彼の本音を聞いてしまったで候
「ごめんね、サクちゃん。デートだったんでしょ?」
一時間後、私の努力がやっと実って泣き止んだ
「キャンセルになった。で、暇潰しにワンフォーに来たの」
かといって、もう店巡りをする気力もない。
池崎も落ち着いたようだし、もう帰ろうと私は立ち上がった。が、池崎が腕を掴んで引き止める。
「待って、お詫びに食事でも奢るよ」
「その顔で? やだよ、私が泣かせたと思われるじゃん」
池崎がまたしゅんとする。連動して垂れる犬耳が見えた気がして、つい笑ってしまった。
「ウソウソ、いい店知ってるよ。そこなら泣き顔でも、何なら号泣しながら入っても平気だからさ」
今度は私の方から、池崎のお高そうなスーツの腕を引いて立たせる。忽ち彼は、満面の笑みを咲かせた。
「そんな心優しいお店があるの!? 行ってみたい!」
単純かよ。さっき失恋したばかりなのに。
「ところでサクちゃん、いつから俺に対して敬語じゃなくなったの?」
「あれ、いつもどんな言葉遣いしてたっけ? そんなことより早く行こ」
PRイベントでのやり取りを華麗にお返しして、私は池崎のこれまたお高そうなお車に乗って目的地へと向かった。
行き先は『レストラン・カレル』。個人営業のお店で、料理はとても美味しいのに何故か客が少ないという、穴場的なレストランだ。
ちなみに
「いらっしゃいませ! サクさん、お久しぶりですぅ!」
「久しぶり。今日は二人で」
「お二人ですねっ。二名様、ご来店でぇす!」
席に案内してくれた顔馴染みのウエイトレスは、
「サクさんはいつものでよろしいですか?」
「うん、こいつも一緒ので。いいよね?」
「あ、はい……」
池崎がメニューを開くより先に、私は有無を言わさずオーダーした。何となく優柔不断っぽい空気を感じたから、とっとと決めてやった方が早い気がしたのだ。
「サクちゃんってさ、気遣いの仕方も身のこなしも本当に格好良いよね。スカートより今日みたいなパンツスタイルの方が似合うよ。髪も、あの子みたいに短くした方が魅力的だと思うんだけど」
わかってないなぁ。私はへっと鼻で笑い、解説してやった。
「似合うもので現状維持するより、私はもっと高みを目指したいの。イケメンっつってチヤホヤされんのは十二分に経験した。だから今度は女らしく可愛くなりたいの、わかる?」
「わかるけど……努力することは大事でも、方向性を間違ったらダメじゃない?」
「最初から方向を決めて、どうせ無駄だって諦めて挑戦しない方がダメだよ。なりたい自分になるためには、方向が違っても突き進むのみ。でなきゃ、いつまでも理想には辿り着けないよ」
「なりたい自分になるために、かぁ……ありがとう、サクちゃん! 俺も頑張る!」
あれ? 私、もしかしなくても余計なこと言っちゃったかも……。これじゃ式島さんが迷惑がってる相手を、諦めさせるどころか励まして焚き付けたみたいじゃない?
「お待たせしましたー」
何と言って取り繕おうかと焦っていたところに、料理が運ばれて来た。
「うわぁ、美味しそう!」
チキンドリアとキノコグラタンのハーフ&ハーフに、プチパンとチャウダーとオニオンサラダという私の定番オーダーを、池崎も気に入ってくれたみたいだ。うまうまワフワフと笑顔で食べていて、軽くホッとした。
「いらっしゃいませー……え?」
困惑が滲んだ真木さんの声に釣られ、エントランスの方を見た私は口からパンを落とした。
そこに、とんでもない奴がいたのだ。
身長は恐らく二メートル超え。元の身長もそこそこ高いんだろうが、よく出入り口を通れたなってくらいものすごくデカいアフロヘアのせいで、とてつもなくビッグに見える。
おまけにやたらテカテカしたマント羽織ってるし、極めつけに鼻眼鏡って……完全に不審者じゃねーか!
「は? ……え!? そ、そうだったんですか。ええと、二名様、ご来店でぇす……」
追い返すかと思われたが、真木さんは私の時と違ってひどく低いテンションで、そいつを席に案内した。
こんなの通して大丈夫かよ……と見守っていたら、巨大アフロの後ろからもう一人付いてきているのに気付いた。こちらはブラックの前下がりボブに、大きなサングラスした女性だ。顔の上半分が隠れていても、素晴らしい美人だというのがわかる。何やらワケアリな雰囲気だな?
彼らが座ったのは、私達の隣を隔てるパーテーションの斜め向こう。気になって聞き耳を立てた私は、危うくグラタン皿に顔を突っ込みかけた。
「あの、ご注文はいつものでいいですか」
「はいで候」
「じゃあ、私も同じもので」
この口調、そしてこの声は……。
「ごめんなさい、用事があったのに無理言って付き合っていただいちゃって」
「大丈夫で候。サク殿も理解してくれたで候。女性一人では何かと不自由であろう、いつでも頼ってくれて構わんで候」
「ありがとうございます。お部屋にまでいらしていただいて、本当に助かりました」
やっぱり
間違いなく十哉だ。
疑いようもなく十哉だ!
しかも相手の女性は……ウィッグ被った
って、変装グッズってこれ!? 逆に悪目立ちしてるし!
そ、れ、よ、り、も。
私とのデートキャンセルして彼女と会ってたってこと?
部屋って……彼女のお宅にまでお邪魔したってこと!?
「サクちゃ……」
「黙れ、一言でも喋ったら殺す」
何か言いかけた池崎に低く告げ、私は耳に全神経を集中した。
「素敵なお店ですね。こんなお店があるなんて、全然知らなかったわ」
「親友が厨房でバイトしてるので候。味も値段も良き店なので候」
「親友さんが働いてるんですか。じゃあ、彼女さんともよく来られているんですね」
そこで十哉は少し間を置き、吐き出すように言った。
「……サク殿とは、お付き合いしてから一度も来ていないで候。サク殿とだけは、絶対にここに来たくないゆえ。実は、二人で出歩くのも、あまり好きじゃないので候……」
頭を鈍器で殴られたようなショックに、今度こそ私はドリアグラタンに突っ伏し――かけたが、池崎がさっと皿を避けてくれたおかげで事なきを得た。
ううん、全然ちっとも事なくなってない……ダメ無理、泣きそう。
「出よう」
隣に回ってさっと私を抱き起こし、池崎が短く言う。両手で顔を覆ったまま、私は頷いた。
「えっ、池崎さん!?」
ところがレジに向かう途中で、浅見さんに見付かってしまった。
「こんなところでお会いするなんて……あら、そちらはもしかして、
自分の手が作る闇の中、私は必死に己に言い聞かせた。
大丈夫、できる。
古泉
しっかりと精神統一してから、私はそっと顔から手を離した。
「失礼しました。突然具合が悪くなってしまったもので。お二人は我々の分も、どうぞごゆっくりお食事を楽しんでください」
脳内から引っ張り出してきたのは、最も得意だった『
余裕に満ちたクールスマイルと落ち着いた声音で二人に告げると、私は再び両手で顔を覆った。
「あの……サク殿」
十哉が、思い出したように呼びかける。
「本当に大丈夫だから……気にしないで」
震えかけた声を懸命に張り、私はそれだけ言った。
もう手の中では、涙が溢れていた。こんな顔、見せたくない。絶対に見られたくない。
店を出て車に乗っても、私は手を顔から離すことができなかった。
池崎は何も言わず、住所だけを聞いて家まで送ってくれた。
ちょっと変だしウザいところもあるけど――根は良い奴なのかもしれない。
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