に放置してくださったせいで具合悪くなってきたしー。頼むから探さないでねー。はーい、それでは真っ直ぐハウスでそうろーう」



 一方的に通話を切って目を閉じ、ぐるぐるうねる意識が落ち着くのを待ちながら、一番近くのコンビニはどこだったかな、と思考を巡らせていると。




「こぉぉぉんなところにいたでありまするかあ! サク殿ぉぉおう、見ぃ付ぅけぇたぁりぃぃぃ!!」




 敵将射止めたみたいな雄叫びは聞き慣れた奴のそれで……嫌々ながら目を開けてみれば、ところがどっこい、そこに奴の姿はなかった。


 代わりにこちらを見下ろしているのは、先程見かけたちょいと浮いてるパツギンのチャンニイ…………って、待て待て待て待て!



 こ、この御方は!!



「だ……っ、壇上だんじょう神之臣かむのしん様っ!?」



 思わず叫んでしまった。



 だってだってだって、恋い焦がれ憧れ続けて十数年……最愛を超えて崇拝の域にまで達しているマイラブゴッド、壇上神之臣様が、私めの前に現れたんですもの!



 壇上神之臣様といえば、十哉の推しアニメ『キュンプリ』の正ヒロイン、輝夜てるやはあとの前世の恋人。ちなみに、鏡水せいらの兄上でもある。

 アニメの舞台となる現世では、はあとの守護侍となり、召喚されるとすんごいカッコイイ技ですんごいカッコイイ立ち回りを魅せる、とにかくもうすんごくてもんのすんごい、語彙消滅するほどミステリアスなイケメンなのですよ!


 つまり神之臣様はアニメキャラであり、二次元に存在する御方なんだけど……やだ、本当に待って。


 切れ長の涼やかな目も見事に高く凛々しい鼻も引き締まった色気漂う口元も、美し麗し素晴らしき輪郭も、本物そのものですやん!!


 何これ、夢・オブ・ドリーム・オブ・夢?


 コスプレ引退した今も神之臣様のコスプレだけは欠かさずチェックしてるけど、ここまで完璧に再現してる人なんて見たことないよ! もしかしてヲタ野郎に虐げられている可哀想な私のために、二次元から三次元にいらしてくださったの!?


 ダメ無理無理無理、尊すぎ。死ぬ。ていうか死んだ。



「ありがたや、ありがたや……。おお、ここが極楽浄土か……ナモナモ」



 手を合わせて拝んでいたら、神之臣様が、ななな何と! 私の両肩に手を置いてくださったじゃないの!! あ、これもう一回死んだわ。



「サク殿、しっかりなされよ! 涅槃に行くにはまだ早すぎるで候!」



 あ?

 何で神之臣様から、キショヲタの声がすんの?



「トーヤ? どこに隠れてるの? 全然怒ってなくないから、早く出て来なさい。でないと家で預かってるフィギュアお焚き上げして、涙と汗でどれだけ脱水できるか勝負する楽しいサウナ大会を開催するよ?」



 日光による暑さと萌えによる熱さで揺れる頭に任せてゆらゆら視線をあちこち飛ばしたけれども、極太黒縁瓶底メガネのモッサリロン毛野郎は見当たらない。神之臣様の神オーラのせいで透明化したのかな?



「恐ろしいことを言うのはやめるで候! 吾輩は逃げも隠れもせぬ! ちゃんとサク殿の目の前にいるであろうが!!」


「へ?」



 神之臣様が、十哉の声で十哉の口調で喚く。ちょいちょいちょい、何がどうなってんの?



「……ああ、サプライズで神之臣様を召喚してキャストボイスやってたのか。ハイハイ、ビックリしたした。トーヤのせいらちゃん節と神之臣様が、こんなにも合わないとは思わなかったよ。わざわざ教えてくれてサンキューありがとうダンケどーも。ほら、もうバレたんだし、とっとと出てらっしゃい?」



 勝手に納得して、そんなくだらないことのために召喚、もといコスプレさせられたと思われる哀れな神之臣・神レイヤー様の背後を覗き込もうと立ち上がると、ぐらりと足元が揺れた。揺れてそのまま、事もあろうか神之臣様の胸元に倒れ込んでしまった。はい、また死んだーー………ん?


 現世版神之臣様の定番スタイルであるシンプルな白シャツから嗅ぎ取ったのは、ひどく覚えのある香り。


 それと気付いた瞬間、私は死亡したのをいいことに身を委ねていた神之臣様の胸からバネ仕掛けみたいに跳ね起きた。



「いやはや、申し訳ない、サク殿。これには色々と訳があって………」



 言葉通り、申し訳なさそうに神之臣様が瞼を伏せる。その隙間からこちらをそっと見つめて様子を窺う仕草は、長年見慣れたものだった。十哉が謝る時によくやる、あざと可愛いポーズだ。


 瞳の色は神之臣様の特徴であるバイオレットだったけれど、カラコンをしていても白目の端にぽつんとある小さな黒子は隠せなくて。



 そこまで認識すると――――彼の言う『いろいろな訳』とやらを聞く前に、私の意識は落ちた。



 古泉こいずみサク、享年二十一歳。


 死因、彼氏がついに愛するアニメの必殺技『さむらい♡へんげん!』を習得したことによるショック死。合掌。

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