第12話 S級冒険者

 眠りから覚めた涼子は静かに目を開けた。


「う、う〜ん…… こ、ここは……? 」


 まだ少し眠気があるのか視界がぼやけてる。涼子は目をこすりながら周りを見た。


(た、確かここは盗賊たちの集落…… えっと、私たち盗賊を倒して帰ろうとしてたんだっけ…… そしたら突然、アレクシスが…… ハッ!)


 涼子はアレクシスに襲われたことを思い出した。そして自分の腹部に赤井の剣が突き刺さった事も……


(そうだ……私、真司の剣が刺さって意識を失ったんだ……)


 鋭い日本刀が自分の腹部を貫いたあの嫌な感覚を思い出すと涼子はお腹に手を当てた。すると着ていた防具に穴があいていて服が血で赤く染まっている事に気がついた。

 

(こ、これは!…… という事はさっきのは夢じゃないって事だよね…… でもどうして? どこも怪我してない…… これって治ってるってこと? )


 何が起こったのかわからず呆然としていると集落の中央に人がいるのに気づき涼子は慌てて立ち上がった。


(アレクシス! ……いや、違う。男の人だわ…… 誰だろう……でも見覚えがあるわ)


 涼子は集落の中央にいる男の顔を確認しようと近づいていく。だが男の顔は逆光で陰になっていてよく見えない。

 

 男も涼子に気づいたようでこちらに向かって歩いてくる。涼子はその見覚えがある人物を思い出した。だが、その人物は自分の目の前で死んだはずだった。


(まさか…… まさか…… 生きていたの。こんな事があるなんて……)


 涼子は突然の奇跡に戸惑いながらも嬉しさのあまり男へ向かって走り出した。そして近くまで駆け寄ると涙顔で声をかける。


「無事だったんだね! 朝……」


 だが、そう言いかけた所で涼子の笑顔が消えた。


「えっ、あれ……ち、ちが……う」

 

 どうやら、その男は涼子が思っていた人とは違っていたようだ。確かに背格好はよく似ていたが全くの別人だった。

 

 男が涼子に話しかけてきた。


「よかった。目が覚めたのですね。安心してください、もう大丈夫ですよ」


 話しかけてきた男は、髪は黒いが目は青かった。どうやら日本人ではないようだ。


 涼子は少し警戒して男に訊ねた。


「あなたは……」


 警戒している涼子に気づいた男は軽く笑い自己紹介をした。


「初めまして。僕の名前はカミル・アンダーソンと言います。一応、マリウスで冒険者をやっています。あなたは宮内涼子さんですよね?」


「あ、はい…… なぜ私の名前を?」


 涼子が不思議そうに尋ねた。


「マリウスであなた達を知らないものはいませんよ。王国騎士団副団長のアレクシス・ギャラガーが直接、戦いのイロハを教えてて、しかも一緒に冒険をするなんて初めての事です。……しかし驚きました。そのアレクシスが魔族のスパイであなた達が殺そうとするとは、既の所で僕たちが助けに入ったのは運が良かったですよ」


?」


「ああ、あそこで君たちの仲間を介抱しているよ」


 カミルと名乗る男性が指差した方向を見ると複数の男女が赤井たちを介抱していた。


「みんな!」


 涼子は赤井たちが心配になり駆け寄ろうとした。だが、カミルが涼子を引き止める。


「涼子さん、待って! 大丈夫。君も含めて全員、傷の回復はしてある。皆、無事だよ」


 それを聞いて涼子はホッとして立ち止まる。しばらくすると沙夜香が涼子の名を呼びながら渉美と一緒に駆け寄ってきた。


「涼子!」


 そしてその後すぐに赤井と久仁彦がカミルの仲間と一緒に歩いてきた。


「みんな、無事なのね。良かった」


 そう言いながら涼子は安心した様子で全員の顔を見ると皆を代表するように沙夜香が笑顔で答えた。


「涼子もね」


 そして、涼子はそばにいるカミルを全員に紹介した。


「ここにいるカミル・アンダーソンさんがアレクシスから私たちを救ってくれたの。カミルさんも私たちと同じマリウスで冒険者をしてるそうよ」


 皆がカミルにお礼を言う。


「いえ、当然の事をしたまでですよ。赤井さん、澤地さん、古葉沙夜香さんにそれに古葉渉美さん」


 赤井達はカミルが自分たちの名を知っている事に驚くと涼子が事情を説明した。


「それにあなた達の名前を知っているのはアレクシスが一緒にいたからだけではありません。皆、あなた達が預言書に書かれた救世主だというのも冒険者の間では有名です」


 カミルの話に皆が驚いた。


「そうだったんですか。預言書の話は一部の人間しか知らないという話を聞いていたんですが…… だけど、アレクシスも預言書は魔族にも知られていると言っていたので周知の事実なのでしょうね」


 そう涼子が言うとカミルが頷いた。


「ええ、しかし王国に住んでいる王族達は無能揃いですから、預言書の内容がバレているなんて考えたこともないでしょうね。まあ、今後は気をつけたほうがよろしいでしょう。いろんな理由で命を狙われる可能性があります」


 カミルがそう言うと涼子達が頷いた。

 

 「カミルさん、ところでアレクシスはかなりの実力者だったはずだが彼女はあなた達が倒したのか?」


 赤井がカミルに質問した。この質問は少し失礼な感じがしたが、カミルは怒った様子もなく爽やかな笑顔で答えた。


「はい。僕と仲間で倒しましたよ。彼女は僕たちの戦いに負けそうになるとキメラ化の薬を飲んで身も心も魔族となりました。かなり手強かったですがなんとか彼女を倒すことができました」


 次にその話に興味を持った涼子が質問をした。


「キメラ化の薬とはなんですか?」


 カミルは涼子の方を向いて先ほど同様、爽やかな笑顔で答える。


「キメラ化の薬とは勇者サナダの時代に作られた秘薬で、この秘薬を飲むと自分の倍以上の力を持った魔族に変身できる薬です。これを作ったのは魔王に忠誠を誓った人間の錬金術師だと言われています。薬を飲んだアレクシスは上位魔族に変身して僕たちに襲いかかってきました」


 それを聞いた赤井は驚き、そして悔しそうに拳を握りしめて呟いた。


「あの強さの倍以上……だと」


 あの圧倒的な強さのアレクシスがさらに強くなった。その彼女を倒したカミルに興味を持ったようで赤井はまたもカミルに質問をした。

 

「カミルさん、あなたは俺たちと同じ冒険者だということだが、クラスを聞いていいか?」


「ええ、一応、S級です。ちなみに僕だけじゃなくて僕の仲間も全員S級冒険者ですよ」

 

 それを聞いた沙夜香が目を丸くして呟く。


「S級って、最高クラスの冒険者じゃない…… すごい」


 今度は渉美が初めて会うS級冒険者に興奮した面持ちで質問した。


「すごい!S級冒険者ならあのアレクシスを倒したのも納得! でも、カミルさんはこの集落にはどんな用事で来たんですか?ギルドの依頼ですか?」


「はい、僕たちは、とある行方不明の女性を探していたのですが。色々調べていく内にここを住処にしている盗賊に誘拐されたということがわかりました。そして急いでこの集落に来てみたら君たちが襲われてた現場に出くわしたというわけです」


「そうだったんですね。良かったわ、カミルさん達がその依頼を引き受けてくれて、そうでなかったら私たち死んでいたもの」


 涼子がカミルの話を聞いてホッと胸をなで下ろしていると後ろからカミルの名を呼ぶ声が聞こえた。


「カミル!」


 その声に皆が振り向くとブロンドの女性がこちらに歩いてきた。女性はカミルに話しかける。


「カミル、行方不明だった女性はやはりここにいたわ。他にも数人女性がいたけど全員保護したわよ。私はこれから女性達を家に帰して来るわね」


「ああ、頼んだよベルタ」


 カミルがそう言うとベルタと呼ばれた女性はいま来た道を引き返していった。


「さあ、そろそろ涼子さん達は宿屋に帰った方いい。色々あって疲れたろうからね。あと、アレクシスの件は僕が王国に報告しておこう。きっとこの事件は大問題になるだろうからね、今はめんどくさい事に巻き込まれるのを避けてゆっくり休んだほうがいい」


 皆、カミルの優しさに甘える事にした。涼子達はカミルにお礼を言い集落を後にする。


 そして涼子達が去った後、しばらくするとカミル達の後ろから一人の男が歩いてきた。


 その男はカミル達に言葉をかける。


「ご苦労だったね」


 カミルと仲間達はその声に振り向くと男に頭を下げた。


「いえ、この程度の事はなんでもありません。勇者様」


 そう言いながらカミルが頭を上げる。


 カミル達に言葉をかけた人物、それはもちろん良太郎だった。

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