第22話 護衛の依頼完了


「たしか、こっちの方で大きな音がしたぞ」


「あれ? なんか焦げ臭くない?」


  涼子が良太郎を呼ぶ声の後に久仁彦と渉美の声が聞こえた。声はだんだんと近づいている。


「こっち、広い場所があるよ! 行こう!」


 どうやら沙夜香が良太郎とカミルがいる場所に見つけたようだ。ほどなくして涼子達が木々の間から出てくる。そして涼子が良太郎を見つけた。


「あ! 朝井くん! 良かった!無事だったのね」


 涼子は良太郎の無事な姿を見てホッとしたようだ。笑顔でこちらに駆け寄って来る。

  良太郎は笑顔で駆け寄ってくる涼子に流し目で「よっ!」と言いながら揃えた二本指をおでこに当てピッと離す。


 涼子はそれを見てイラッとした。そして、良太郎の前までくるとさっきまで笑顔だった目を吊り上げて怒鳴りつける。


「朝井くん! 「よっ!」じゃないでしょ! 滝で薬草取ってると思ったらいつの間にか消えて、こっちは死ぬほど心配してたんだから!このバカ!」


 突然、キレた涼子に良太郎は気まずそうに指で頬っぺたをポリポリと掻きながら謝った。


「す、すまん……」


 涼子はため息をつき呆れた顔をしていると傍にいた沙夜香がつんつんと脇腹を押しながら耳打ちをする。


「ねえねえ、ちょっと涼子、一応この人依頼人なんだよねぇ。そんな言い方マズくない?」


「そうそう、そうですよ。マズイですよ」


 沙夜香と渉美がさっきのお返しとばかりにツッコミを入れた。涼子は赤面し咳払いをして誤魔化す。


「ゴホン、ゴホン、えっと…… まあ、それはそうと、どうしてこんな所にいるの?」


「あ、いや……」


 良太郎が涼子の質問にどう答えていいかわからないでいると咄嗟にカミルがフォローした。


「すみません、ちょっといいですか?涼子さん」


「あれ?カミルさん。どうしてここに? え! その首はどうしたんですか?」


 涼子はカミルにやっと気づいたようだ。しかし、18歳の女の子が切り離された生首を見れば悲鳴の一つでもあげるのが普通だが、涼子はカミルが持っている正蔵の首を見てもまるで大した事ないかのように質問をした。


 カミルは涼子に事情を説明しようとする。と、その時、久仁彦が大きな声で皆を呼んだ。


「おい!こっちに死体が二体あるぞ。首がぶった斬られてる。 みんな!来てみろ!」


 久仁彦の声に全員が振り向くと斧使いと武闘家の首なし死体が転がっているのが見える。赤井はそれに興味を持ったようで首なし死体の方へ向かう。が、渉美と沙夜香の二人は全く関心がなさそうに久仁彦の言葉を無視し、カミルに話しかけた。


「カミルさんお久しぶりですぅ〜。今日は一体、どうされたんですか?」


「ああ〜! カミルさんじゃないですかぁ。お久しぶりですぅ」


 三つの首なし遺体が転がってる凄惨な現場にも拘わらず渉美と沙夜香が目をキラキラさせてカミルに話しかけている。どうやら二人はイケメンのカミルがお気に入りのようだ。


(それにしてもこいつら、冒険者になってたった一ヶ月かそこらで相当、肝っ玉が大きくなっちゃったなぁ。ってか普通だったらPTSDとかになってるぞ) 


 涼子たちが首なし死体を見ても大して動揺していない事に良太郎は感心した。


「ここにある死体は正蔵と言う名の殺し屋とその部下達で、こいつらは魔族からあなた達を暗殺するように依頼されたのです」


 若干、沙夜香と渉美に押されつつもカミルは話を続けた。


「……暗殺ですか」


 暗殺と聞いて涼子は神妙な面持ちで聞き返すとカミルは静かに頷く。そして赤井と久仁彦がこちらに戻ってくるとカミルは二人の顔を見て改めて説明を始めた。


「この正蔵という男はマリウスでA級冒険者の資格を保有してますが、それは表向きの顔で裏では魔族に協力している殺し屋です。私は魔族が皆さんの暗殺を正蔵に依頼したという情報を得たので、急いでこいつらを追ってきました。そしてちょうど正蔵たちがこの方を襲っている所に出くわしたのです」


 カミルの話を聞いて涼子は気まずそうな顔で良太郎に謝った。


「そうだったんですか…… ごめんね。朝井くん、私たちあなたの護衛をしなきゃいけないのに」


 自分の正体を隠す為とはいえ涼子達に嘘をついている事に罪悪感があるのか、良太郎は少し気まずい顔で返事する。


「い、いや、気にすんなよ。カミルさんが助けてくれて無事だったんだからさ!」


 それでも少しシュンとしている涼子を傍で見ていた赤井が慰めた。


「涼子、これはお前だけの責任ではない。俺にも責任がある。だからそんな顔するな。という訳で、朝井、すまんな」


 赤井が良太郎に頭を下げる。


「だ、大丈夫、大丈夫! 命の危険なんて感じないくらいあっという間にカミルさんがこいつらを倒してくれたんだ。ああ、ほんとに凄かったよ!ほんと大丈夫だ!」


 良太郎は困り顔で両手を振っているとカミルが助け舟を出した。


「真司くん、こいつらは腐ってもA級冒険者だ。今の君たちではこいつらの気配に気づかなかったのも仕方がない。まあ、今回、全員が無事だったのでそれで良しとしよう。今度から気をつければいい」


 赤井達はカミルの言葉に力強く頷いた。


「それじゃあ、私はこれからギルドにいって正蔵が魔族に協力していた事を報告しに行きます。それではみなさんこれからも気をつけて、何かあればギルドにいる矢神 アンナという情報屋を訪ねてください。彼女には皆さんからの要件を私に伝えるよう言っておきます」


「わかりました。いつもありがとうございます」


 涼子がそういうと皆が頭を下げた。


「ところで、その正蔵って奴の件をギルドに報告するって事だが。こいつが魔族に協力したって証拠もないのにギルドは信用してくれるのか?」


 最後に久仁彦が気になっていることをカミルに聞いた。


「はい、それは大丈夫です」


 と、言葉すくなげだがカミルは自信満々に頷いた。久仁彦は理由わけを聞こうとしたが、何故か聞いてはいけないような空気が流れたためそれ以上聞くことができなかった。そしてカミルは皆に別れの挨拶をすると密林の中に消えていった。


「さあ、私たちも帰りましょう。朝井くん。早く蒼草そうそうを採取しましょ」


 涼子が言葉に良太郎は頷く。そして全員が滝の方へと向かって歩き出すと久仁彦が妙案を思いついたという表情で皆に話しかける。


「そうだ! もう傷回復薬リカバリーポーションがないから空瓶に滝壺の水を入れていこうぜ」


「いいね! そうしよう! でも不思議だね。なんであの滝壺の水を飲んだだけで傷が回復するのかしら……」


「そういえばそうだな……」


 久仁彦と沙夜香が不思議に思っていると良太郎がその謎の答えを教える。


「あの滝壺には大昔、癒しの水精霊が住んでいたと言われているんだ。その水を飲んで傷が癒えるって事はもしかすると、水精霊の癒しの力が滝壺に残っているのかもしれないな」


「え! そうなの! ってか、そんな大事な情報は先に言っておいてくださいよ」


 渉美が文句を言うと良太郎は両手を顔の前で合わせウィンクしながら囁くような声で「ごめん」と唇を動かした。


 渉美は気持ち悪そうな顔で良太郎を見ている。


 そんなこんなで良太郎たちはやっと蒼草そうそうを採取しマリウスに戻ってきた。あたりはすっかり暗くなっている。


「ふぅ〜 これで依頼は完了ね。ちょっと至らない所もあったけど……」


 涼子が申し訳なさそうに言うと良太郎は笑顔で答えた。


「いや、そんな事ない助かったよ。ありがとう! 報酬はギルドで受け取ってくれ。それじゃあ!」


 良太郎は皆に別れの挨拶をすると振り返り歩き出した。


「待って!」


 だが涼子が良太郎を呼び止めた。


「良太郎くんは今、どこに住んでるの? やっぱり難民キャンプ?」


「あ、いや、ユミさんの所に住み込みで働かせてもらってるんだ」


「ふ〜ん、そうなんだ」


「ああ、ベッドもあって住みごごちは抜群さ! それじゃあ、また何かあったら頼むよ!」


 そう言いながら良太郎は走っていった。涼子はもう少し良太郎と話をしたかったのか名残惜しそうにその後ろ姿を見送った。



 良太郎が道具屋に着くと扉には「CLOSED」のドアプレートが掛けられている。しかし、良太郎は構わず扉の前に立つと手をかざした。すると、扉の取手がひかり「カチャ」と鍵が開く音が聞こえた。どうやら扉は魔法で施錠しているようだ。良太郎は扉を開き中に入る。


 道具屋の中に入るとユミがホウキで建物の中を掃いていた。ユミが良太郎に気づいてた。


でしたか。お帰りなさいませ」


「ああ、ただいま」


「どうでした? 今日が彼らと初めての冒険でしたよね」


「……ん〜どうかな。ちゃんと一緒に戦ったってわけじゃないからよくわからないけど、俺のことを受け入れてくれそうな気がする」


 それを聞いてユミは微笑んだ。


「それは良かったですね。ちょっと心配してたんですよ。こう言っては失礼ですが朝井様、ちょっと空気が読めない所があるから……」


「はは、心配無用、今回は大丈夫さ!」


 満足げな顔をしている良太郎を見てユミは少し苦笑いしている。


「ああ、おっとそうだ、蒼草そうそうは加工所に置いておくよ」


「ありがとうございます。助かります」


「それじゃあ、お休み」


「ええ、お休みなさい」


 良太郎は蒼草そうそうを加工所に置くと自分の部屋に戻る。そして、ベッドに腰を掛け窓から見える月を眺めた。


「まずは上々……なのかな?


 そう小さく呟くと良太郎は盗賊に刺され崖から落ちた時の事を思い出した。

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