彼の理想が現れたで候
「
現れたのは、驚きがアンビリバボーな美少女。
はあとのトレードマークは赤毛のハート型ツインテールだけど、彼女は落ち着いたボルドーカラーで本家のはあとより髪が長く、サイドに作ったハート型の端から緩く巻いた髪が流れ落ちていた。
すごく可愛いけど、初めて見る顔だ。
アイドルや声優に詳しい
続いてイエローのふわふわボブが特徴の
誰一人として名前も顔も知らなかったけれど、全員揃って原作のイメージをしっかり取り込みつつ、五年後という舞台設定にマッチングしている。その上、この三次元にあっても無理のない外見に仕上がっていた。
アニメを舞台化した二・五次元より三次元に近い、二・七五次元といった感じ。
そこへ遅れて最後の一人が舞台に現れた――十哉の推し、
「お待たせしました。今作のヒロインを務めるのは、こちら――鏡水せいらとなります」
他のメンバーとは異なり、監督による紹介を受けると、その人はせいらヘッドを脱ぎ去った。
声が出なかった。
これまで綺麗な人はたくさん見てきた。式島さんもその一人だ。
けれど――――美しさに圧倒されて息もできなくなるなんて、初めてだった。
「鏡水せいら役、
うぉーりあファイブにまじかるパワーを授けたニャムライ妖精『カタナ』役を演じると思われる長毛種の白猫を抱いて、彼女は小さな頭を下げた。
長い銀の髪がさらりと流れる。照明に照らされたそれは艶やかな輝きを放ち、まるで一陣の美しい織物のようだった。
「わ、吾輩の理想だ……理想がいる…………」
ぼそりと聞こえた声に、私は思わず
隣にいる私のことも見えていないかのように。
今作では、私の愛する
今回の作品は、ミステリアスな雰囲気で主役である輝夜はあとを凌ぐ人気を博した、鏡水せいら視点の物語。鏡映しのような死の世界を舞台に、生死の狭間に落ちた輝夜はあとの魂を救済するというのがメインテーマとなる。
ちなみにせいらは、はあとに対して凄まじく歪んだ想いを抱いており、ファンの間でも物議を醸した彼女の愛憎にも深く切り込んでいるという。
また質疑応答で明かされたのだが、うぉーりあファイブを演じる五人は今回の映画がメディアデビューとなる、言わば秘蔵っ子達なんだって。そりゃ見たことないはずだ。
そして、何故この場で制作発表が行われたのか――それにもちゃんと意味があった。
「この作品を制作するに当たり、様々な企画活動を予定しております。その第一弾となるのが、この建物『ワンフォー』とのコラボレーション企画です」
すると、最前列から一人の男性が壇上に上がった。甘いマスクに洗練した身のこなしは、まるで夢小説に出てくるイケメンそのもので――。
「ワンフォーの統括責任者、
こいつがエセ崎かーー! って、ワンフォーの統括責任者ですとーー!?
「トーヤ、あいつ? あれがエセ崎で間違いないの!?」
声をかけても返事がないから、ただの屍にでもなったのかと思ったら、奴はまだ夢見るような眼差しをせいら役の彼女に送っていた。
感じたのは怒り――をかき消すほどの強い胸騒ぎ。
十哉、もしかして……?
嫌な予感を振り切るように、私は十哉から目を逸らした。代わりにエセ崎に視点を固定し、彼が語るコラボ内容を懸命にメモすることに集中する。
そうすることで、必死に忘れようとした――――私にも見せたことのなかった、十哉の甘く蕩けた表情を。
ラストに登壇した全員の集合写真を撮影し、映画の制作発表イベントは終了した。
時間にして一時間ちょっとだったけれど、内容がえらく濃厚だったせいで三日徹夜したような気分だ。座っていただけなのに疲れたのは私だけじゃないようで、十哉も英司も卓もなかなか立ち上がれずに会場を去っていく人々を虚ろに眺めていた。
「
すると椅子と一体化していた私達の背後から、明るい声が降ってきた。
振り向けば、壇上で見せた余裕の微笑とはまるで違う、人懐こい笑顔を浮かべたエセ崎の姿。そうだった、もう一つ用事があったんだっけ。
「トーヤ、ほら、返却」
私が促すと十哉はカッと目を見開き、それから恥ずかしそうに銀の髪を掻いた。
「も、申し訳ない。車に忘れてきてしまったで候……」
「バカか、お前は! 何しに来たんだよっ!?」
「ああっ、シャツを引っ張るのはやめるで候! 伸びてしまうで候!」
「願ったりだよ! せいらちゃんを間抜け面のブスにしてやる!」
胸倉掴んで幼稚な争いを繰り広げていたら、エセ崎が吹き出した。
「この方がサクさん? 想像と随分違うなあ」
勝手に想像するな、気持ち悪い、と言いたいのを堪え、私は十哉から手を離すと立ち上がり、彼に頭を下げた。
「この度は、彼がご迷惑をかけてすみませんでした。服と靴と鞄は本日お返しいたします。美容関連の方は……ちょっと相場がわからないので、すぐにというわけにはいきませんが」
「いいよいいよ、気にせずもらっといてください。それよりサクさん、気に入ってくれました? 彼女さんが
エセ崎が美麗な目を輝かせ、熱く語る。
人前では正統派俺様王子様風、しかし実は天真爛漫ワンコ系キャラ、だと……!?
くっ、こいつ手強いぞ!
「そうだ、岸君、監督に会ってくれませんか? 俺の会心の神之臣を見せてあげたいんだ。きっとびっくりするはずです。良かったら、皆様もご一緒にいかがですか? お時間は取らせませんので」
「良いのでござるか!?」
「是非お会いしとうござる!!」
私が断るより先に、英司と卓が快諾したもんだから後に引けなくなってしまった。
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