『キュンプリうぉーりあ』の一大事でござる!

彼のために学んだ顔面武装なので候

 私、古泉こいずみサクの朝は早い。


 五時に起床し、朝食を摂って顔を洗うと即座に顔面塗装を開始。


 元女形役者だった父親が『女の子は肌が大事!』と幼少からスキンケアに気を配ってくれたおかげで、ベースメイクは手間取らない。だが、生来の男顔を女顔に変形させるのに大変な労力と時間を要する。


 まずは横長の釣り目を丸く可愛らしく見せるためのアイメイクから。


 カラコンは、デカ目にしたいあまり欲張ると不気味になるため、ナチュラルに盛れる程良いサイズで。0.1ミリの差が印象を大きく変えるため、似合うサイズ感に至るまでには大変苦労した。守ってあげたい風のバンビ目に見せるならブラック、けれど私のアッシュベージュの髪色には合わない。なのでここは、色素薄い儚げな雰囲気に仕上げてくれるヘーゼル系ライトブラウンをチョイスする。


 カラコンを装備したら、ブラシを駆使してアイシャドウを瞼の上方向にぼかし、丁寧に綺麗な横割りグラデを作る。目尻側のアイラインは、跳ね上げないように意識して少しだけプラス。目の真ん中にも隠しラインをこっそりオン。瞼の中央にハイライトを入れ、瞼全体に立体感を持たせるのも忘れちゃいけない。


 下瞼は、垂れ目がちに見せたいから目尻にのみアイシャドウを乗せてぼかす。涙袋も必須。これがあるのとないのとじゃ大違い、女の子っぽさがぐっとアップする上に、顔面の縦幅が縮小されるのだ。


 付け睫毛は、中央に毛が密集したタイプで。下睫毛はボリュームより長さ重視のマスカラを、これもまた真ん中を中心に塗布する。


 眉毛は何気に流行りの移り変わりが激しいので、SNSの動画を参考にしながら描く。レイヤー時代に抜いたり剃ったりを繰り返したせいで自眉が貧相だから、ここも手を抜けない。


 ハイライトとシェーディングで輪郭を調整し、頬骨から内側に向けて広めにチークを。塗りすぎないよう少しずつ重ねて、ほんのり上気したような顔色を目指す。


 薄い唇を誤魔化すため、オーバーめにリップラインを取ってコーラルピンクのルージュを塗り、更に透明リップグロスでぷっくり感をアピール。


 あとは寝起きの髪を整え、コテで全体をランダムに巻き、前髪を流した反対側の耳の上に編み込みを入れてラインストーンの飾りが付いたピンをポイントに刺す。


 これにて武装完了。慌ただしくスーツを着てパンプスを履いて、満員のバスに乗って出勤……というのが私の毎朝の流れである。



「おはようございまぁす、古泉先輩っ! きゃーっ、今日も素敵です好きです抱いて!」



 いつものように滑り込みセーフで店舗に到着した私を、黄色い歓声が出迎えた。久住くずみ優愛ユアちゃん、私より一年遅れて入社した後輩だ。


 仕事も真面目だし飲み込みも早いし、明るくて可愛くていい子なんだけど……ちょっとだけ難点があって。



「はぁぁん、毎日『恋咲コイサク』様に会えるなんて幸せすぎて死ねる! 尊みがしんどい!」



 とまあこのように、男装コスプレイヤー『恋咲』を今もこよなく愛する、つまりが私のファンなのである。



「古泉、また遅刻ギリギリよ。私より早く来て外で待ってる久住を、少しは見習ったらどうなの」



 ハリのある美声で我が名を呼び、艶やかなストレートの黒髪をかき上げながら、麗しいアーモンドアイで我を見つめてくださる御方は、式島しきしま玲香レイカ様。


 出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだメリハリボディにピタリと沿ったスーツ姿は不思議と嫌らしさはなく、むしろ凛々しくカッコいい。ああ、あのタイトスカートに、私はなりたい。



「おはようございます、シキ様! 今日も何とお美しい……」


「ヤベーっすよね! シキ様の脚線美は犯罪ですよね! 現行犯逮捕ですよね!」


「もちろん逮捕されるのは私達の心の方だよね! シキ様の魅惑の檻に閉じ込められて、終身刑ならぬ終萌え刑だよね!」



 などと優愛ちゃんと二人で熱く盛り上がっていたら、パコンと後頭部に軽い衝撃が落ちた。



「バカやってないで仕事しなさい! それと、シキ様じゃなくて式島さんと呼べと何度も言ってるでしょうが! 今日はバイトが一人風邪で休んだから、開店前からバタバタしてるのよ! わかったら、とっとと動く!」



 手にした書類でおバカな二人の社員の頭を叩き叱り付けるという毎朝恒例の儀式を済ませると、シキ様……じゃなくて、式島さんは美髪を翻し、ヒールを鳴らして事務室へと去っていった。


 その後ろ姿に見惚れていたバカ社員二名も、我に返るやすぐ業務に就く。優愛ちゃんは開店作業の手伝い、私は式島さんと共に事務室で営業時間外の受注確認と在庫状況チェックだ。



 私が働いているのは、式島さんが立ち上げたコスプレ総合ショップ『ミヤビ』。衣装やウィッグを始め、コスメからグッズまで幅広く取り扱うだけでなく、イベント情報やコスプレスタジオなども紹介している。



 入社したきっかけは、式島さんとの再会だった。

 美専卒業間近になっても就職が決まらず途方に暮れていた時、偶然にも立ち寄ったカフェで、兼ねてからお慕い申し上げていたシキ様と遭遇。そこで悩みを打ち明けたところ、シキ様は恐れ多くもそれなら自分の会社で一緒に働いてみないかとお誘いくださった。


 コスプレは辞めたけれど、コスプレが嫌いになったわけじゃないから喜んで頷き、面接を受けてめでたく採用され、今に至る。



 ちなみにシキ様も、元コスプレイヤー。しかもただのコスプレイヤーではなく、私や現役レイヤーの優愛ちゃんを含め、多くの人を魅了し虜にした伝説の神レイヤー様だ。


 男装から女装、果ては人外まで様々なコスプレを完璧に魅せ、その尊みに満ち溢れる御姿を拝見して憧れた者は数知れず。


 プロになるとばかり思っていたのに、シキ様は数年前に突然シングルマザーになると宣言するや、見事なまでに潔くコスプレ界から去ってしまった。


 それから暫くして会社を作り、今度はコスプレイヤーさん達を裏から支援する役に回ったのだが……もったいないな〜と思うんだよね。


 出産前と少しも体型は変わらないし、お顔は年齢を重ねることで色気が増して更にお美しくおなりあそばれたし。とても四歳の娘がいるようには見えないもん。その娘様も、母親に似てすごく美人でのぅ……。



「古泉、手止まってる。休憩にはまだ早いわよ」

「フヒッ、サーセン」



 いかんいかん、また見惚れてもうた。


 働き始めてそろそろ二年になろうというのに、いまだに仕事する式島さんの麗しい横顔に慣れられない。困ったもんだ。



「そうだ、今日は私の代わりにイベント行ってくれる? 野暮用で途中抜けるから」


「中抜けですか? ルイちゃん関連なら、遠慮せず早退して大丈夫ですよ?」



 娘様である瑠依ルイ姫のお名前を口にすると、式島さんは苦笑いした。



「違うわよ、お見合い。親がうるさいから、一回だけ行くことにしたの。キツい断り方してやれば、もう話を持って来なくなるでしょ」



 お見合いという単語に、私は奇声を上げかけた。が、寸でで飲み込む。


 式島さんは二十八歳、絢爛豪華な花咲き乱れる女盛りだ。女手一つで立派に娘を育てているけれど、この先のことを考えると頼れる伴侶がいれば……とご両親は心配なさっているのだろう。


 式島さんほどの女性なら、子持ちでもバッチコイな野郎がわんさかいるに違いない。断られても罵られても『もっとください、自分は犬です!』つって縋り付く奴もいそう……どうか今日のお見合い相手が、そんな変態じゃありませんように。



「何を拝んでるの? そんなわけで今日は時間がないのよ。早めに片付けて」


「はいであります!」



 祈りの形に組んでいた手を解き、私はパソコンに向き直った。


 幸いにして、本日入荷予定の商品は少なめだ。店頭の陳列スペースをある程度確保すれば、倉庫を圧迫せずに済みそう。よし、補充を担当してる優愛ちゃんに相談してみるか。



 そんな私の考えを読んだかのように、今まさに会いに行こうとしていた優愛ちゃんが事務室に飛び込んできた。




「古泉先輩、助けてください! 奴らです! イタイとキモイがダブルで襲来です!」

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