第23話 死後の世界へ旅立とう

 ――俺…… 死んだよなぁ


 良太郎は暗い洞窟の中を石壁に手をつきながら壁伝いに歩いていた。


(……俺は死んだ。涼子を助けようとして、でも逆に盗賊に腹を刺されて、そしてそのまま崖から落ちて…… まあ、これで死んでないわけないよな)

 

 だが、死んでるのなら何故、自分はこんな所を歩いているんだ。

  

 そんな事を考えながら良太郎は洞窟で目を覚ました時の事を思い返した。目覚めた当初、辺りは一面、闇に覆われていて視界はゼロだった。

 その闇の深さにパニックになった良太郎は、自分がなぜこんな所で寝ていたのか、懸命に記憶の糸を辿るとすぐに強盗に腹を刺され崖から落ちた恐怖の出来事を思い出した。


(そうか、俺は落ちたんだよ……崖から)


 受け入れがたい現実を必死に受け入れようとする良太郎。


(……死んじまったんだな…… 俺)

 

 だがしかし、だんだんと暗闇に目が慣れてくると、ここは死後の世界ではなくゴツゴツとした石に覆われた洞窟だと気づいた。


(んん? なんだここは? 死後の世界じゃないのか?)


 どうして良いかわからず、少しの間、洞窟の中でジッとしていた良太郎だが、このままいてもラチがあかないのでとりあえず中を散策しようと立ち上がり歩き出す。


 そしてしばらく歩いていると自分の腹部に刺された痛みが消えてることに気づいた。


(……あれ? 俺、腹を刺されたよな? 今は全然、痛くない…… ってことは幽霊になったのか?)


 刺された箇所に痛みがない事で改めて良太郎は自分が死んだということを理解する。


 やっぱり―― 俺…… 死んだよなぁ。


 死を確信した良太郎は足場の悪い洞窟を歩きながら自分の不運を嘆いた。


(ああ、まさか、この若さで死んじまうとなぁ。あれじゃん、なんかアニメや小説だったら女の子のピンチに助けに入ったら、なんだかんだ活躍とかしてその後、周りからあいつはやる時はやる男だな、まったく大した奴だぜ……みたいな展開になるはずなんだけどなぁ、普通に死んでじゃねーか……全く)


 そんな事を考えながら歩いていると、だんだん自分の体が歩き疲れていくのがわかった。良太郎はそれを不思議に感じた。


(おいおい…… 幽霊になっても疲れたりすんのか?)


 まさか、そんな事があるわけない。良太郎は気のせいだと思い先を歩き続けるが疲労はどんどんと増していく。


(ハァハァ、こ、こりゃあ気のせいじゃない、明らかに俺、疲れてるわ……)


 たまらずその場にへたり込むと大きく深呼吸した。


「スゥーーーハァーーーー」


(お、おかしい。俺、もしかしたら死んでないのか? 生きてるか?!)


 良太郎はもしや自分になんらかの奇跡が起こり死を免れたのでは、とそう思い始めた。だが、すぐにブンブンと首を左右に振り、その考えを振り払った。


(いや、そんなはずない。俺にそんな奇跡が起こるわけない、今までの人生、何一つ良いことなんてなかった。 神様はそうやって俺を喜ばせておいてから辛い現実を叩きつけどん底に落とすんだ。だから期待なんかしちゃだめだ)


「諦めるんだ。俺の人生は終わったんだから」


 そんな悲しい独り言をいうと、休んで体力が回復したのか良太郎はサッと起き上がり再び歩き出した。


(この洞窟を歩いていけば、もしかしたら死後の世界にいけるのかもしれない。きっと俺はそこに向かって歩いているんだろうな。だけど死後の世界とはどんな所だろうか? もし、もう一度生まれ変われるチャンスを与えてくれる所なら次こそはいい人生にしよう)


 次の人生に期待する。今の良太郎にとってそれが一番前向きな考えだった。そしてしばらく歩いていると先の方で明かりが見えた。


(あ、明かりだ! やっと着いたのか!)


 嬉しさのあまり良太郎は明かりの方へと走り出す。


(俺はやり直すんだ! もう一度やり直すんだ! 人生を!)


 そしてだんだんと大きくなる明かりの中へ飛び込む。だが、そこは良太郎が思っていた所とは全く違っていた。


(な、なんだここは? 死後の世界じゃねーのか……)


 ひどくガッカリしながら辺りを見回す良太郎。そこは何もないただの広い空間だった。


(なんだよ。何もないじゃん…… くそ! そういえば奇跡なんて起こるはずない期待するなって自分に言い聞かせたのに…… いつの間にか奇跡を期待しちゃってたよ…… ああ、どうしてこうアホなんだ俺は……)


 厳しい現実に呆然とする良太郎、彼は流れ落ちそうな涙を必死に堪えて上を向く。


(ちくしょー。どうしてこう俺は運に見放されいるんだ。明かりがあるから、てっきり何かあるって思っちゃたよ。くそ、期待させやがって…… ん? で、でも、おかしいな、そういえば、なんでこの空間だけこんな明るいんだ?)


 この空間だけまるで蛍光灯でも点いてるように明るい事を不思議に思った良太郎は涙を拭き、その理由を探るために、もう一度辺りを見回す。すると、空間の端の所々に花がいくつも咲いているのに気づいた。

 

 良太郎はその花に近づくと驚きの声をあげる。


「な、なんだ。この花。電球みたいに発光しているぞ」


 どうやらこの空間に咲いている花が光を放ち辺り一帯を明るくしているようだ。


「す、すげーな。なんて名の花なんだろう?」


 良太郎は光を放っている花をまじまじと見ていると、中には同じ花でも光っていない花もあった。それを不思議に思っていると突然、後ろから声が聞こえた。


「その花の名前は『グローフラワー』って言うんだ。朝井」


 その声に驚いた良太郎は悲鳴をあげながら振り返る。


「ぎゃー!!なに、なに! だ、 誰!!」


 振り返ると一人の男が良太郎の真後ろに立っていた。ビックリした良太郎は腰を抜かしその場にへたり込む。


「おお、驚かせんなよ。朝井、ビックリしたじゃねーか。このグローフラワーってのは"アース"を含んだ珍しい花でな。こうやって魔法の『回復ヒーリング』を軽くかけてやると光るんだ。面白いだろ?」


 そう言うと男は光っていない花を取って人差し指で軽くチョンと叩いた。すると、花はパァっと光を放つ。


「どうした朝井? 俺の顔に何かついてるか?」


 男はドヤ顔で光る花を良太郎に見せるが、良太郎はその花に全く目を向けず男の顔を指差しながら驚愕の表情をしていた。


「あ、あなたは……わわわ」


「だからどうした? 」


「だ、だって……あ、あ、あなたは白井先生!」


「ああ、そうだ。久しぶりだな」


 良太郎は目の前にいる男を知っていた。男は良太郎の担任教師「白井賢一」だった。


「ど、どうして。先生がここに…… はっ!」


 白井がなぜここにいるのか、疑問を口にした瞬間、この世界に転移した時の、あの電車での出来事を思い出した。


「そ、そうだ! 乗ってた! 先生も乗ってましたよね? 俺たちがこの世界に転移した時の、あの電車に! 乗ってましたよ!」


 それを聞いて白井は少し驚いた顔で答える。


「お、流石だな。完全に気配を消したつもりだったが、気づいてたか」


 白井がなにを言っているのかわからない良太郎はポカンとした顔をした。


「な、何を言っているんですか? あ! そ、そうか、先生も俺と一緒で巻き込まれてこの世界に転移してしまったんですね! そして、自分と同じように死んでしまったってことですか!」


 良太郎の言葉に今度は白井がポカンとした顔をするが、すぐに笑い出した。


「ははは、違う違う、そうか。お前、自分が死んでると思ってるのか? 心配すんな。お前は死んでない、生きているよ」


 良太郎は白井の「生きている」という言葉を最初、理解できなかったようだったが、すぐにその顔は驚きに変わった。


「ほ、本当ですか! 俺、生きてるんですか?」


「ああ、お前は生きてる」


「よ、よかったぁ〜」


 良太郎はその言葉を聞いて心の底からホッとしたようだ、魂が抜けたような顔をしている。


「あ、あとな、俺は巻き込まれ事故でこの世界に来たんじゃないぞ」


「え! じゃあどうしてこの世界に来たんですか?」


 良太郎のその問いに、白井のあっけらかんとした口調で答えた。


「簡単さ、魔法だよ。転移魔法を使ってこの世界にきた」


「な…… どういう…… せ、先生、魔法が使えるんですか!」


「ああ、って言うか、この世界にお前らを連れてきたのは俺だ」


「ええぇぇぇ!!! どうして先生が!」


 衝撃の告白に良太郎は半分パニック状態だ。それに対して白井はあくまでも悠長な顔をしていた。そして更に驚くべき事実を聞かされる。


「それは俺がだからだ。まあ、正確には元勇者だな」


「え!え!え!えぇ!! せ、せ、せ、先生が勇者! ほ、本当ですか?」

 

 白井は腰を落とし目線を良太郎に合わせるとニコっと笑う。


「ああ、そうだ。俺の本当の名前はサナダ・ユキマサ。500年前に魔王を倒した元勇者だ。改めてよろしくな。朝井!」

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