第10話 勇者vsアレクシス
「朝井! 止まれ! これ以上こちらに来るなら斬り殺す!」
アレクシスが向かってくる良太郎に警告した。
「まあまあ、そんな怖いこと言うなよ」
良太郎はその警告を無視してまるでちょっと買い物にでも行くみたいにヒョイヒョイと歩いている。
「止まれと言っている!」
アレクシスが近寄ってくる良太郎に袈裟斬りを放った。先ほど赤井の胴を斬り裂いた目にも留まらぬ剣速が良太郎を襲う。
だが、振り抜いたその剣に手応えはなかった。
「な、なに!」
驚くことにさっきまで目の前にいた良太郎が一瞬で消えてしまったのだ。
「ど、どこだ……」
アレクシスが呆然と立ち尽くしていると自分の後ろで人の気配を感じた。アレクシスはハッとして振り返るとそこに良太郎がいた。彼は赤井の方へ向かって歩いている。
「い、いつの間に!」
良太郎は赤井の怪我の具合を見ている。
「赤井、ひどい怪我だがまだ息があるようだ。涼子も他のみんなも虫の息だが生きているか…… よかった間に合ったか」
「朝井! 今何をした! おい!」
アレクシスが叫んだ。しかし、良太郎はアレクシスに問いに答えず涼子の方へ歩き出した。
「涼子…… 遅れて悪いな。今、治してやる」
先ほどから良太郎に無視されていることにアレクシスは怒りそして叫んだ。
「おい!てめー!無視してんじゃね……」
しかし、その怒りの叫びは驚きとともに中断された。
「『
良太郎が無詠唱で魔法を唱えると赤井、涼子、沙夜香、渉美、久仁彦の体が虹色のオーラに包まれた。そのオーラが皆の傷が一瞬で回復する。
「うう……」
傷が回復した涼子たちが目を覚まそうとしている。良太郎はまたも無詠唱で魔法を唱える。
「悪いなみんな、少し眠っててくれ。『
良太郎の魔法を発動すると涼子達は深い眠りについた。
そして、良太郎が魔法を使うのを唖然とした表情で見ていたアレクシスが口を開いた。
「お、お前、い、今のはなんだ…… なぜ、魔法が使える! そ、それに、その魔法『
アレクシスは目を見開き顔から大量の汗を流していた。それに対して良太郎はまるで友達と話しているかのようにフランクに話す。
「あ〜 なんか最初から使えてなかったけ?」
「バ、バカな。ありえん、貴様は"アース"の解放もしていないはずだ!」
「そうだったけ? よく覚えてないなぁ」
「ふざけるな! そ、それに今、赤井たち眠らせた魔法はなんだ? 複数人を一度に眠らす魔法など見たことない。普通の眠りの魔法は単体にしか掛からないはずだ。しかもその成功率は極めて低いものだ!」
高度な最上位魔法や見た事のない魔法を見て、彼女は完全にパニックに陥っていた。
良太郎はため息をつき、まるで親が駄々をこねてる子供を見るような目でアレクシスを見た。
「アレクシス、そんな事はどうでもいいからお前はもう城に帰れ。そして今日のことは忘れろ」
「あ!テメー、なに意味のわけわからねー事言ってんだ。私の使命は五人の救世主を殺すことだ。邪魔するな。殺すぞ! いや、殺す!」
目の前の出来事が信じられずパニックでどうにかなりそうなアレクシスだったが怒りでその感情を無理矢理に押し込めた。そして剣を抜き良太郎に斬りかかる。
「おりゃ!」
気合いとともに電光石火の剣速が良太郎を襲う。が、しかしアレクシスは剣を振り抜けなかった。
その
彼女は必死に良太郎の手から剣を引き離そうとしている。
「は、離せ、貴様!離せ!」
アレクシスが必死な形相で叫んでいると、良太郎はパッと手を離す。アレクシスは勢い余って後ろに倒れた。
「てめー!なにしやがる!」
顔を真っ赤にし怒り狂った表情のアレクシスが叫んだ
「いや…… 今、離せって言ったじゃん」
相変わらず良太郎は呑気に答えた。
「なんなんだ、そ、その怪力は!…… そうか、きさま!朝井良太郎ではないな? 何者だ! 正体を表せ!」
「え…… いや、正真正銘、朝井良太郎だけど」
「嘘をつけ! 正体を暴いて殺してやる!」
アレクシスは良太郎に剣先を向けた。
「貴様が只者ではないのはわかっている。だから本気でいかせてもらうぞ! 剣技『
先ほど沙夜香と渉美に放った倍以上の大きさの竜がアレクシスの剣の切っ先から飛び出した。どうやらこれが『
「しょーがねーなぁ」
そう言いながら良太郎は右手を水平に広げると右手の先の空間に黒い亀裂が入る。
その亀裂はビリビリと音をたてさらに裂け始めた。
そして良太郎がその裂けた空間に手を入れグッと力を入れて引き抜くと一本の剣が握られていた。
良太郎はその剣を片手で軽く振り抜くと目の前にまで迫ったアレクシスの2匹の竜が真っ二つに切り落とされた。
「なっ……」
自分のスキルを簡単に討ち取られアレクシスはなにが起こったのわからないでいた。
「馬鹿な! 空間転移魔法だと…… そ、それに何だその剣は…… わ、私のスキルを一瞬で切り落とした……」
「はは、すごいだろ? この【ディアの剣】に斬れないものはないんだぜ」
良太郎が持っている両刃の剣は鍔が飛び立つ鳥のような形をしていて真ん中には盾の形をした紋章がついていた。そして柄頭から剣先まで白く神秘的な輝きを放っている。
アレクシスがありえない事が現実に起きたといった驚愕の表情で剣を指さす。
「【ディアの剣】……だと。ば、ばかな! ありえん。【ディアの剣】は大精霊に認められた勇者のみが持てる剣だ! お前などが持てるわけがない!」
「いやー 持てるよ。だって俺、勇者だから」
アッサリと衝撃の告白をする良太郎。
しかしアレクシスは小馬鹿にしたように良太郎を指差して笑った。
「きゃはは、ありえない! お前みたいなどこにでもいる、平凡でイケてない奴が勇者の訳ない! 勇者は赤井だ! ば〜か」
と、腹を抱えて笑っているアレクシスだが先ほどの良太郎の強さがふと頭をよぎった。すると、さっきまで爆笑していた顔が引きつりに変わった。
「いや、ま、まさかな…… た、たしかにお前の強さは本物だ。ほ、本当に勇者なのか……? だか予言書には五人の救世主と記されていたはず…… ど、どういう事だ……」
「アレクシス、さっきも言ったがそんな事はどうでもいい。俺はお前を殺す気はない。今日の記憶は魔法で消してやる。だから大人しく城に帰れ」
まるで子供をあやすような良太郎の物言いにプライドが傷ついたのかアレクシスは怒りで顔を真っ赤にして言い返した。
「うるさい! そんな事、出来るはずない! 私は魔王様に忠誠を誓った身、勇者を殺すのが私の目的だ。お前が勇者だと言うのなら丁度良い! ここで始末してやる!」
アレクシスは良太郎と距離をとり右の手のヒラを良太郎の方へ向けると魔法の詠唱を始めた。手の平が赤く光る。
「喰らえぇぇぇ!!! 我が得意の上位魔法『
アレクシスが魔法を発動すると彼女の手の平からどす黒く巨大な火の玉が出現し、ものすごいスピードで良太郎へ向かって一直線に飛んでいく。
だが良太郎は迫る火の玉を避けようともせず、ため息をついた。
「アレクシス…… さっきから馬鹿の一つ覚えだぞ」
そう言いながら良太郎は片手で剣を掲げるとまっすぐに振り下ろした。するとアレクシスの『
「はぁぁ、なぜだ! 今のは王国でも私しか使えない火の上位魔法だぞ。なんでそんなにアッサリ斬れるんだ」
自分の得意スキルや魔法を駆使しても良太郎を倒せないことにアレクシスは絶望感に苛まれる。
良太郎がゆっくりとアレクシスに近づいてくる。
アレクシスはヤケクソになり悲鳴を上げながら良太郎に斬りかかった。
「ぎょえええええ〜〜」
だが、その剣は振り斬る事は出来なかった。それよりも先に良太郎の剣がアレクシスの胴を水平に振り斬っていた。
しかしアレクシスの胴には傷一つついていない。
どうやら良太郎の剣はアレクシスの胴の少し手前を振りきっただけのようだった。
斬られた! そう感じたアレクシスだったがホッとした様子で後ろに飛び退いた。
「あははは! 良太郎! 確かにお前の剣は鋭く速い! だが、当たらなくてはどうという事はな……」
アレクシスはそう言いかけた瞬間、自分の体に纏っていた甲冑が「バーン」と大きな音を立てて崩れ落ちた。
自慢の甲冑が粉々になって地面に落ちているのを呆然として眺めているアレクシス。
「な…… どうして?」
「アレクシス、俺との実力差がわかったか? 俺はお前を殺そうと思えばいつでも殺せたんだ。だが、さっきも言ったがお前を殺す気は無い。もう、降参するんだ」
アレクシスは良太郎の話に反応せず、下を見て粉々になった自分の甲冑と眺めていた。そのまましばらく沈黙が続くと突然、狂ったように笑い出した。
「はははははははっはははは」
アレクシスは目を異常なまでに見開いて良太郎を睨みつける。
「降参だと…… ふざけるな! 私を誰だと思っている。アレクシス・ギャラガーだぞ! 残念だったなぁ、私にはまだ奥の手がある!」
アレクシスがポケットから薬瓶を一つ出す。良太郎はその薬瓶を見て眉をひそめる。
「やめておけアレクシス。それを飲んじまったらもう二度と人間には戻れねーぞ」
「ほほう、貴様、これが何か知っているのか? さすがだな。だが、クク、人間に戻れないだと? 上等だ! 私はもうすでに人間など見限っている! 魔王様に身も心も忠誠を誓ったのだ!」
アレクシスは良太郎の忠告を聞かず、薬瓶に入っている紫色の液体を飲み干した。そして自分の変化を感じようとジッとしていた。だが何も起きない。
おかしいとアレクシスが感じた瞬間、突然、心臓がドクンと大きな音をたてた。
良太郎は悲しい目でアレクシスを見て呟いた。
「馬鹿野郎、アレクシス…… キメラ化したらもう最後だ。魔族になっちまうぞ」
アレクシスの鼓動はどんどんと高鳴り、それと同時に細胞が膨れ上がる。そして色白だったアレクシスの肌はドス黒く変化していく。
そして額からは二本のツノが生え、口からは歯が抜け落ち、代わりにサメのような尖った歯が生えてきた。
眩しく光るようなブロンドの髪と神秘的で透き通るような碧眼の美しいアレクシスの容姿は完全に悪魔に変化してしまった。
「ガハハ、いいぞ!素晴らしい力が漲ってくる! これならお前を倒せるぞ! 朝井良太郎!お前を殺してやるぞ!」
悲しい顔で首を左右に降る良太郎。
「お前の覚悟はわかったアレクシス。いいだろう決着をつけるぞ」
良太郎はカッと目を見開き剣を構えた。
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