第21話 戦闘終了


「う、うそだろ……」


 斧使いはワナワナと震えながらただの肉塊と化した仲間を見て放心していた。

  

「おい! 何をボーとしている。来るぞ!」


 後ろから侍が大声で叫ぶ。斧使いはその声にビクッと身体を震わせながら正面を向くと10メートルほど先から良太郎がスタスタとこちらに歩いてくる。


「 く、来るな! お、お前かぁ、こ、こいつをやったのは!お前か!」


 斧使いは斧の柄を両手で握り後ずさりしながらブンブンと左右に振り叫んだ。


 良太郎はチラッと武闘家の遺体を見た。


「こいつってその武闘家か? ああ、そうだ。お前も同じ目にあう」


 サラッと残酷な事を言って退ける良太郎。


「ふ、ふざけるなぁ!」


 良太郎の言葉にキレた斧使いは一瞬だけ恐怖を忘れた。そして自分を奮い立たせ意識を斧に集中する。


「ぶち殺してやる! 『黒龍氷殺ブラックドラゴングラス』」


 斧使いがスキルを発動すると斧から龍の形をした氷の塊が飛び出してきた。氷の龍は稲妻のような速さで良太郎へと向かっていく。


「おっ、はやっ!」


 斧使いのスキルが思ったより速いスピードだったのか、良太郎は少し驚いた声を上げるが、すぐに横に飛び氷龍を避ける。


「フフ、馬鹿め!」


 斧使いがそれは想定内だと言わんばりに片方の口角をあげると避けたはずの氷龍がぐるっと引き返し再び良太郎に襲いかかった。


「おっとまた来やがったか」


 良太郎は冷静にそれを再度かわすが、すぐに氷龍はぐるりと向きを変えまたも襲いにくる。


「無駄だ! その龍はお前を捉えるまで攻撃をやめない! そして俺のスキルは水魔法の氷系上位クラスと同じ威力だ、当たればタダじゃすまねーぜ!」


 どうやら斧使いはスキルの威力に絶対の自信があるようだ。だが、良太郎はその言葉を聞いても全く臆する様子もなく余裕綽々よゆうしゃくしゃくに言ってのけた。


「なるほどね。だったら、サクッと削っちまうか」


 そう言いながら良太郎は右手を広げ正面にかざすと魔法を発動する。


「あらよっと『風刻竜ウインドグレイヴ』だ」


 良太郎の右手から螺旋状の突風が吹き荒れる。しかし斧使いはそれを見て高笑いをした。


「バハハハ、馬鹿か! そんな下位の風魔法で俺のスキルが破れるか!」


 だが良太郎の風魔法は氷龍をまるでかき氷機に置かれた氷のようにガリガリと削ってしまう。斧使いの高笑いが一瞬で驚愕に変わった。


「な、なに! ありえん!下位魔法だぞ!」


 あっという間に細かく削られてしまった氷龍を見て呆然とする斧使い。それを見て良太郎は軽く笑うと超スピードで移動した。

 

 斧使いはあまりの速さに良太郎を見失う。だがすぐに後ろの気配に気づき振り向こうとした。しかしその刹那、静かだが凍りそうなほど冷たい声が聞こえた。


「――これで終わりだ」


 斧使いがその言葉にゾッとし身を強張らせていると、突如、目の前に見えていた景色が上下逆転した。一瞬、何が起きたのかわからなかったが、地面に落下した感覚と隣にある自分の胴体を見てすぐに悟った。


 ――おれは首を刎ねられたのだ……と。


 そして斧使いはそのままゆっくり目を閉じ絶命した。


 良太郎は斧使いが死んだのを見て後ろを振り向くと目前に放電した電気を纏った日本刀が迫っていた。


「死ねや! 『琰雷断ほのおいかずちのざん』」


 侍は不意打ちでスキルをぶつける。良太郎はそれをモロに食らい電気で全身が痙攣した。そしてその電気がすぐに黒炎へ変わると火だるまになり受け身もできず背中から倒れた。


 『琰雷断ほのおいかずちのざん』は『雷炎らいえん』と同じ系統のスキルだが威力は段違いに違う。

 『雷炎らいえん』が下位スキルなら『琰雷断ほのおいかずちのざん』は上位スキルだ。


「――ったはずだが…… 念を押しておくか」


 侍が魔法の詠唱をして発動する。


「燃え尽きろ!『列炎弾レイジングフラム』」


 侍は良太郎に向かって火の中位魔法の『列炎弾レイジングフラム』を数発ほど放つ。


 放たれた火の玉が良太郎にぶち当たるたびに火柱が上がった。


(これぐらいでいいだろう、これ以上やると木に火が燃え移って火事になる、そうなったら厄介だ……)


 侍は燃え盛る炎を安堵の表情で見ている。そして自分の部下の死体に目をやる。


(くそ、何だったんだこいつは…… ああ、まさかこんな事になるとは…… し、しかし大丈夫だ、最悪な事態だが、俺さえ生き残っていればいい。部下など金さえあればいくらでも雇える。それに救世主と言っても今のレベルなら俺一人でも充分だ)


 燃立つ良太郎を背に侍は滝の方角へと歩き出す。しかし、嫌な予感がしたのか後ろを振り返った。


 炎は先ほど同様に燃え上がっている。


(ま、まさかな…… いくら何でも死んでるはずだ……)


 今まで自分のスキルをまとも受けて無事だったやつはいない。しかも火魔法で追い討ちをかけたのだ。侍は自分の火力に絶対の自信を持っていた。だだ、何故だろうか…… 胸騒ぎを抑えることができない。


「そんなことあり得るはずがない」


 侍は自分に言い聞かせるように独り言を言う。そして再び滝の方へと向かうために振り返ろうとした。……が、その時、侍にとって最も聞きたくない声が赤々と燃える炎の中から聞こえてきた。

 

「――お前、妖剣術士か」


 侍はとっさに日本刀の刃を炎に向けると震え声で叫ぶ。

 

「ば、ば、バカな! い、い、い、生きてるわけがない! 」


 しかし、侍の叫びも虚しく炎の中からいつもの呑気顔で良太郎が出てくる。


「お前、魔法が使えるって事はただの侍はなく上位職業クラスの妖剣術士だったか」


 炎の中から出てきた良太郎は金色のオーラに包まれていた。驚く事に身体には傷一つ付いていない。


 そして右手には『ディアの剣』が握られている。


「貴様! 何故だ!なぜ無傷なんだ!それにその剣はなんだ!どこから出した! 」 


 どうやら侍…… いや、妖剣術士はパニックに陥っているようだ。それに対し全く緊張感のない良太郎。だが、妖剣術士のその問いかけに冷酷な答えで返した。


「知る必要があるか? これから死ぬのに」


 良太郎は片手で『ディアの剣』を水平に振る。すると樽に短剣を刺して飛び出す海賊のおもちゃのように妖剣術士の頭がポンっと上空に飛んでいった。

 

 良太郎は炎を水魔法で消すと、落下した妖剣術士の頭髪を掴み無造作に持ち上げる。そしてその首をマジマジと見て何かを思い出したようにハッとする。


「あっ、いけね。こいつの名前聞くの忘れた」


 良太郎は顎に手を当て、戦う前に妖剣術士の名前を聞いたかどうか思い出そうとする。だが、間違いなく聞いていないと確信するとくるりと振り返り大きな声での名を呼んだ。


「お〜い、カミル〜 こいつの名前知ってるか?」


 しばらく沈黙が続いたが、木々の隙間からスゥーと静かにカミルが出てきた。


「――流石は朝井様、私に気づいてましたか」


 良太郎は大した事ないといった様子で軽く答えた。


「まあな。それよりお前、こいつの名前知ってるか?」


「 ええ、正蔵しょうぞうという名のA級冒険者です」


「こいつは魔族に雇われて涼子達を狙っていたらしい。もしかしてお前、こいつを追っていたのか?」


「はい。救世主暗殺の情報を得て私は正蔵しょうぞう一行を追ってここまできたのですが、丁度、朝井様と戦っている最中でした」


「そうか、おそらくこいつらが死んだ事はすぐに魔族側に知られるだろう。流石に涼子達ではこいつらは倒せない。となると誰が殺したのか魔族達は調べるはずだ。そうなった場合、俺の存在が奴らにバレるかもしれん。だからカミル、悪いがお前が救世主を救うためにこいつらを殺した事にしてくれ」


「わかりました。ギルドに登録した冒険者は魔族に手を貸す事を禁じられています。私は正蔵しょうぞう一行がその禁を破って魔族側に寝返った事、そして殺害した事をギルドに報告します。そうすれば一気に私がこいつらを殺したという噂が広まるでしょう」


「アレクシスの件に続いて今回、涼子達を救った事にするのは二回目だ。もしかしたら今後、お前らは救世主を助けるために密かに行動していると魔族から勘ぐられ命を狙われるかもしれん。大丈夫か?」


 良太郎のカミルを心配し気遣った。しかしカミルは迷いもなく頷く。


「もちろんです。それが本来の我々の仕事です」


「そうか、悪いな。じゃあほら、受け取れ」


 良太郎は礼を言うと軽く笑いながら正蔵しょうぞうの首をカミルに投げた。


 カミルは片手で正蔵しょうぞうの髪をつかんで受け取る。


「さっ! そろそろ涼子達に俺が滝にいない事がバレるだろう。行こう」


 と、良太郎とカミルが滝へ向かうとすると、涼子の声が聞こえた。


「朝井くーん、無事なのー 返事してー!」

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