彼と不愉快な仲間達と出陣で候
それから数時間後。私は社用車で、目的地に向かっていた。
「果たしてキュンプリの華麗なる世界を、三次元で再現できるのか……楽しみなようで恐ろしいで候」
助手席には、朝と同じくせいらちゃんTシャツに腐れトレパンといった格好の
違うのは、私が昼休みの間に髪を梳かしてアイロンかけてサラサラの状態に戻してあげた点くらい。あ、飛び出てた鼻毛も抜いて差し上げたよ……昨日はなかったのに。こいつの鼻毛、何故か成長スピードが半端ないんだよな。
あと目が痛いとうるせえから見てやったら、コンタクトレンズの裏表を間違えてやがった。壊れた眼鏡の代わりに、これまた例のビル内にある眼科で紫のカラーコンタクトを処方してもらったそうだけど、裏表チェックできないほど目が悪いんなら素直に眼鏡にしとけば良かったのに。
でも
ちなみに神之臣様風の衣類とバッグと靴は袋に詰め、本日返却予定。ちょいと惜しいけど、やっぱり身の丈ってものがある。
「フン、実写でキュンプリなど無謀の極みにござる。拙者は断じて認めぬ!」
後部座席から強く異を唱えたのは、
前に彼の愛読していた漫画の実写化が大爆死したため、非常に神経質になっているのだ。
「拙者は……『ボイス&ガールズ』のにゃむにゃむ様が、はあと嬢を演じられるのなら許すでござる」
そこへ声優ヲタでもある
「
「その言葉、
「争いはやめるで候! 怖いのは吾輩も同じで候! 今こそうぉーりあの絆が試される時ではないか!」
「せいら嬢は途中退場するサブ枠であるから、出演しない可能性もあるでござる!
「何をぅ、せいら嬢はメイン枠で候! 貴き魂を散華させたのも、はあと嬢のためであったことも忘れたか!
とまあ、イタキモキショの三種盛りで騒ぎ始めたから、さあ大変。
何でこいつらが同乗しているかというと、全て十哉のせいだ。
キュンプリ制作発表イベントは、ファッションビル『ワンフォー』の八階催事場で開催される。ワンフォーとはプチプラから高級ブランドまで様々な店舗が集結し、ナウなギャルからおセレブなイケオジまで様々な者達が集結する、話題のショッピングスポットだ。
ところが、十哉が今回も待ち合わせに指定された『暴れるビル』が、何とワンフォーのことだという。しかも場所はイベント会場となる八階、時刻までイベント開催と同じときた。
相手はイベントのことなど何も言ってなかったそうだけど……これ、間違いなく狙って呼び出してるよね?
まず、昨日の今日で連絡してくるってのがおかしい。ワイシャツ程度なら即日返却も可能、しかしコーヒーをぶちまけたんだから染み抜きは必須だ。きちんとクリーニングするつもりなら、数日はかかる。つまり相手は、まだ服を返却できる状態じゃないのに十哉と会おうとしてるってことだ。
そしてそいつは恐らく、キュンプリヲタ。だって十哉の神之臣様コス、再現度高すぎだったもん。元レイヤーの私から見ても、非の打ち所がなかった。
しかし何より恐ろしいのが、長年一緒にいる私も気付けなかった、十哉の神之臣様要素を一目で見抜いた点。
昨日は目尻に跳ね上げライン、目頭に切開ラインが引かれていたけど、すっぴんの今もそれほど神之臣様の造形からかけ離れていない。
私だって、十哉はイケメンだと思ってはいた。でも神之臣様に似ているなんて、考えたこともなかった。
磨けば気付けたのかもしれない。けど、周りの人に目がおかしいか頭がおかしいかのどっちかだとバカにされても、私だけがわかっていればそれで良かった。
だって、そいつらを見返すために十哉の外見を良くしたら、ろくでもない女が寄ってくるじゃん。
私はヲタヲタしい見た目でも十哉が好きなのに、上っ面に騙されただけの上っ面だけ可愛い女に奪われるなんて絶対に嫌だもん。
相手は一応男だというから、十哉の着ていた限定Tシャツを見て、珍種の同類発見に歓喜するあまり一気に関係深めようとしてきた、ただの
だがしかし、十哉に秘められた神之臣様要素を見出し、一目惚れして貢いだ可能性も否定できない。このサプライズイベント招待も、貢物の一つ……というのも有り得る。
というわけで、十哉を得体の知れない危険人物から守るべく、英司と卓にも来てもらった。
あんまり役には立たなさそうだけど、もし十哉がさらわれそうになったら、力で対抗できなくてもイタくてキモい奇声を発してくれりゃ防犯ブザー代わりくらいにはなるだろうからね。
こうしてそれぞれの思惑を乗せた車はつつがなく進み――私と不愉快な仲間達は、戦いの地・ワンフォーに到着した。
「はい、
八階催事場の前に設置された受付で上品なムード漂う紳士にそう告げられると、私は一気に脱力した。
ここに来るまでずっと『拙者も行くでござる!』『拙者も行かねばならぬでござる!』『吾輩共は四人揃ってこそ力を発揮するのじゃ! 一心同体なので候!』と駄々をこねまくった奴らを宥め嗜め、ついには怒声罵声浴びせまくってまで押し留めようとした私の努力は何だったの……。
にしてもエセメン池崎め。
このビルには知り合いが多いらしいと聞いいたが、やはり前もってイベントのことを知っていて、それを餌におびき寄せたようだな。公式アナウンスを見ていなくても、ここまで来ればキュンプリヲタなら嫌でもイベントに惹き寄せられるに決まってるもん。
そして『招待状所持者限定のイベントに、俺の力で入場させてやっただろぉう? 体で支払ってもらおうかぁん?』なんて言って、やらしいことしようと企んでるんだ!
昔描いた、黒歴史の薄い本みたいに!!
エセ崎も間違いなくこの場にいる。罠に掛かった十哉が到来するのを待ち構えている。もしかしたら今この瞬間も、どこかから見ているのかもしれない。
エセ崎の容貌をもっと詳細に聞かねばと、慌てて十哉の姿を目で追うと、仲間と共に少し離れた場所で仲良くおてて繋いで輪になって、喜びの高速マイムマイムを踊っていた。
貞操の危機が迫ってるってのに、悪目立ちするなっつうの!
私はさっと足を出し、三人を転ばせてイタイムキモイムキショイムを止めた。
「トーヤ、いい? 私から離れちゃダメだよ? 半径五センチ以上離れたら、宝物の制服せいらちゃん等身大パネルに卑猥な落書きするからね?」
のそのそ半身を起こした十哉は、私の注意喚起を聞くと、尻でぴょこんと飛び上がった。
「なっ……ご、五センチ!? それはちと密着しすぎでは……」
「守れなかったら、せいらちゃんのロリロリボディに亀甲縛りの縄書くよ? それも食い込み具合まで超リアルに、赤の油性マジックで」
「やめてくだされ! サク殿の画力は非常に高いゆえ、誠にえげつない仕上がりになるに違いないで候! 何でもいたしまするから、どうか清らかなせいらちゃんを汚さないで候!」
よし、説得成功。ではいざ行かん!
分厚いカーテンが掛けられた向こうには、何が待っているのか。このイベントが終わった後、私はどんな気持ちになっているのか。
他の三人も同じ重い思いを抱いているんだろう。
皆で緊張した面持ちを確かめ合い頷き合いしてから、私達は恐る恐るカーテンの内部へと侵入した。
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