第4話 盗賊襲来

 メルクワトル城を出発して随分と時間が経ったが、まだ誰も口を開かない。馬車の中では重々しい空気が流れている。


 良太郎はその理由をわかっていた。


 皆、緊張しているのだ。考えてみれば当然だ。この世界を救う救世主などという重い責務を背負っているのだから。

 だが、その中でも赤井は違っていた。彼は馬車が出発してからすぐに寝てしまっていた。


(これから魔王を倒すため冒険に出発するってのに肝が座ってるな)


 良太郎は完全に熟睡している赤井を見て感心していた。だが、他の四人は緊張しているのかずっと下を見て何か考えている。


(リア充だからって常にキラキラしているわけじゃない、元にいた世界だって光ってる生活の裏では五人ともこんな風にプレッシャーと戦ってたんだ)


 緊張している彼らを見て良太郎はそんな事を考えていた。良太郎の人生は自他共に認める地味な人生だ。それは自分でも自覚している。学校では友達を作らず、家に帰ればネットを見て、腹が減ったら飯を食って、そして寝る。そんな単調な毎日だった。正直、その生活に良太郎は嫌気がさしていた。


 なんとか自分を変えたい。ずっとそう思っていた。良太郎は本音では赤井たちリア充をいつも羨ましく思っていた。彼らのように漫画の主人公みたいな人生を歩んでみたいそう思っていた。

 しかし、彼らは彼らで自分と同じように色々悩んでいるのだ。良太郎は今まで彼らの光の部分だけしか見ていなかった。


 その事に気づいたのはここを出発する三日前、涼子と話したのがキッカケだった。

 

--------出発三日前


 深夜の遅い時間、良太郎はひとり城の庭園を歩いていた。


(これからどうなっちゃうのかな……俺)


 アレクシスから、今後、良太郎はマリウスという町に行き、そこにある難民キャンプで働きながら生活していくことになったと聞いた。良太郎はあまりにも突然の話に不安な気持ちになり眠れずにいた。


 しばらく考え事をしながら庭園を歩いていると噴水の近くにある東屋が見えた。


 (あそこでちょっと休もう)


 良太郎が東屋に向かって歩き出すと誰かが椅子に座っているのに気づいた。よく見るとそれは宮内涼子だった。良太郎は引き返そうと思ったが涼子もこちらに気づいてアッという顔で良太郎を見たので引き返せなかった。


「宮内さん、こんな夜遅くどうしたの?」


 子供の頃は涼子と下の名前で呼んでいたが、今は名字で呼んでいる。中学も高校もほとんど話などしてなかったので今さら馴れ馴れしく下の名前でなんて呼べない。


「うん、ちょっとね……朝井くんこそ、どうしたの?」


 良太郎は自分が三日後、マリウスという町に行きそこで生活する事を話した。


「というか訳で、これから自分の生活がどうなっちゃうのかなって不安で眠れなくてね」


「そうなの? 実は私たちも三日後マリウスに行くのよ」


「え!宮内さん達も難民キャンプに行くの?」


 涼子はフフっと軽く笑いながら答えた。


「違うわ。マリウスには冒険者ギルドのがあってそこで冒険者になって、ギルドから依頼された仕事をするのよ」


「す、すごい、でも、みんなは魔王を倒すのが使命なんだよね。ギルドの仕事をしてて大丈夫なの?」


「私達の今の実力はとてもじゃないけど魔王を倒すなんて夢のまた夢だわ。もっと強くならなきゃ。そのためにギルドで仕事をするのよ。強くなるにはギルドの仕事をするのが一番手っ取り早いんですって。それと、実は魔王がどこにいるのかも全くわからないらしいの、ギルドはたくさんの冒険者がいるからいろんな情報が入ってくるんだって。だからギルドで冒険者として仕事をしているのが一番だってアレクシスさんが言ってわ」


「なんかゲームの主人公みたいでかっこいい。羨ましいよ」


 良太郎が目を輝かせながら涼子を見た。だが、涼子は悲しい顔で首を横に降った。


「羨ましいなんて、そんな事ない。私達も朝井くんと一緒よ。毎日が不安でしょうがないわ。こんないきなり知らない世界に飛ばされて救世主だなんて言われてもそんなの興味もないし。私たち断ったのよ。でも、ここの人達は全く話を聞いてくれなくて強引に戦うための訓練させられたのよ」


「そうだったのか……」


「そう、この世界の人は人権意識が薄いのね。私たちの気持ちなんてこれぽっちも考えてないみたい。最初の何日間はここで沙夜香と渉美と三人でずっと泣いてたの」


「……赤井と澤地はどうなの?」


「久仁彦は子供の頃からずっと柔道で金メダルと取るためコーチのお父さんと二人三脚で頑張ってきたのよ。それを諦めてこの世界を救えなんて言われても納得できないみたい。だから、毎日のように元の世界に帰してくれってアレクシスさんに言ってわ」


「そっか……」


「ところが真司だけはみんなと違ってやる気があるみたい。真司は子供の頃から武道をやってるからその特技を活かせる世界に来れたのを喜んでるみたいなの。だから、最近みんなと距離感があって話しづらいの」


「色々、複雑だったんだね」


「うん、でも私たちみんなで話し合って救世主をやろうって決めたの」


「なぜ?」


「冒険者になればいろんな人からいろんな話を聞けるんだって、それと滅多に人が行かない秘境とかにも行くことがあるみたい。だから、色々情報を集めていろんな場所にいけばもしかしたら元に世界に帰れる方法が見つかるかもしれないと思ったの」


「なるほど」


「そのために厳しい訓練を頑張ってるのよ」


「少し見学したことあるけど、ほんと大変だね。よく体が壊れないよ」


「あっちの世界にいた時もアイドルになるために毎日、朝から晩まで厳しいトレーニングしてたのよ。こんなの大した事ないわ」


「そっか、宮内さんすごいな。尊敬するよ」


「フフ、ありがと、それじゃあ明日も朝早いからもう寝るね。色々話を聞いてくれてありがとう。帰る方法がわかったら朝井くんにも教えるね。それじゃあおやすみ」


「ありがとう!おやすみ」


 涼子は良太郎に手を振ると自分の寝室の方へ歩いて行った。


(華やかな世界でなんの苦労もなく暮らしているのかとずっと思ってた。でも輝かしい人生の裏では人の何倍もの努力をしていたんだな。すごいよ。俺も……俺も涼子達みたくなりたい。どんな辛いことがあっても前向きに頑張れるそんな人間になりたいな。よし!これから俺は俺ができることを頑張ってそして生きていこう!)


 良太郎はそう決意した。


--------再び馬車の中


 アレクシスが馬車の中にいる六人に声をかけた。


「みなさん、そろそろマリウスにつきますがこの先は右側が崖になってます。馬車が通るには十分な広さで危険はありませんが念の為スピードを落として進みますね」


 そういうとアレクシスは馬の手綱を引いた。そしてしばらく進んでいるとガラガラ、ドドド、ドッカンと爆発したような音が聞こえた。


 アレクシスは手綱を思い切り引いて馬を急停止させた。


「う、うわ〜。どうしたんだ?」


 澤地が叫んだ。


「みなさん、落石です。突然、大きな岩が落ちてきました。怪我はありませんか?」


 アレクシスが皆の無事を確認する。


「だ、大丈夫よ」


 沙夜香が答えると。アレクシスはホッとした顔をした。だが、一瞬で険しい顔になる。そしてそれと同時に何十頭もの馬の蹄の音が聞こえた。


 アレクシスが叫ぶ


「みなさん武器を持って馬車から降りてください。盗賊が襲ってきます。朝井殿は馬車から絶対に出ないでください」


 皆、突然のことで訳も分からないといった顔をしていたが、赤井だけは違った。


「お前ら行くぞ!」


 そういうと馬車から飛び出した。他の四人も慌てて馬車から降りると先ほど来た道から刀を持った盗賊が赤井達に襲いかかってきた。


「ヒャー!!やっちまえ!!」


 叫びながら盗賊が刀を振りかざし赤井に斬りかかる。しかし、赤井をそれを交わし盗賊に自身の日本刀で切りつけた。盗賊の腹部から血しぶきが上がると同時に腸が崩れ落ちた。それを見た涼子達が悲鳴をあげる。


 赤井は皆を奮い立たせるように叫んだ。

 

「お前ら死にたくなかったら戦うんだ。こいつらは俺らを殺そうとしているんだ。殺されたくなかったら戦え」


 赤井の言葉にハッとした顔をして澤地がグレートソードを抜いて盗賊に斬りかかる。だが、盗賊は澤地の攻撃を軽く交わす、そして刀を抜き澤地の太ももを斬りつける。


 澤地の太ももから血が吹き出した。


 それを見た赤井が皆に指示を出した。


「全員、渉美を囲んで円陣を組め。渉美にはオートスキルの『自動回復』がある。渉美の近くにいれば徐々に傷が回復していくはずだ」


 皆が慌てて渉美を囲んだ。すると澤地の太ももの怪我が回復していく。


「渉美! 仲間の回復任せたぞ」


「は、はい」


「アレクシス! 俺が先頭に立って戦う。あんたは皆のサポートを!」


「赤井様、かしこまりました」


 アレクシスは円陣に加わった。


 赤井は今度、澤地に指示を出した。


「久仁彦! お前はその円陣から絶対出るな。お前のオートスキル『物理防御』で皆を守れ」


「わかった」


 盗賊が沙夜香に斬りかかってきた。


「沙夜香様危ない!」

  

 アレクシスが咄嗟に沙夜香をかばう。盗賊の刀はアレクシスを斬りつけた。


 しかしその瞬間、アレクシスの体が赤いオーラに包まれた。盗賊は斬りつけた手応えを感じニヤッと笑いながらアレクシスを見た。だがその笑いは一瞬で凍りついた。なんと斬りつけた筈のアレクシスの体には傷一つなかった。


 赤いオーラは澤地のオートスキルだ。そのおかげでアレクシスにダメージはなかったようだ。


「アレクシスさん。私に任せて」


 アレクシスが後ろを振り向くと沙夜香が魔法の詠唱をしていた。そして魔法の杖を盗賊に向けて叫ぶ。


「『烈火弾レイジングファイヤー』!」


 沙夜香の杖から火の玉がまるで銃弾のように勢いよく飛び出し盗賊に被弾した。


 盗賊は派手に吹っ飛ぶ。


 だがすぐに起き上がりこちらに向かってきた。


「魔法が当たったのに。どうして?」


 沙夜香が焦っていると赤井が沙夜香に声をかける


「沙夜香、こいつらの中に魔術師がいる。そいつの補助魔法のせいだ。残念だが今のお前の魔力ではこいつらにダメージを与えるのは難しい。だからお前も補助魔法で皆を助ける事に徹しろ」


「わかったわ」


 沙夜香が再び魔法の詠唱を始める。


「『魔性障壁マジックバリア』!」


 盗賊の中に魔術師がいるなら攻撃魔法を仕掛けてくる可能性がある。そう考えた沙夜香は敵と同じ魔法攻撃を軽減させる防御魔法を発動させた。

 

 皆の体が緑色のオーラに包まれる。


 赤井は皆が防御を固めたのを確認し敵陣に突っ込んでいくと目の前に2メートルを超す大男が立ちはだかった。

赤井は一旦止まり意識を集中させた。赤井の日本刀が光り輝きビリビリと電気が走った。


「剣技『雷炎らいえん』!」


赤井が大男に斬りつけると大男の全身に強烈な電気が走った。


「ぐわわわわ」


 大男がたまらず叫ぶ。そしてその電気が炎に変わった。


「ぎゃああああ」


 大男は全身火だるまになり生き絶えた。それを見た盗賊の首領らしき男が叫んだ


「お前ら!あの侍を狙え!アイツさえ倒せば後は雑魚だ」


 盗賊たちが赤井に襲いかかる。だが、赤井は次々と敵を倒していく。しかし人数が多すぎるのかだんだんと押されてきた。苦悶の表情の赤井。

 

 赤井の後ろから盗賊が剣を振り下ろした


「もらった!」


 そう叫びながら盗賊が剣を振り下ろそうとした、が、その瞬間、盗賊の頭に弓矢が刺さった。盗賊が崩れ落ちる。


「真司! あなたのサポートは私がするわ」

 

 盗賊に弓矢を放ったのは涼子だった


「頼む!」


 赤井がそう言うとどんどん前に進んでいく。彼は奥にいる盗賊の首領に向かっている。


 涼子が弓矢で援護し続ける。しかし、だんだんと弓矢が敵に当たらなくなってくる


「真司、遠くに行き過ぎ。敵に攻撃が当たらないわ」


 遠い距離から素早く動く盗賊に弓矢を当てるのは難しい、焦った涼子はなんとか赤井に襲いかかる敵を倒そうと円陣から出て赤井の方へ向かっていった。

 

 それを見たアレクシスが叫ぶ。


「宮内様!円陣から出てはダメです。澤地様のオートスキルの効果が適用されなくなります」


 アレクシスからしたら目の前にいる盗賊は雑魚だ。だが澤地たちを守りながら戦っているので本来の実力が出せず苦戦している。そのため涼子を助けたくても円陣から出れず焦った。


 盗賊が円陣から出た涼子を見て襲いかかった。


「クソアマぁ!死ねやぁ!!」


 襲いかかってくる盗賊を見て涼子は悲鳴をあげる。盗賊は刀を振り切りろうとした。


 だが寸前でそれは阻止された。誰かが盗賊の腹にタックルをしたのだ。


「やめろ!!」


 皆がその人物に注目した。

 

 驚くことに盗賊にタックルをしたその人物は良太郎だった。

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