『乙女からイケメン』に路線再変更でござる!
彼を忘れるには新しい恋で候
自分のアパートの部屋に帰宅した私は、靴擦れして痛む足をパンプスから引っこ抜き、玄関に座り込んだ。それからすぐにスーツの入った紙袋を放り投げ、
我ながらバカだと思う。この期に及んで、まだもしかしたら連絡が来ているかもしれない、と期待してたんだから。
見事にそれは裏切られたけれど――――つい数分前に届いていたメッセージに、私は目を奪われた。
『ダメでした。修復不可能、新規構築も無理です』
送信者は池崎。彼も私と同じく、玉砕したらしい。
少し迷ってから、私はメッセージではなく電話をかけることにした。
『……はい』
今にも死にそうな声が耳を打つ。
「私もダメだった。今……別れてきたとこ」
同じような声で、私も報告した。
『そっか……二人して、届かなかったね』
暫く無言の時間が続く。沈黙を破ったのは、池崎の明るい声だった。
『ね、せっかくだから失恋パーティしよっか。思いっ切り飲んで食べて騒いでさ、パーッと弾けて忘れちゃおうよ!』
無理して振り絞ったに違いないその声はとても痛々しくて、私はまた泣きたくなった。
でもきっと、辛くて堪らないのは相手も同じ。
「うん、いいね。スカッとしよ!」
だから私も、込み上げる嗚咽を堪えて明るく応じた。
「ザグぢゃぁぁぁん……!」
指定されたホテルに向かった私を出迎えたのは、豪奢なスイートルームには似つかわしくない――全身の水分を目から放出するかのように滂沱の涙を暴発させた、泣きワンコだった。
「いげざぎぃぃぃ……!」
それを見た瞬間、私の超次元乙女化魔法も解け、堪えていた涙が噴出した。
「ザグぢゃん、何飲むぅぅぅ……?」
「何でもいいがらぁ、
スタートから早くも号泣という波乱の幕開けで、我々の失恋パーティは開始した。
運ばれてくる酒を次々空けながら、私は今夜の顛末を話した。
池崎もまた、だばだば涙を流しながら語ってくれた。
マッチョマンネクタイが功を奏し、
それに調子付いて、子どものことを問い質したこと。すると、忽ち彼女が態度を硬化させてしまったこと。
『まさか、あなたの子だとでも思った? そうやって自分に都合良く物事を捉えるところは変わってないのね。同じ時期に、平行して付き合っていた男がいたのよ。あなたより優しくて賢くて頼り甲斐があって、結婚も考えてたくらい好条件の人。妊娠に気付く前に別れてしまったけれど、今でもその人のことを愛してるわ。わかったら、二度と私に近付かないで。嫌々付き合っていた過去の男に付き纏われるなんて、気持ち悪いだけなのよ。どうしてそれが理解できないのかしら?』
――――こう言われ、今後彼女の気持ちが自分に向く可能性はゼロ、むしろマイナスだと悟ったこと。
自分の存在は、彼女にとって黒歴史でしかないんだという事実を叩き付けられたこと。
そんなことにも気付かず、もしものためにとこのスイートルームまで予約していた自分が恥ずかしくて情けなくて、過去に戻って殺してやりたくなったこと。
「俺が立ち入る隙なんて、最初からなかったんだぁぁぁ! 好きっていう気持ちすら、彼女にとっては迷惑なだけだったんだぁぁぁ! レイカの幸せのためには、諦めるしかないんだぁぁぁぁぁ!!」
今夜の出来事を話し終えると、池崎は広い床を縦横無尽に転がり回り、大声で泣き叫んだ。
私もやってみようかな……少しはスッキリしそう。
「出会った瞬間に勝敗は決まってたんだよぉぉぉ! 理想の美女に、現実の男女が敵うわけねえだろぉぉぉ! いつまでも未練がましく彼女面して、殴られるまで気付かねえって惨めすぎじゃねえかぁぁぁ! だがなあ! 振るのも面倒だからって、だらだらキープしやがったこと! これだけは! 絶対に! 何があっても! 許さねえからなぁぁぁぁぁ!!」
池崎を真似て、喚き散らしながらゴロゴロしてみると意外と楽しい。お、これ、ハマるかも!
「
「式島さんだって二股してたなんて、最低だよぉぉぉ! 浮気する奴は皆、滅びればいいぃぃぃ!!」
「レイカのバカーー!!」
「トーヤのアホーー!!」
二人して好き放題に吠えながらゴロゴロ転がっていたら、互いの頭が思いっ切りぶつかった。
「あだっ!」
「いでっ!」
揃って悲鳴を上げ、ゴロゴロを止める。大量の酒を飲みまくった上に激しい回転運動をしたせいで、停止しているのにまだ揺れてるような感じがした。
「……ねえ、サクちゃん」
「……何だい、池崎」
立ち上がるのも面倒で、仰向けのままシャンデリアのきらびやかな光を眺めていたら、起き上がって覗き込んできた池崎の顔がそれを塞いだ。
「新しい恋、しない?」
「私、男は当分二次元でいいよ」
よっこいショータイムチャラランラン、と両親譲りの掛け声で、私も体を起こす。
「でも、三次元の男は三次元じゃなきゃ、忘れられないんじゃない?」
いつもと違って、池崎は真剣な表情をしていた。熱を帯びた眼差しが目を射る。
これって、もしやのもしや……?
「……池崎が、忘れさせてくれるっつってんの?」
ぼんやりして現実感も覚束ない状態で、私は問い返してみた。
「うん。だからサクちゃんも、忘れさせてくれない? もうこんな恋……辛いばっかりで、止めたいから」
池崎が力無く笑う。
私だって、この痛みが消えるなら何でもいいから縋りたい。この涙を止める方法があるなら、どんなことでもいいから頼りたい。
だからって、誰でも良いというほど私は分別のない女じゃない。でも……。
「……試す価値は、ある、かも」
池崎なら、いけるかもしれない。
だって彼は、切り裂かれたばかりの傷から血を噴き出す者同士。届かなかった想いに、内側からも心を掻き毟られて苦痛に泣くしかできない者同士。
それに――今になって考えてみると、池崎の前では飾らない素の自分でいられた。
だから彼なら、
この人となら……恋ができるかもしれない。
『池崎
池崎の手を取って立ち上がったその時、式島さんの声が脳裏に蘇った。
好きになっても、また傷付くだけなのかもしれない。けど、それでも構わなかった。
十哉に与えられた痛みを超える辛さなんて、この先きっとないだろうから。
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