彼との日々を走馬灯で巡るで候
私と
親の転勤でマンションのお隣に引越してきた十哉は、細くて色白で口数も少なくて、何を言われても何を聞かれてももじもじしてるだけの子だった。
両親達は同じ年の子同士で仲良くさせたかったようだけれど、そううまくはいかなかった。当時の私ときたら、男兄弟に挟まれたせいで、とんでもなく男勝りだったから。
幼稚園の年中組にして年長の男子グループとケンカし、挙句に屈服させ、園内で『番長』というあだ名が付いていた私にとって、残念ながら奴のような軟弱者なんぞ遊び相手どころか玩具にすらならなかったのだ。
ところがある日、親の都合で私が一人だけで
『サクちゃん、キュンプリ観てる?』
十哉におずおずと尋ねられ、私は首を横に振った。すると奴はテレビのあるリビングに私を導き、手慣れた調子でDVDを再生し始めた。
オープニングを目にした瞬間、私の目は画面に釘付けとなった。
煌びやかな女の子達が、雅やかな衣装で華麗に舞う。いや、舞うように戦っている。それは、兄の影響で戦隊シリーズとロボットアニメと特撮しか知らなかった私が初めて見る世界だった。
そして息を詰めて見守っていた私の前に、その超絶美男子は現れた。そう、
その日観たDVDには登場しなかったけれど、僅かなカットインでその御姿を拝見しただけで、私は心を奪われてしまった。
ここでやんちゃ娘は、めでたく初恋を迎え――たのだが、気恥ずかしくて幼稚園の皆には言えなかった。打ち明けたのは、家族と十哉にだけ。
おかげで私と十哉は、毎日遊ぶようになった。
十哉は私に、キュンプリのいろんなことを教えてくれた。
私の方は、親がやっと女の子らしいものを好きになってくれたと喜び、たくさんのキュンプリグッズを買ってくれたので、それを十哉に貸したりプレゼントしたりした。
こうしてキュンプリのキュンプリによるキュンプリでできた絆を深めた私達だったが、別れは突然やって来た。十哉の親が、また転勤になったのだ。
最後の日、十哉は私に餞別の品を差し出しながら、涙でくしゃくしゃになった顔で言った。
『サクちゃん、今までありがとう。サクちゃんとキュンプリのお話たくさんできて、すごく楽しかった。サクちゃんのこと、忘れないからね』
手渡されたのは、神之臣様の家紋をモチーフにしたシルバーのキーホルダー。周りにキュンプリ好きを隠している私のために、ぱっと見ではキュンプリグッズだとわからないものを選んでくれたという。
私はありがとう、と笑顔でそれを受け取り、泣いて泣いて言葉にならない嗚咽を漏らす十哉を見送った。
その時の私は、プレゼントの嬉しさに気を取られていて想像もしていなかった――――一人だけで観るキュンプリが、何だか物足りないこと。もう楽しさを分かち合える相手がいないこと。いつも側にいた十哉がいない、それがすごく寂しくて悲しいことに。
十哉がいなくなって初めて、彼のことを好きだったと気付いたのである。
突然訪れた理想の初恋が衝撃的すぎて、現実の初恋を見落としてたってやつだ。
それから更に数年後。環境を変えたくて地元から離れた有名進学高校に見事合格した私は、不安半分期待半分でドキワクしながら入学式を迎えた。
ところが、同じクラスとんでもなく不気味なトリオがいた。まず、見た目がイタい。話し方がキモい。オーラがキショい。
そんな三連コンボを極めた三人衆の中で一番ヤベー奴が何と、初恋の人と同姓同名だった。もうね、驚きがアンビリーバボーでしたよ!
手入れもせず伸ばしただけといった腰を超えるほどのモサい超長髪、センスも欠片もないダセェの一言に尽きる黒縁の眼鏡、顔の下半分を青黒く覆う醜きことこの上なしの無精髭。これだけでもインパクト特大だというのに、180センチ余裕超過の高身長と無駄にがっしりした体型のせいで、気持ち悪さを通り越して鬼気迫る恐ろしさすら感じた。
おっかしいな? 私の記憶する岸十哉は、色白細身の可愛い子だったはずなのだが?
幼い頃の甘酸っぱい思い出補正抜きにしても、末路がこれってありえないよね? 同姓同名の別人だよね?
そう自分に言い聞かせ、私はスルーする方向に決めた。
だがしかし――オカッパヒョロ眼鏡とでっぷり坊っちゃんカットという珍種達と固まって話していた十哉(仮)が、側を通り過ぎようとした私に向けて声をかけてきたのだ。
『……その者、待つで
このキショ口調が
『そなた、キュンプリ信者であるな? みなまで言わずともわかるで候。そのキーホルダーが何よりの証で候』
モソモソ言いながら十哉が指差していたのは、私のリュックにぶら下がるあのキーホルダー。十哉についてはもう忘れかけていたけれど、神之臣様への想いは変わらなかったからずっと愛用し続けていたのだ。
え、もしかして私があのサクちゃんだってバレた? てことはこいつはやっぱり、あの十哉なの!?
戸惑う私に、十哉はフフンとはみ出た鼻毛を揺らして笑った。
『恥ずかしがることはないで候。キュンプリは女児向けではあるが、愛に年齢や性別は関係ないで候。吾輩共もそなたと同士、男であっても堂々とキュンプリ愛に生きているで候』
――事もあろうかあのクソヲタ野郎、私を男と間違えてやがった。
確かに宝塚男役出身の母親に似て顔は中性的……というか男寄りだし、当時は髪は短くしてたし、身長は170センチ超えてたし、何なら仕草もちょっと雄々しかったかもしれない。
この頃にはもう既に、男装コスプレイヤーとして華々しく活動していたもので。
でもメイクなしの素顔で、しかも制服着てんのに間違えるって、ひどくない?
『おい、クソ野郎。スカート履いてんのが見えねえのか、あ? 殺すぞ』
これが私の、再会して初となる発言。控えめに言って、最低である。
すると十哉は、私のスカートを見て文字通り飛び上がった。
『何と、そなたは男の
『うむ、男の娘の同志というのもなかなか趣深いでござるな。新鮮フレッシュ旋風が迸るでござる。そう思わぬか、
と、もっともらしく答えくさりやがったのはオカッパ丸眼鏡の
『口にするのも悔しいが、やはりイケメンは正義。しかし彼の顔面力を駆使すれば、キュンプリの布教も捗るに違いないでござる。良き人材を確保したのう、岸殿』
と、のたまいけつかりやがったのはワガママボディに坊っちゃんカットの
ちなみに十哉以外の二人は
もちろんこの一秒後、『誰が男の娘じゃ、ワレぇぇぇ! 死にさらせ、ド畜生がぁぁぁ!』などと口汚い罵声を浴びせ、イタキモキショ三種クソヲタトリオをフルボッコにしたのは言うまでもない。記憶から消したい思い出の一つである。
誤解が解けてからは十哉と再会を喜び合い、『三次の女でもサク殿だけは特別』ということで仲間になった。というか、仲間入りさせられた。
多くの人に『何であんなキモヲタ共と仲良くしてるの』と言われた。時には『ブサメン侍らせて王子気取りかよ』なんて野次る奴もいた。
しかし、ここでそこらのイケメンよりイケメンな私の容姿が大活躍。校内どころか近隣地域の女子連中が一丸となり、『僻み根性丸出しで醜い』『キモヲタにも優しいサク様、素敵すぎる』『王子気取りも何も、サク様は王子オブ王子であらせられるから無問題』とアンチ以上の勢いと熱量で庇ってくれたのだ。
こうして私は、良い思い出より悪い思い出の方が多かった中学とはうってかわって、それはそれは楽しい高校生活を過ごした。
自分の気持ちに気付いたのは、やっぱりお別れの直前。
高校三年生になると、頭が良かった三人組は揃って高ランクの大学へ、私は美容専門学校へと進む道が別れた。
その時になって初めて、初恋以上に強い想い――十哉と離れたくない、ずっと側にいたい、女の子として見てもらいたいという恋心が胸に広がって止まらなくなった。
そこで私はまず、以前から考えていたコスプレ引退を決断した。
好きな人のために『最高の美男子』から『可愛い女の子』に変わりたいというのが決定打だったけれど、高校で遊び散らかしてしまった分、専門学校では真剣に勉強に取り組んで技術を習得したいと思っていたので。それに、コスプレ活動に協力してくれた家族にも負担をかけたくなかったし。
コスプレって実は、かなりお金と手間がかかるんだよ……私の場合、衣裳も小物も全部拘って手作りしてたから余計に。両親はノリノリで手伝ってくれたけど、大きなイベントになると徹夜もザラで、そのせいで兄や弟にまで迷惑かけたこともあった。
これからは家族孝行しよう。そして萌え萌えの女の子になって、彼を振り向かせてやる!
そう決意しラストイベントで挑んだのは、私のコスプレの中で最も人気と知名度が高かったキャラ――癒し系乙女ゲームから女子の口コミで大流行し、アニメに映画に舞台に商品化と幅広い分野で今も尚、新規ファンを獲得し続けている『絶対パティシエ!』の
そこは神之臣様じゃないのかって?
バカな、畏れ多くてできるかっつうの!
彼の魅力は自分なんかじゃ表現不可能。そう考えていたから、神之臣様のコスプレだけは一度もやらなかった。
当日は御堂ランの代名詞である純白に金刺繍が入ったコックコートではなく、オリジナルとなる乙女ゲームのクリア特典だけで見られる白銀のタキシード――家族皆で数ヶ月かけて制作した渾身の力作である――を纏い、彼の一挙手一投足を研究し尽くして作り上げたクールな笑顔と洗練した仕草を振りまきながら、男装コスプレイヤー『
その後、親が留守だという十哉の家で、英司と卓が企画した『お疲れ様で候でござる会』を開いてくれたんだけど……メイクが削げ落ちた醜い姿を晒すわけにはいかないと必死に我慢してた涙が暴発して、ワンワン泣いた。彼らが用意してくれたやたら豪華なご馳走を飲み食いし、優しい労いの言葉に頷きながらも泣き続けた。
泣き疲れて寝落ちて目が覚めたら、英司と卓はもう帰った後で――十哉が一人で片付けをしているのが目に映った。
この時の私は、コスプレ引退したばかりでテンションがおかしかった。でなきゃ、あんなことできなかったはずだ。
私は毛布をかけ直してくれた十哉の胸倉を掴み、衝動的に自分からキスした。で、告った。
『僕と付き合え! 僕を彼女にしろ! 可愛くなってやるから彼氏になれ! 断ったら殺す!』
今思い出しても、本当にひどい……告白じゃなくて脅迫だもん。
『わ、吾輩で良いので候……?』
ファーストキスを奪われた上に、告白に見せかけた脅迫を受けるという散々な状況に突き落とされた十哉は、たっぷり時間を置いて、やっとそれだけを言った。
『トーヤがいい! トーヤが好き! 好きだからトーヤにも好きになってもらいたい!』
……最初からこう言えば良かったんだよ。後悔先に立たずだ。
十哉は恐る恐るといった感じで頷き――こうして私達は、晴れて恋人になった。
でも好きな人のためとはいえ可愛くなるって難しくて、一人称を『僕』から『私』に変えるだけでも大変だった。女の子らしいメイクも服も似合わなくて、四苦八苦の七転八倒。取り敢えず髪を伸ばし始めてはみたけど、我慢できずに切っちゃうから今のショートボブより先に到達したことがない。
はぁ……一度でいいから十哉を萌えさせたかったなぁ。キスはあの一回きり、それどころか十哉から好きって言われたこともないよ。
このまま死んだら十哉に取り憑いて、一生三次元の女と付き合えないように邪魔しそう。ていうか、する。十哉が他の女とラブラブするなんて絶対に嫌。無理、呪い殺す。
これまで十哉と過ごした日々を走馬灯のように思い返し噛み締め尽くすと、私は覚悟を決め、瞼に広がる明るさに任せて目を開いた。
たとえそこが天国だろうと、この美男子と名高い顔貌で女神を誘惑し陥落させてでも脱走して、十哉のストーカーになると固く誓いながら。
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