第13話 再出発

「まあまあ、そんな畏まらなくていいよ。それにしてもここを偶然通りかかった理由を誘拐された女性の救出とはよく考えたな。咄嗟に考えたのか?」


 良太郎が感心しているとカミルは少し照れたように頷いた。


「はい。涼子さん達は昨日、盗賊退治の依頼を受けたので色々工作している時間がありませんでしたから」


「そうか。ナイス判断だったな。おっと、そういえば慌ただしくて自己紹介がまだだったな。まあ、俺のことはから聞いてわかっているだろうが、とりあえず朝井良太郎だ。ま、一応、勇者だ。よろしくな」


 良太郎が軽く自己紹介をすると、カミル達は頭を下げ自分達も名乗りはじめた。


「こちらこそよろしくお願いします。私は『剣聖神帝けんせいじんてい』のカミル・アンダーソンです。今後、我々は朝井様の部下として手足となり行動いたします。何でもご命令ください」


 そう言うとカミルは隣にいる大男を見て目で合図した。大男も良太郎に自己紹介をする。


「自分は……『天竜魔戦士』のメサイア・ベックフォードです」


 それだけ言うとうなだれて、視線を下に向けた。次に大男の隣にいる小柄な女性が一歩前に出て名乗る。


「私は『魔神霊術師』のニエヴェス・ディフェンタールです。勇者様よろしくお願いします」


 そして最後に一番後ろにいる大柄な女性が職業と名前を言う。


「私は『神聖十字騎士』のミケーレ・チマローサです。よろしくお願いします。それと先ほど盗賊に攫われた女性を町に送り届けに行ったのが……」


 とミケーレが、先ほどカミルがベルタと呼んだ女性の事を話そうとしたところ、突如、ミケーレの目の前で空間が裂けた。そしてその裂けた空間からベルタがヒョイっと現れる。どうやら時空転移魔法が使えるようだ。彼女は笑顔で自己紹介をした。


「初めまして勇者様、私は『獄魔導拳士』のベルタ ・リオッテです。お見知り置きを」


 良太郎は満足そうな顔でカミル達を見る。


「全員が最上位職業クラスか…… その若さで大したもんだ」


 良太郎の年齢は18歳でカミル一行は20代前半だ。年下の賞賛の仕方としてはおかしいが、カミルは気にした様子もなく恐縮する。


「ありがとうございます。しかし、我々はこの職業にクラスチェンジしてから日が浅くまだまだレベルアップが必要な身であります」


 良太郎は軽く頷く。


「そうか、まあ、とりあえずこれからはさっきのように俺の代わりとなってあいつらを助けたっていう事にしてもらう事案が多々あると思う。頼んだぞ」


「はい。承知しております。ただ、朝井様。一つ言い忘れた事があります。先ほど何でもご命令くださいと言いましたが、我々にはできない事があります。それをから聞いてご存知かと思いますが……」


「ああ、わかってる。それはどんな危機的な状況だろうが俺と他の五人の命を助ける事はしない……だったな」


「はい」


「大丈夫だ。自分の身とあいつらの命は俺が守る。それが勇者となった俺の責任だ」


「それと……差し出がましいとは思いますが……」


 カミルは先程と少しトーンを抑えて話す。


「なんだ?」


「アレクシスの事です。彼女の祖先は魔王に忠誠を誓う『忠誠の儀』を行なったと思われます。『忠誠の儀』は魔王に忠誠を誓う事により大いなる力を子々孫々まで与えてもらえるという効果があります。しかしその力と引き換えにその一族は永遠に魔王に忠誠を誓わなくてはならないという呪いが魂に刻まれます。ですからいくら朝井様が彼女を説得したところでその呪いの力のせいで彼女は魔王に逆らう事は出来ません。……なので朝井様はアレクシスがキメラ化する前に倒してもよかったのではないかと思うのですが……」


 カミルは良太郎になるべく危険を冒さず敵は倒せる時に倒した方が安全だと忠告したかったのだろう。だが、途中で余計な事を言っている事に気づき、声が尻つぼみになっていく。


「ああ、そうだったな。助言アドバイスありがとう」


 良太郎はそれを気にした様子もなくお礼を言うとカミルはホッとした顔をした。


「それでは朝井様、我々はこれで退散いたします。今後、我々の助けが必要な時は『伝神テレパス』で呼んでいただければいつでもかけつけます」


「ああ、頼むよ」


 良太郎がそういうとカミルが空間を裂く。彼らは裂けた空間の中に入り消えていった。


 カミルが裂いた空間が閉じると良太郎は軽くため息をつき虚空を見上げた。


(アレクシスの事はわかっていたさ…… だが、俺がこの世界に飛ばされて毎日が不安だった時、アレクシスが面倒見てくれたおかげでなんとかやっていけたんだ。性格がコミ症だった俺は、あの当時、同じ異世界に飛ばされた赤井達とも仲良くなれず辛い毎日だった。その辛い日々を支えてくれていたのがアレクシスだったんだ。まあ、アレクシスは俺を支えてるなんてつもりなどなかっただろうがな。だけど俺はアレクシスに感謝している。本当に殺したくはなかった……)


 虚空を見上げた良太郎の目は少し悲しげだったが、踵を返し歩きだすと厳しい目に変わっていた。


(だが、俺はアレクシスを殺した事を後悔していない。俺は勇者だ。勇者の使命は復活した魔王を倒す事。それを邪魔するものは誰であろうと排除する)


 良太郎は改めて自分の使命を思い返す。

 そして時空転移魔法を使いその場から消えた。


 ----数日後


「それにしても、アレクシスが裏切り者だったとはな。今でも信じられねー」


 宿屋の入り口の前で久仁彦が涼子、沙夜香、渉美とアレクシスに殺されそうになった日のことを話している。


「久仁彦、まだそれ言ってるの? まあ、確かにこの世界に来て一番まともな人に出会ったって思ってたのに、残念すぎだけどね」


 と沙夜香がガッカリした表情で言う。


「お姉ちゃん、それよりも預言書の方が重要じゃない?私たち魔王を倒せるかどうかわかんないんだよ。それに救世主ってバレてるし……」


 渉美が周りを気にしながらヒソヒソと話す。


「確かに今後のことを考えると不安よね。涼子はどう思う?」


 沙夜香に聞かれ、涼子は少し考えてから答えた。


「そうね、確かに周りに私達の事がバレてるのはまずいわね。今後、慎重に行動していかなくてはいけないわ。それと預言書の件だけど、それって考えようによっては私達、魔王を倒さなくていいって事じゃない?」


「どういうこと?」


 沙夜香が聞くと涼子は声を小さくして話し出した。


「つまり、魔王と戦う前に元の世界に帰る方法を見つけて帰っちゃえばいいって事」


「あ〜、なるほど。その手があったか」


 沙夜香が感心していると久仁彦も声をひそめて話しだした。


「やっぱりそうだよな。実は俺もそれを考えてたんだよ。だけど、真司が納得するかな?」


「真司には私からその内話すわ。なんとか説得してみせる」


 涼子達の話を聞いて渉美が不安そうな顔で話に入ってきた。


「でも、大丈夫なんですかね? 普通、ゲームとかだと魔王を倒して元に世界に帰れるとかそんな感じの設定になってますけど……」


 涼子は子供に言い聞かすように渉美に話す


「渉美、これはゲームとは違うのよ。正直、私はこの世界を救いたいなんてこれっぽっちも思ってないの。だから命がけで魔王と戦う気なんてないわ。渉美もそうでしょ?」


 渉美は無言で頷く。


「預言書の中身がどうだろうと関係ないわ。私たちのこれからは今までと何も変わらない。元の世界に帰るために情報を集める事と強くなる事よ。みんなわかった?」


 涼子がそういうと皆が深く頷いた。

 

 そしてしばらくすると赤井がギルドから戻ってきた。涼子が赤井に声をかける。


「真司、依頼受けてきた?」


 赤井が返事をする。


「ああ、Dランクの仕事だ。みんな大丈夫か?」


「問題ない。早速行くか?」


 久仁彦が答えると赤井は少し考えてから答えた。


「……そうだな。だが、その前に道具屋によって回復薬を買っていこう」


 赤井がそういうと涼子が頷いて皆を見る。


「さあ、これから気を取り直して再出発ね。頑張りましょう」


「ああ」


「了解」


「ええ」


「はい」


 涼子の言葉に皆が返事をするとマリウスで一番大きな道具屋へと向かった。

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