第19話 仲間を信じろ

(ダ、ダメか…… 俺が戦わないと全員死んでしまう……)


 苦しそうに戦っている赤井達を見て、良太郎は居ても立っても居られず岩場から完全に体を出していた。彼はしばらく迷った表情をしていたが意を決し涼子達を助けに行こうと歩き出す。


 だが、すぐに思い直しピタッと歩みを止めた。


(いや…… 駄目だ。ここで俺が出ていっては…… 駄目なんだ。確かに野生ゴランとポイズンウルフの数は多い、だが今の涼子達なら倒せる敵だ。ここで俺が出ていったら今後の彼らの成長は望めない。……だからここは我慢だ)


 良太郎は助けに行きたい気持ちを抑えるため拳を握り口を真一文字に結んだ。


(みんな、ここが正念場だ、まだ逆転の目はあるぞ。そのは与えたはずだ、お前達なら必ずそれに気づく事が出来る。だから頑張れ!)


 涼子達を信じる。良太郎はそう誓い黙って戦いを見守ることを決めた。



 赤井と久仁彦の受けたダメージはかなり深く、傷が痛み思うように剣が振れなかった。特に赤井のダメージは酷く、彼は剣を握るだけで精一杯の状態だった。


 そんな九死の境にいる二人だが野生ゴランの攻撃だけはなんとか躱していた。


「く、久仁彦、傷回復薬リカバリーポーションは残ってるか?」


「いや、ゼロだ、こ、ここまで来るのに全部つかっちまったよ。真司は?」


「俺もねえよ」


「マジかよ…… く、くそ、だが、こいつらもだいぶ削れているはず…… 怪我さえ回復するば、なんとか逆転出来るのに…… ちくしょう!このままじゃあいずれやられちまう、どうせやられちまうんなら一撃食らわしてやるぜ!」


 剣を両手でギュッと握りしめ久仁彦は意識を集中させるとグレートソード周りからピキピキという氷が凍る音が聞こえた。そして顔面へのダメージに耐えながらも力を振り絞りなんとかスキルを発動する。


「く、くらえ!『氷柱乱撃ひょうちゅうらんげき』」


 氷柱が四方に飛んでいった。だが、なぜかいつもよりも氷柱の数が少なくスピードも遅い。


「ウォォォォ」


 バァァァァァン!


 野生ゴランは雄叫びをあげ飛んでくる氷柱を殴りつけるとガラスが割れるような大きな音と共に氷柱が砕け散った。


「……くそ、ここにきて……」


(どうした? 久仁彦……)


 いつもの『氷柱乱撃ひょうちゅうらんげき』よりも威力が弱い。赤井はそう感じ不思議に思った。

 そして久仁彦の顔をチラッと見ると以前アレクシスが自分たちにアドバイスした時の事をハッと思い出した。


(確かアレクシスは久仁彦には"アース"のムラがあると言ってたな。精神的や肉体的の調子の変化によって威力が弱くなると…… どうやらあの助言はマジだったようだ)


 久仁彦は今、精神的にも肉体的にも状態が良いとはいえない。赤井は久仁彦を落ち着かせるように声をかける。


「久仁彦、チャンスがくるまで"アース"を温存するんだ、今はスキルは使わず躱すことに専念しよう」


「わ、わかった」


 どうやらアレクシスに言われたことを久仁彦も思い出したようだ。彼は赤井の助言に素直に頷いた。


「だが真司、この状況どうする。躱してばかりじゃあ埒が明かないぜ」


「ああ、だが、今の俺たちにはこいつらの攻撃を躱すことしか出来ない。だから涼子達の助けを待つんだ。それまで奴らの攻撃を凌ぐんだ」


「で、でも、だ、大丈夫か? あいつらも苦戦してるぜ」


「…………」


 赤井は涼子達の方を見ると彼女らもポイズンウルフに苦戦しているのがわかった。


(この事態の責任は俺にある。俺が仲間を信じていればこんなことにならなかった…… だから今度は仲間を信じる。頼んだぞ…… 涼子)



追跡弓矢トラッキングアロー!』


 ぐぎゃ!


「今よ!沙夜香」


 涼子の矢を食らったポイズンウルフは吹っ飛び転げ回る、攻撃するチャンスを得た沙夜香は魔法の詠唱を始めた。だが、ポイズンウルフにやられた傷が痛み、途中で詠唱をやめ片膝をついてしまった。


「い、痛い……」


 痛みで右肩を抑える沙夜香を涼子は励ます。


「沙夜香、しっかりして。渉美も痛みに耐えて頑張ってる。ここが踏ん張りどころよ!」


「う、うん」


 沙夜香が渉美の方を向くと5メートルほど先でポイズンウルフと戦っているのが見えた。

 彼女はヒーラーだが今は一時的にタンクの役割を担っていた。次から次へと襲いかかるポイズンウルフに剣を素早く動かし対抗している。だが、渉美もダメージを受けていた。そのせいで少しづつポイズンウルフの攻撃に押され始める。

 

(やっぱりヒーラーとタンクの兼用は無理ね。敵に対処するのが背一杯で回復魔法の詠唱をしている時間がない…… でも、やらなくちゃ、私が頑張ればきっとお姉ちゃんと涼子さんが何とかしてくれる)


 渉美は右肩の痛みと徐々に犯されていく毒の苦しみにグッと堪えながらもポイズンウルフと必死に戦っていた。沙夜香はその姿を見て自分を奮い立たたす。


「そうね。私、お姉ちゃんだもの。妹に負けてられないわ」


 そう言いながら沙夜香はヨロヨロと立ち上がった。


 涼子は沙夜香と渉美の状態を見て危機感を募らせていた。そして赤井達の方を見るとよろめきながら野生ゴランの攻撃を躱している姿が見える。どうやら彼らも危機的状況のようだ。


(まずいわ…… このままじゃ全滅してしまう。何か、何か方法はないの……)


 涼子は暗澹たる思いに心が折れそうになりながらもこの状況を打開する方法がないかと周りを見渡すと良太郎が心配そうな顔でこちらを見ている事に気づいた。


(良太郎くん、ダメじゃない隠れてなきゃ危ないわよ)


 涼子はノコノコと岩場の影から出てきた良太郎に苛立った。だが、すぐに気持ちを鎮める。


(良太郎くん、なんか再会してから怒ってばかりいるよね私、ほんとごめんね。ちゃんと言葉にして謝りたかったけどもしかしてそれは出来ないかもしれないね。私たちが倒されたら何とかして無事に逃げてね……そしてユミさんにも謝っておいて薬草、取って来れなかったてね……………………ん……あっ!そ、そうか!薬草だ!)


 涼子は何か閃いたようだった。


「沙夜香、今は魔法を使うのはストップよ」


 痛みを堪えながら必死で魔法の詠唱をしている沙夜香を涼子は止めた。


「え、何で?」


「いいから、私の言う通りにして!」


 涼子がそう言うと今度は渉美に向かって叫んだ。


「渉美!しばらくの我慢よ!私がポイズンウルフにデバフをかけて動きを遅くするから、そして私が合図したら滝の方まで走って!」


「わかりました!」


 渉美が返事をすると涼子はすぐさま『追跡弓矢トラッキングアロー』でポイズンウルフを矢で攻撃していく。しかし矢で貫かれたポイズンウルフは吹っ飛ぶがすぐに起き上がる。『追跡弓矢トラッキングアロー』は敵を追跡する能力に"アース"を使っているので敵のどこに刺さるかまではコントロール出来ない。そのため急所を狙えず致命傷を与える事は出来なかった。

 

 だが、デバッファーの涼子は矢に敵の動きを遅くするデハフ効果を付与している。その効果はすぐに現れ、ポイズンウルフの動きが遅くなっていくのがはっきりとわかった。


「今よ!渉美、沙夜香! 滝まで走って!」


 涼子の合図で三人は滝まで走った。それを見てポイズンウルフは彼女達を追いかける。沙夜香と渉美は傷口が痛むのか走りづらそうだった。だがそれでもデバフで動きが遅くなっているポイズンウルフたちをどんどんと引き離していく。


 そして三人が滝の近くまで来ると周りにキラキラと光る草が生えているのに気づいた。


「これが蒼草そうそうね」


「……涼子、何するの?」


 沙夜香が涼子に質問すると彼女はキラキラ光る草を指差した。


「朝井くんが言ってたでしょ、この蒼草そうそうは薬草よ。傷を回復できる草なのよ」


「ま、まさか、これ……食べるんですか?」


 渉美が引きつった顔をしている。


「違うわ。薬草は加工しなければ服用は出来ない。でも、蒼草そうそうはこの滝の周りにしか生えていない草よ。って事はこの滝の水を栄養分にして育っているのかも。だから、この滝の水にも傷を回復する力があるのかもしれない。 試してみる価値あるでしょ? さ!沙夜香、渉美、あそこの滝壺まで行って水を飲んで」


「えぇぇ!! 大丈夫? お腹壊さない?」


「早く、ポイズンウルフがもうそこまできてる」


「わ、わかったわよ」


 沙夜香と渉美は嫌々、滝壺に向かいそこにある水を飲んだ。するとポイズンウルフに受けた傷が完全ではないが回復していくのがわかった。


「や、やった涼子! この水、傷回復薬リカバリーポーションほどではないけど傷を治す力があるみたいよ!」


 沙夜香が叫びながら涼子に向かって手をふった。


「沙夜香、傷が治ったんなら早く加勢して!」


 ポイズンウルフと戦ってる涼子が焦りながら答えた。


「りょ、了解!」


 沙夜香はすぐに火魔法を発動すると次々とポイズンウルフを火だるまにしていった。


「涼子さん! 加勢します!」


 渉美が剣を抜き、涼子の方へと向かった。


 三人は次々とポイズンウルフを片付けていくとポイズンウルフはあっという間に全滅した。


「二人とも毒は大丈夫?」


「うん、もう毒回復薬デトックスポーションを飲んだから大丈夫」


 沙夜香と渉美が涼子を見て頷いた。


「そ、そうだ! 涼子さん、早く赤井先輩たちの援護に行きましょう!」


 敵を倒し安心していた渉美が赤井たちの危機を思い出した。


「わかったわ、でもここから真司の所までかなり距離があるわ。今から助けに行っても間に合わない」


「え!じゃあどうすれば」


「二人とも回復薬ポーションの空瓶をちょうだい」


 涼子は二人から回復薬ポーションの空瓶を受け取ると滝壷の水を入れる。そして水が入った瓶を矢に括り付けた。


「涼子、矢を放って回復薬をあの二人に届けるの? この距離じゃあ届かないわよ」


「大丈夫、『追跡弓矢トラッキングアロー』なら届くわ、このスキルは敵をどこまでも追跡する能力よ。距離は関係ないわ!」


 そういうと涼子は赤井たちを襲っている野生ゴランに向かって『追跡弓矢トラッキングアロー』の矢を放つ。

 

 矢は見事、1匹の野生ゴランの背中に命中した。矢を受けた野生ゴランは片膝をついたがすぐに立ち上がった。




「お、おい。真司!」


「ああ、涼子の矢だ」


 二人とも涼子の矢に気づいた。矢が飛んできた方向をみると滝の近くにいる涼子たちが見えた。


「え、えぇぇ! あんな距離から矢を放ったのか? 」


「『追跡弓矢トラッキングアロー』に距離は関係ない。それより見ろ! 涼子の矢に瓶が二本括り付けてある」


「ほんとだ。あれは傷回復薬リカバリーポーションか?」


「わからん、色が透明でただの水に見えるが、だが意味もなく瓶が矢に括り付けてあるはずない。あれを取りに行こう!」


「オッケー!」

 

 二人は野生ゴランの攻撃をくぐり抜け矢が刺さった野生ゴランの背中から瓶を取るとすぐさま蓋を開け一気に飲み干した。傷が若干だが回復していく。


「なんかわからんけど傷が少しだが回復したぞ。なんだこりゃ?」


 久仁彦が不思議そうな顔で瓶を見ている。


「わからんが、チャンスだ。これならスキルを一回ぐらいは発動できるぞ。久仁彦、俺の肩を貸すから思いっきり飛べ! そして上からスキルで攻撃しろ!」


「おう!」


 赤井がしゃがむと久仁彦は肩に足をかけ思いっきりジャンプした。そして赤井がくるっと一回転する。


雷焼炎らいしょうえん


 赤井の放ったスキルに数体の野生ゴランが焼け死ぬと赤井は力尽きたのかその場にしゃがみこんだ。


「真司! 残りはまかせろ!『氷柱乱撃ひょうちゅうらんげき』」


 今度はいつも通り、威力も速さも申し分ない『氷柱乱撃ひょうちゅうらんげき』が残りの野生ゴランに直撃した。


 ぐぎゃあああああ!!


 赤井と久仁彦は見事、野生ゴランを全滅させた。




 そしてしばらくすると涼子たちが赤井たちの元へと走ってきた。


「真司! 久仁彦! 無事なの?」


 涼子が二人に声をかけると久仁彦が親指を立てた。


「ああ、大丈夫だ。すまない渉美。"アース"が残っているなら真司の回復を頼む」

 

「はい!」


 渉美が回復魔法で赤井の傷を治した。赤井は立ち上がり渉美に礼を言うと今度は涼子にも礼を言う。


「助かった。あの回復薬がなかったら死んでいた。あれは滝の水か?」


「うん。あの滝には傷を回復する力があったのよ」


「そうか、よく気づいたな」


 赤井は感心して頷いた。そしてホッとしたのかその場に座り込んだ。それを見た全員が同じように座り込む。


 皆、無事に危機を乗り越えた事に安心したのかテンション高く談笑を始めた。



 良太郎は涼子たちの笑顔を見てホッとしていた。


(ふぅ、全くヒヤヒヤもんだったな。だが、よくやったな。そうだ、いつも必要なものが手元にあるとは限らない。そうやって周りにあるものが自分の戦闘を有利にできるかもしれないと常に考えながら戦うんだ。それを忘れるなよ)

 

 そして良太郎は涼子たちの方へ歩き出す。すると先程まで安堵の宿った優しい目がまるで獲物を狩る獣のように鋭い目に変わっていた。


(みんな、今日は本当によくやったな。今は勝利の余韻に浸っていてくれ、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る