彼も知らない自分に変幻で候
「うわぁ、うわぁうわぁうわぁ!」
最初に私を出迎えたのは、
銀髪ロングのウィッグが静電気で縺れないよう細心の注意を払いながら、私は白い雪駄を履いた足を進めた。
「
雄叫びを上げながらも、石田さんはどんどん写真を撮影していく。まだスタジオ入りしただけなのに、あんなんでメモリの容量大丈夫かな……。
このように激しくテンションの高い石田さんだが、コスプレカメラマンとしての人気はさらに高い。レイヤーさんの魅力を最大限に引き出す確かな腕をお持ちなので撮影の依頼も多く、おまけに四児の母でいらっしゃるから、忙しいと承知しつつもダメ元で当たってみたんだけど……こうして協力していただけて、本当に助かった。
「チアキ、構図は」
着物の襟や帯の位置に乱れがないかチェックしつつ私が声をかけると、固まっていた千晶は生きてることを思い出したかのように激しく瞬きした。
「やべ、萌えのドリームワールドに飛んでた……。何だこれ、神かよ! 神だな! 神に違いない!」
どうやら千晶にも気に入ってもらえたようだ。
良かった、ダメ出しされたら泣くとこだったよ。何せ自分でも、なかなか悪くないと思ってたからね。
凛々しい男の色香があり、原作から飛び出したような
恋咲神之臣は、そのどちらとも違う。
「いいねえ、その触れたら切れそうな鋭利な雰囲気! こりゃバトルシーンに映えるわ!」
それぞれの立ち位置を確認しつつ照明に微調整を加えながら、石田さんがウキウキと言う。
とまあ、私の神之臣は彼の冷酷無比な一面に特化した愛用刀の具現みたいな感じ、なのかな? 戦闘用に強めの顔を作ったせいもあるけど、やっぱり顔立ちの影響が大きいかも。私の場合、素顔でも十二分に雄々しき方面に尖ってるからね……。
だからこそ、コスは面白い。同じキャラでも違う人がやると、それぞれの個性が出て全くの別物になる。
原作に完璧かつ忠実に寄せるばかりじゃない。その人とキャラが融合した『唯一無二のハイブリッドキャラ』を創造できる、それがコスプレの醍醐味なのだ。
「ねえ、側にいるだけで震えるんだけど……あんたの纏ってる空気に当たるだけで痛くて、本気で怖いわ」
見ると、和服をベースにしたミニドレスタイプのコスチュームから覗く千晶の白い膝は、本当に震えていた。
私はそんな彼女の首元に、手にした模造の日本刀を突き付けた。
「情けない姿だな、『せいら』。まだ戦うつもりか? 私を倒しても、はあとは手に入らぬぞ」
そして冷ややかに笑い、ボロボロの状態で立ち向かってきた妹に神之臣様が放ったアニメの台詞を吐く。
その刹那、千晶の瞳にも炎が宿った。
「……手に入らずとも、構わぬので候。彼女を奪ったお兄様だけは、必ずこの手で屠る!」
神之臣の深い愛とせいらの重い愛。
二つがぶつかり合い、火花を散らして削り合う、因縁の兄妹対決が幕を開けた――。
「ふわぁ、いいもの見せてもらったわぁ。ありがとね!」
片付けた機材を担ぎ、石田さんが笑う。
「こちらこそ、急なお願いを引き受けてくださって、本当にありがとうございました。データはチアキ……じゃなくて、チャキにお願いします。謝礼は私の方から後程」
「いいってばよぅ。恋咲ちゃんとあたしの仲じゃーん。それより写真集できたら、一番に送ってね。んじゃ子どもを保育園に迎えに行く時間だから、まったねー!」
忍者のような素早さで、石田さんはスタジオから出て行った。
んもー、また逃げられた。いっつもこうなんだから!
「要らないって言われたけど、払うべきだよね……石田さんの口座番号知ってる?」
千晶の質問に、私はため息で返した。
「やめとけ。私、それやって突っ返されてを繰り返して、手数料消費合戦になったことあるから」
「マジか……誰も幸せにならないな。それよりサク、あの子の機嫌直してよ。私、そういうの向いてないからさ」
千晶に促され、私は兄妹対決の撮影に使った『黒ホリ』と呼ばれる黒一色のブースで、隅っこに蹲っている
和風スタジオで行われたはあととせいらの撮影は無事こなしたものの、私の神之臣姿を一目見るや失神したせいで、全くバトルシーンの撮影を見られなかったと拗ねているのだ。
「ユアちゃん、一緒に写真撮らない? はあとと神之臣のラブラブなやつ。チアキがカウンターから機材借りて撮影してくれるって」
こんなベタな誘い文句に乗るはずが……。
「えっ、いいんですかあ!? やったあ、撮りますーー!!」
おっと、簡単に乗ってくれたよ! 可愛い奴め!
それから私達は黒ホリのあるマルチスタジオから再び和風スタジオに移り、優愛ちゃんが納得するまで撮影した。
「メイク落とすの、勿体ないですねぇ」
更衣室でウィッグを外し、地毛をまとめたネット頭という間抜けな状態の私を見て優愛ちゃんはため息を吐き出した。
「えー、私は早く落としたいよ。コスメイクなんて久々だったから、顔が重くて苦しい……」
元々釣り目気味だけど、それを更に際立たせるためにこめかみに仕込んだリフトアップテープを剥がしながら、私はうんざり感満載の声で答えた。コスプレ用のメイクは通常のメイクより濃く強く描く分、肌に負担がかかるのだ。
「ねーサク。せっかくコス復帰したんだからさぁ、もっと遊んでみない?」
そんな私の背後から、千晶が抱きついてくる。目の前の大きな鏡に映る彼女の口元には、何を企むような笑みが浮かんでいた。
あ……これ悪い顔や。
「遊ぶって……?」
恐る恐る問いかけると、千晶は私から離れ、両手を大きく広げて大きな声で宣言した。
「ズバリ! 恋咲、初の女装計画でーーす!」
「きゃー! 面白そうっ! チャキさん、天才ですっ!」
いつの間にか意気投合した二人が、手を取り合って跳ね回る。
「何だよ、女装って。私、男装以外は地雷なんですけど」
二人を放置して、私は顔面武装解除の手を進めた。
神之臣様らしいクールな目元を作るために、下向きに付けたつけまを剥がせば、邪魔になったまつエクを適当に鋏でカットしたせいで無惨な姿となった自睫毛が現れる。早めにリペア行かなきゃ……トホホ。
「サクはさぁ、これまで一回も女装コスしたことないんだよね?」
何を今更、と丁寧に洗った顔を向けると、千晶は私の顔面をまじまじと見つめて笑った。
「すっぴんは中学からそんなに変わってないな。これならいける……ううん、思ってたより良いのが作れそう! ね、私に任せて。ユアちゃん、ゴミ袋切って広げてくれる? それと私の財布そこにあるから、店内ショップでシルバーのカラースプレー買ってきて」
千晶の言葉に、私は凍り付いた。
…………こいつ、まさか!
「そのまさかでーす。今から恋咲を、三次元せいらなんか余裕で超越した、超次元せいらにしてやんよ!」
私の心を読んだかのような発言をした千晶は、せいらカラーのブルーカラコンの奥に潜む裸眼をギラリと輝かせた。
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