彼と制作発表イベントに挑むで候
映画の制作発表会なんて初めてだったけれど、思ったよりラフで軽く拍子抜けした。
報道陣とか記者とかカメラマンとか、そういうのがブワーって群がってるイメージだったのに、私服姿の人物が多い。いや、一般人と見せかけて映画評論家だったり映像作家だったり有名な監督だったりするのかも。
最前列に座ろうと駆け出しかけた
「それにしても宣材写真もまだなんて」
「場所も変よね。映画の制作発表って、普通はホテルなんかでやるものじゃない?」
「集まってる人もちょっと変わってますね。ファッション関連だったりクリエイターだったり、そういう職種の人ばかりですよ。一般招待はなかったようですが」
周囲から耳に入ってきた情報によると、どうやら通常の制作発表の状況とは異なるらしい。
それから待つこと十分。ついに十四時、イベント開始時刻がきた。
突然、ライトが消える。と同時に、暗闇を散らすように明るくリズミカルな音楽が解き放たれた。
イントロ最初の音で、私達にはわかった。これはキュンプリ第一期テーマ曲『まじキュン狂想曲』だ!
ドラマティックなBメロを過ぎ、最高にアガるサビに入る直前のタイミングでステージから光が飛び散った。
絢爛な輝きに包まれて現れたのは、キュンプリのメインキャラである、うぉーりあファイブの被り物をした五人組。体格から見て、恐らく女性。それぞれが『さむらい♡へんげん!』後の衣装を身に纏っている。
サビに合わせ、彼女達はステージを縦横無尽に踊り始めた。
これ、キュンプリの初代オープニングじゃん! 虹色の光の中、うぉーりあファイブが交錯しながら華麗に舞い、戦い、時にぶつかり合い、それでも手を取り合う――私が初めてキュンプリに魅せられた、あの映像の再現だ!!
ラストは、皆で手を繋ぎ輪になって高く跳ね上がり、着地と同時にポージング。決まったあ、これも完璧ぃぃぃ!
私は思わず立ち上がり、心からの拍手を送った。周囲の皆も立って手を叩き始め、会場は熱いスタンディングオベーションに包まれた。
「皆様、本日はお忙しい中、足をお運びくださりありがとうございます。これより映画『まじかるサムライっ
アナザーワールド、と付くのが今回の映画の正式タイトルらしい。私は姿勢を正し、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
まずは制作サイドの発表から。監督と脚本家は、驚いたことに私達も知っている人だった。
「ううむ、脚本にミツイトモヤを持ってくるとは。キュンプリ第三期で制作に携わっておった頃はまだ新人だったでござるが、今や押しも押されぬ人気アニメ脚本家。しかし、映画でアニメの手腕が通用するのかどうか……」
「監督の
「やめるで候、ここで京田氏の名を出すでない。あの方がもうこの世にいないのだと思うだけで、泣けてくるで候……」
「死にたくねえなら黙ってろ」
私は三人に短くそう告げ、舞台を注視した。これから監督の挨拶、どんなストーリーの作品になるのか今まさに明かされようとしているのだ。一言一句聞き逃したくない。
マイクを手に、白髪に白髭のイケオジ――椎名監督は語り始めた。
「今作は『アナザーワールド』の名の通り、皆様の知るキュンプリとは別の世界線での物語となります。最後の敵を倒した後、魂の摩耗からヒロインの
そのシーンを思い出した私達は、揃ってうぐっと押し殺した涙声を漏らした。
「実はあのラストシーンは、原作兼初代アニメ作画監督であり我が友でもある京田清一郎が当初から考えていたものであり、彼は輝夜はあとの目覚めを『死の世界での新たな戦いの開始』と称しておりました」
恐る恐る横目に覗うと、はあと推しの英司と卓は見事にご臨終なされていた。愛する人の生存エンドという微かな希望が正式にぶった斬られたんだ、無理もない。
「物語終盤で、うぉーりあファイブは輝夜はあとを除き、皆亡くなります。生き残ったかのように思えた輝夜はあとも、例外ではなかった。けれども、死の世界でまた仲間と共に新たな試練に立ち向かっていく、というのが京田の構想です。そして彼は、それからの展開について様々なルートを考えておりました」
ということは……もしや?
息を詰め、私は監督の言葉を待った。
「そう、私が作るのは京田が練っていた構想の一つ。キュンプリ本編とは別の世界、死と生の狭間を舞台にした物語です。時系列としては、最終話から五年後となります」
そうきたかーー!!
悲鳴を噛み殺し、私は椅子を倒さんばかりに仰け反った。隣を見ると、十哉も英司も卓も同じ格好になっていた。
要約すると今回の映画は、本家キュンプリとは全くの別物であるが、原作者の意図が組み込まれた内容となるらしい。
二年前に病で亡くなられた京田氏が思い描いた、キュンプリの未来を作る――これだけでも驚きなのに。
「先にも言いましたが、私が手がけるのは京田が描いた構想の中のたった一つです。しかし京田が残した案は数十以上、頭の中にはそれを上回るアイディアが溢れていたはずです。そこで私は、京田だけでなく皆様にも是非、それぞれが思う『キュンプリのアナザーワールド』を想像し創造し、キュンプリを盛り上げていただきたいと考えております」
「そ、それはつまり、『二次創作』を公認するということでしょうか?」
前列の方にいた一人が立ち上がり質問を飛ばす。プログラムによると質疑応答はキャスト発表の後となっているけれど、我慢できなかったようだ。
しかし椎名監督は嫌な表情一つ見せず、貫禄のある顔に鷹揚な笑みを浮かべて頷いた。
「はい。京田も歓迎しておりましたし、私も皆様に新たな世界を築いていただければ嬉しいです。ただキュンプリは少年少女に向けた作品でありますので、公序良俗に反さない内容でお願いいたします」
こ、れ、は……大事件ですぞーー!?
今までもキュンプリは同人を含めた二次創作に緩いジャンルで、暗黙の許容みたいな雰囲気はあったが、それについてはっきり言及されたことがなかった。
しかしここにきて、ついに公式が公認を明言したのだ!
最終回から十年以上経っているため、同人界でのキュンプリは根強いファンのみで細く長く活動してるといった状況だったけれど……いよいよメジャージャンルに返り咲く時が来たのかい?
一番旬だった時にまだ子どもだったせいで経験できなかった、キュンプリ熱に燃え滾った盛り上がりをこの身で体感できるというのかい!?
「では続いて、キャストをご紹介いたします」
しかし登壇した制作チームの挨拶が終わって次に放たれた司会の言葉が、私を夢想から現実に引き戻した。
そうだ、キャスト。ストーリーもさることながら、キャストも非常に重要だ。
私はぐっと手を合わせて組み、祈りのポーズを取った。隣を見ると、十哉も英司も卓も同じポーズをしていた。
壇上に現れたのは、先程の被り物をした面子。コスプレ用語でいう、ドーラーというやつだ。
その内の一人が、ついに頭部を外した。
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