第20話 狙われる救世主たち

「お〜い! みんなぁ!」


 自分たちを呼ぶ声が聞こえ全員が声がした方向を見ると良太郎が手を振りながら笑顔でこちらに向かってきた。


「うわっ!あれの存在、忘れてた」


「そっか、いたんだっけ? ビビってとっくに逃げてたと思ってた」


 ひどい事を言う渉美と沙夜香を涼子は苦笑いしながらたしなめた。


「こらこら、一応は依頼人なんだからそんな失礼なこと言っちゃダメよ」


「すっげー 笑顔キモいな」


「渉美も思った? あれマジ無理」


 それでもやめない二人に涼子は唇に人差し指を当て「静かに静かに」と何度も言い聞かす。


 そして良太郎が笑顔で皆の所まで来ると「お疲れ〜」と言った顔で両手を顔の前で広げながら歩いてくる。おそらくハイタッチをしようとしてるのだろう、そのまま渉美の方へと近寄ったが当然無視された。


 結局、全員からハイタッチを無視された良太郎だが気にした様子もなく、満面の笑みで皆に話しかける。


「お疲れ! いや〜 一時はどうなるかと思ったけどよくやってくれた。周りを見る限りだと、もう魔物はいないようだから、みんなはここで休んでいてくれ。俺は蒼草そうそうをこのバッグに詰めるだけ詰めてくるからさ!」


 良太郎は大きな空のバッグを片手で持ち上げそれを皆に見せた。


「大丈夫? 護衛の依頼なんだらついて行くわよ」


 涼子が言うと良太郎は首を軽く左右に振った。


「いやいや、大丈夫だよ」


 そう言うと良太郎は走って滝の方へと走って行く。


「魔物が出たらすぐに呼んでね!」


 走り行く良太郎に涼子は心配そうに声をかけた。



 良太郎が滝の側まで来ると一度、振り返り涼子達の方を見た。


「よし、こっちを見てないな」


 涼子達がおしゃべりに夢中になっているのを見て、良太郎は薬草を取らず近くの密林に入っていった。

 密林の中は文字通り密集した樹木で歩きづらかったが、すぐに木々がまばらになり、そして広い場所にでた。


 太陽の光が木々の間から差し込んでいる。


 良太郎はそこで歩みを止めると片方の口角を上げニヤッと笑い一本の大木をジッと見た。


「――それで隠れてるつもりか。出てこい」


 少しの間、沈黙が続いたが大木から日本式の甲冑を装備した男が出てきた。

 

 その男は自分の気配が気取られるとは夢にも思っていなかったのだろう、表情から驚愕の色が見て取れた。


「き、貴様…… 一体、何者だ……」


 良太郎はその質問には答えず上の方を見た。


「まだいるだろう、いいから全員出てこい」


 すると今度はすぐに2人の男が大木から飛び降りてきた。2人の男たちも最初に出てきた侍同様、驚愕の眼差しで良太郎を見ていた。


 そして侍が動揺を隠すように再び質問をした。


「もう一度言う! 貴様は何者だ!」


「俺か? 俺の名は朝井 良太郎。道具屋で正社員をやってる」


「――あ? な、なに? 道具屋だと、たかが道具屋がなぜ俺たちに気づいた? 言え!」


「いや、普通に殺気がダダ漏れだったよ…… まあ、そんな事よりもお前らがろうとしてる奴らは俺の仲間でな。手出しさせるわけにいかねーんだ。諦めて帰りな」

 

「仲間だと……? バカな確か救世主は五人のはずだ…… 」


 侍のその言葉を聞いて良太郎の眉がピクッと動いた。


「なるほどな、やはりあいつらを救世主と知って暗殺するつもりか…… お前ら魔族に雇われたな?」


「ぐ……」


 まずいことを口走ったと思ったのか侍は口をつぐむ。だか横にいた大きな斧を持った大男が代わりに口を開いた。


「リーダー、こいつが何を知った所で殺しちまうんですからが関係ないでしょ。救世主だからって野生ゴランやポイズンウルフ程度に苦戦してる奴らなんて殺しても面白くねーと思ってた所だったんですよ。こいつならそこそこ楽しませてくれそうですねぇ」


 大男の言葉を聞いて、リーダーと呼ばれた侍はニヤっと笑う。


「それもそうだな。おい! 道具屋。冥土の土産に教えてやる。確かに俺らの雇い主は魔族よ!」


「ほう、魔族側に寝返ったってわけか」


 侍は良太郎の言葉を聞いてクククと笑い出した。


「寝返った? それは関係ねぇなぁ。俺らは表向きは冒険者だが、裏の顔は金さえ貰えれば人間だろうが誰でもる殺し屋なのよ」


 そう言いながら侍は刀を抜き舌なめずりする。


「あっそ」


 良太郎は興味もないといった態度で頭をポリポリと掻きながら眠たそうな目をしている。だがさりげなく3人の男を観察していた。


(あいつら冒険者か…… クラスは……A級かB級かって所か? まあ、S級じゃねーだろうな。明らかにカミル達より弱そーだし。だが、赤井達を瞬殺できるぐらいの力はありそうだな……)


 リーダーの侍、斧を持った大男、そして残りの男が横に広がり間を取った。どうやら戦闘態勢に入ったようだ。そのせいか周りの空気が少しだけヒヤッと冷たくなる。

 

 良太郎は相変わらず眠たそうな目をしていたが、3人の観察は続けていた。


(あれだな、とりあえず侍がアタッカーで隣の斧使いがタンクだろうな。それと残る男は…… えっとぉ…… まっ、どうでもいいか。涼子達にバレる前にさっさと終わらせなきゃなぁ)


「そんじゃあ、とっとと始めるか」


 そう言いながら良太郎はテクテクとまるで散歩にでも出かけるような緊張感のない歩き方で侍たちに向かっていく。その姿はこれから戦闘を始めようとするにしてはあまりにも無防備だった。


 それを見た斧使いの大男は呆れた顔で良太郎を馬鹿にする。


「おいおい、少しはやると思ったが素人か…… テンション下がったわ。こりゃあさっさと殺しておくか」


 斧使いは木こりが木を切り倒すように斧を斜めに振り上げ、そして遠心力を使って思いっきり振り下ろした。


 しかし斧を振り下ろした先に良太郎はいない。彼は高く飛び上がり斧使いの攻撃を避けていた。


 だが、斧使いはそれを予期してかのようにニヤッと笑う。


 斧使いの攻撃を飛び上がって避けた良太郎。空中を滞空しながら下にいる斧使いを見ていたがハッとして正面を向いた。なんとすぐ目の前に良太郎と同じように男が空中で滞空していた。


 男は両手に大きな爪が付いた鋼鉄のグローブをしている。


 (――おっとこいつは武闘家か)


 良太郎は呑気にその男を見ていると男のそのグローブがビリビリと放電し始めた。どうやらスキルを発動しようとしているようだ。


「雷死しろ!ボケクソガキィ!『雷裂閃らいれつせんえん


 男が悪態を吐きながらスキルを放つと連続した拳が円状に繰り出される。そしてその拳には鋭利な刃物のような形をした電気が帯びていた。


バリバリと雷に打たれる音と共に繰り出されたいくつもの拳が良太郎の胸から顔面へと直撃する。

 

 武闘家のスキルをまともに受けた良太郎は墜落する飛行機のように「ヒューン」という音ともに密林の中へ落ちていった。




 空中からスタッと見事に着地した武闘家と斧使いに侍は労いの言葉をかける。


「よくやった。もうちょっとやる奴だと思ったが大した事なかったな。俺が出る幕もなかったわ」


 斧使いがニヤケながら振り向いた。


「ええ、ちょろいもんです」


 そして武闘家が斧使い同様、ニヤけた顔で振り向いた。


「リーダー、さっさとあの救世主の五人をっちまいましょうぜ」


 侍は頼りになる部下を満足気に見ていたが、武闘家が振り向いた瞬間、その顔が喫驚に変わった。


「お、お前…… りょ、両手をどうした!」


 武闘家は侍の意味不明な言葉にキョトンとしながら自分の両手を見ると驚くことに手首から上がごっそりと消えて無くなっていた。

 

 男は仰天して叫んだ。


「ない! なんで? お、俺の両手がないよ!!」


 武闘家は手首を自分の顔の前まで上げ、再度、両手がない事を確認すると、手首から勢いよく血が噴き出した。


「あばばばばばばばばぁ」


 自分の手首を涙顔で見ながら武闘家は発狂していると、ボトっという何かが落ちてきた音がした。武闘家が音がした方を振り向くとそこに鋼鉄のグローブが二つ落ちていた。どうやら時間差で空中から落ちてきたようだ。


「はぁぁ! お、俺の手だ!」


 自分の手を見つけた武闘家は歓喜の声を上げながらグローブを拾いに行こうとした。だが、その途中でピタッと動きが止まる。


 突然、動かなくなった武闘家を不思議に思った斧使いが声をかけた。


「おい! どうした? 早く手を拾いに行って回復魔法で治してこい」


 それでも動かない武闘家にイラついた斧使いは彼の肩を掴んだ。


「おい! 何や……」


 と、そこまで言いかけると斧使いの全身に戦慄が走った。なんと驚く事に武闘家の肩を掴んだ瞬間、彼の首がポロっと落ちてしまったのだ。


 落ちた武闘家の首はまるでドングリが転がるようにコロコロ斧使いの足元に転がってきた。

 

 斧使いは悲鳴を上げ掴んでいた武闘家の肩を離す。すると武闘家の体はバタッと倒れた。当然だが彼は死亡している。


 突然、起きた部下の死に侍は叫んだ。


「なんだぁ!何が起こった!!」

 

 侍と斧使いは今起きている現実が理解できず、ただ大声で叫んでいると血に染まった震慄しんりつの修羅場に似つかわしくない悠長な声が木々の中から聞こえてきた。


「アタタタタ、こりゃ参った油断したわ」


 侍と斧使いが声がした方向を見ると、木々の中から良太郎が頭を抱えながら出てきた。


 侍は良太郎が生きていた事に驚き叫んだ。


「てめー! 生きてやがるのか!」


 良太郎は侍を「当然だろ」という顔で見ると左手で右の肩を抑えながらぐるぐる肩を回す。そして先ほど同様に悠長な声で言った。


「さっ! 続きをやろうか」

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