第18話 苦戦

 赤井と久仁彦は左へ移動し、涼子と沙夜香と渉美は右へと移動した。この場所はかなり広いので左右に分かれた赤井達はかなり離れた場所で戦うこととなる。

 

 良太郎はまずは赤井と久仁彦の戦いを注視する。


(真司と久仁彦は野生ゴランを相手にするのか……)


 野生ゴランは見た目はゴリラに似ているが、明らかに普通のゴリラとは違うところがある。それは口から上下に生えている大きな牙と猛禽類のような鋭い爪が伸びている所だ。

 7匹の野生ゴランは血走った目で涎を垂らしながらジリジリと近寄ってくる。

 

 久仁彦は近づいてくる野生ゴランの牙と爪に所々、乾燥した赤い粘液のような物が付着している事に気づいた。――あれは人間の血だろうか、数々の冒険者があの牙や爪の犠牲となった所を想像して久仁彦は思わずゾッとした。


「久仁彦、まず俺から行く。お前はそこで待機しててくれ」


「お、おう!」


 赤井は果敢に野生ゴランに向かって走っていくと野生ゴランはすぐさまそれに反応し左右に分かれ赤井を取り囲んだ。そしてジュルジュルと涎を吸う音を立てながら少しづつと赤井に近づいていく。


「フン!」


 赤井は野生ゴランの圧力に臆する事無く、日本刀の柄を両手でギュッと握り直し意識を集中させる。赤井の日本刀が光輝きながらビリビリと放電し始めた。


『雷焼炎!!』


 赤井がスキルを発動しながらくるりと一回転すると剣先から放たれた雷が野生ゴランたちに直撃する。野生ゴランはビリビリと痙攣を始めるとその電気はすぐに炎に変った。


 ボウという音とともに全身火だるまになる野生ゴランの群れ、辺り一面に黒煙が舞う。


「やったか!」


 今まで幾度となく赤井のスキルに倒されていく魔物を見てきた。今回もいつものように全身火だるまになって倒されていく、そんな魔物の姿を想像し久仁彦は勝利を確信した。

 だが、『雷焼炎』の火が燃え尽き、徐々に黒煙が薄くなっていくと、久仁彦は目を見張った、なんと驚く事に野生ゴランは倒されるどころか怒りの表情でその場に立っていた。 

 

 体からもうもうと煙が湯気のように立ち込めダメージは受けているようだが、さほどではないといった様子だ。


「……な」


 言葉を失う久仁彦、だが、赤井はそれを予期していたかのようにすぐに久仁彦に指示を出した。


「久仁彦、"アース"が切れるまでスキルで攻撃しろ。こいつらとは持久戦だ! 少しづつ削っていくぞ!」


「わ、わかった!」


 久仁彦は野生ゴランの群れに近づきスキルを放つ。


「いったれー!『『氷柱乱撃ひょうちゅうらんげき』」


 放たれた氷柱が複数の野生ゴランに直撃するとドゴン!という衝撃音とも吹っ飛んでいった。だが、すぐに立ち上がりのそのそと久仁彦に向かっていく。そしてその内の1匹が近くにある直径1メートルぐらいの岩石を持ち上げそれを久仁彦に投げつける。


「うおおお」


 投げつけられた岩石を寸前で横っ飛びで避ける久仁彦。


「沙夜香の言う通りすげー力だな。どうやって倒すんだあんなの……」


 野生ゴランの強さに圧倒される久仁彦、いつの間にか顔や手から大量の汗が出ていることに気づいた。それを見て今の状況が思っているより緊迫している事を悟るとあの牙や爪に自分の血も追加される未来が一瞬よぎった。しかしそれを振り払うように頭を左右に振ると自分の気持ちを奮い立たせるよう野生ゴランを挑発する。


「おらぁぁくそ! やってやる!来やがれゴリラども!」


 久仁彦は汗で握っている剣が滑らないよう柄をギュッと握り直した。


 


雷炎らいえん


「ぎゃああああ」


 赤井のスキルで1匹の野生ゴランが火だるまになって絶命する。


「はぁはぁ、やっと1匹か…… 硬いな」


 肩で息をしている赤井の後ろから野生ゴランが両手を広げその鋭い爪で襲いかかる。


「グオオオオ!」


 赤井は野生ゴランの攻撃をかいくぐりながら水平に剣を振り抜く。


 ドン!


 振り抜かれた剣をモロに食らった野生ゴラン、衝撃音とともにヨロヨロと俯きながら後ろへ下がる。だがすぐに顔を上げキッと睨み付けるとこちらに向かってきた。赤井は野生ゴランの硬さに嫌気がさし舌打ちをするがすぐに気を取り直すと、叫びながら剣を振りかざし野生ゴランに向かっていく。


「おりゃあああああ」




 良太郎は岩場の影から赤井達の戦いをヒヤヒヤしながら見ていた。


(……真司も久仁彦も苦戦しているな。だが、辛いが頑張れ、今のお前達ならきっと勝てる。野生ゴランは動きはそんなに早くない、攻撃を避けながら少しづつ削っていけばきっと倒せる。頑張れ)


 祈るような気持ちで二人の戦いを見守る良太郎、彼は今にも岩場から出て赤井達に加勢したい気持ちを必死で抑えていた。


 そして今度は涼子達の方へ視線を向けると彼女らも赤井達と同じように辛い戦いを強いられていた。


(ああ…… 涼子達も苦戦している…… ポイズンウルフの毒に気を取られすぎて間合いが遠すぎるぞ。あれじゃあ、攻撃が当たらない)


 ポイズンウルフは全身、薄紫色の毛に覆われた大きな狼型の魔獣だ。それが6匹、涼子達と相対している。



 毒を持つ生物は普通、牙にその毒が仕込まれている事が多い、だが、ポイズンウルフの毒は牙ではなく前足の爪にある、故にその前足による攻撃が掠るだけでも毒に感染してしまう。涼子達はそれを気にして迂闊に近寄れないのか、かなり遠い間合いから攻撃していた。


烈火弾レイジングファイヤー


 勢いよく放たれた沙夜香の火魔法だが、ポイズンウルフはまるで園児が投げるゴムボールを大人が簡単に避けるようにヒョイと躱すと右、左と岩場を飛び移りながら沙夜香に向かっていく。そしてポイズンウルフは前足の爪を剥き出して沙夜香に飛びかかろうとした。


「沙夜香! 危ない!」


 沙夜香の危機に気づいた涼子が弓矢を放った。だが、その弓も沙夜香の火魔法同様、軽く避けられてしまう。



 良太郎は涼子達の危なっかしい戦いぶりに今にも口に出してアドバイスしそうな勢いで体半分を岩場から出して見ている。


(涼子、何やっている。さっき真司が言ったようにスキルを出し惜しみするな。力を温存して勝てる相手じゃないぞ!)


 良太郎の心の中で必死に叫んだ。その声が聞こえた訳ではないだろうが、どうやら沙夜香がそのことに気づいたようで涼子に向かって叫んだ。


「涼子! 追跡弓矢トラッキングアローで奴らを攻撃して動きを止めて。そこで私の魔法でトドメを刺すから」


「了解! 」


 涼子が沙夜香に向かって頷く。そして目をつぶり意識を集中して弓を引くと矢が光りだした。


「くらえ!『追跡弓矢トラッキングアロー』」


 カッと目を見開きながらスキルを発動すると矢は先ほどのポイズンウルフに向かって飛んでいく。『追跡弓矢トラッキングアロー』は敵をどこまでも追跡するスキル。ポイズンウルフはその矢を二度三度と避けるが四度目は避けきれなかったようで矢が腹に突き刺さった。


「今よ!」


 涼子が沙夜香に向かって叫んだ。だが、すでに沙夜香は魔法の詠唱を始めていた。


烈火弾レイジングファイヤー


 魔法を発動すると涼子の矢が刺さったポイズンウルフに向かって勢いよく火の玉が飛んでいく。


「ぎゃああ」

 

 沙夜香の火魔法が直撃したポイズンウルフは火だるまになり絶命した。


「この調子よ! 涼子」


 涼子に向かってVサインを送る沙夜香。涼子はそれを微笑んで見ていると突如、渉美の悲鳴が聞こえた。


「きゃー」


 悲鳴が聞こえた方角を見ると渉美が右肩を抑えていた。


「渉美、大丈夫!」


 沙夜香が叫ぶと渉美が答えた。


「だ、大丈夫だけど、ど、毒にやられちゃった。ごめん、少しポイズンウルフに近づきすぎちゃった」


 渉美は自分の右肩を見るとポイズンウルフの爪痕がついていた。爪痕からは血が流れている。そして傷口の周りは毒に感染したためか紫色に変色していた。


「渉美! 毒回復薬デトックスポーションを飲んで」


「わかった」


 渉美が自分のバッグから毒回復薬デトックスポーションを取り出そうとした。だが、そうはさせまいとポイズンウルフたちが次々と渉美に襲いかかった。


 渉美はポイズンウルフの攻撃を紙一重で躱すが毒回復薬デトックスポーションを飲んでいる余裕はなかった。


「渉美! 今行く!」


 沙夜香が自分の毒回復薬デトックスポーションを手に渉美の元へ駆け寄る。


(沙夜香! ポイズンウルフの毒は遅効性だ、すぐに毒が回る訳じゃない。焦るな!)


 良太郎はまたも心の中で必死に叫んだ。だが残念なことに今度は心の声は届かなかったようで沙夜香は自分に襲いかかるポイズンウルフに気づかなかった。


「きゃー」


 沙夜香も右肩を抑え片膝をついた。どうやらポイズンウルフの攻撃を避けられなかったようだ。彼女も毒に犯されてしまった。


「沙夜香!」


 涼子が沙夜香を襲ったポイズンウルフに矢を放つ。しかしあっさり避けられてしまう。だが、沙夜香から敵を引き離すことには成功したようだ。涼子は沙夜香の元へと向かう。




「渉美! 沙夜香! 大丈夫か!」

 

 赤井は渉美と沙夜香の悲鳴を聞き、彼はポイズンウルフと戦っている沙夜香たちの方へと向かおうとしていた。


 良太郎はその赤井の行動に驚愕した。


(ば、馬鹿野郎!だめだ、真司! 今は自分の戦いに集中しろ。仲間を信じるんだ)


 赤井は涼子たちの元へ駆け寄ろうと走り出した。だがいきなり赤井は吹っ飛んだ。それは野生ゴランが赤井の背中に蹴りを見舞ったからだった。赤井はダメージを受け咳き込みながらも立ち上がり先に進もうとする。だが目の前に別の野生ゴランが立っていた。それに気づき剣を振ろうとするが腹に蹴り受けてまたもや吹っ飛ぶ。


「真司!」


 赤井のピンチに久仁彦は叫んだ! だが、それもまずい行為だった。赤井に気を取られた久仁彦は野生ゴランの攻撃を見逃してしまった。

 野生ゴランのパンチを顔面に食らった久仁彦が吹っ飛ぶ、彼は赤井の近くまで飛ばされゴロゴロと転がった。


「大丈夫か…… 真司」


「あ、ああ」


 赤井と久仁彦はヨロヨロと立ち上がりお互い背中合わせに剣を構えた。だが、二人ともダメージは大きいようで口からは血が流れ足はブルブルと震えていた。


「く、くそ。まずいな……」


「ど、どうする、真司」


 久仁彦が赤井に聞くと彼は答えなかった。いつも的確な指示を出す赤井が無言のままだった。それがこの状況が最悪だと教えてくれた。


 そして久仁彦は涼子達の方を見た。彼女達も自分たちと同じように三人ともお互いの背中を合わせポイズンウルフと戦っているのが見えた。どうやらあちらも苦戦しているようだった。



 赤井一行パーティは絶体絶命の窮地に立たされた。

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