第9話 圧倒的実力差

「アレクシス!!貴様!ふざけるなよ!」


 怒りに駆られた久仁彦が向かってくるアレクシスに斬りかかった。


「遅いねぇ」


 アレクシスはその攻撃をめんどくさいといった表情で易々と避けると久仁彦の腹部に軽く蹴り入れた。見た目の軽さとは違い久仁彦は勢いよく後ろに吹っ飛ぶ。


 そして苦悶の表情でよろよろ立ち上がる久仁彦にアレクシスは手をかざし魔法の詠唱を始めた。


「まずい!」


 それを見た沙夜香もすぐに魔法の詠唱を始める。


「『烈火弾レイジングファイヤー』」 「『烈火弾レイジングファイヤー』」

 二人の魔法がほぼ同時に発動しアレクシスと沙夜香の火魔法がぶつかり合う。しかし沙夜香の火の玉は粉々に崩れ、アレクシスの火の玉が久仁彦に直撃した。

 同じ魔法でも"アース"の力に差があれば威力は異なる。沙夜香よりもアレクシスの"アース"の方が圧倒的に強かった。


 久仁彦は火だるまになり、またも後ろに吹っ飛んだ。


「澤地先輩!『風刻竜ウインドグレイヴ』」


 渉美が火だるまになった久仁彦に風魔法を放つと火が消し飛んだ。


「うう……」


 苦しそうなうめき声をあげる久仁彦。どうやらまだ息があるようだ。


「ほう、渉美、なかなかやるじゃない」


「『烈火弾レイジングファイヤー』」


 沙夜香が火魔法を放つ。

 

 しかし、アレクシスは余裕な表情で剣を抜きそのまま軽く振り下ろす。なんとそれだけで沙夜香の放った火の玉は真っ二つに割れてしまった。


「沙夜香、だいぶ威力のある魔法を放てるようになったわ。でも、相手が悪かったわね」


 沙夜香と渉美がアレクシスを睨みつける。


「まあ、二人とも私を睨みつけるなんて生意気ね」


 そう言いながらアレクシスは剣の切っ先を沙夜香と渉美のいる方へ向けた。


「剣技『牙竜双斬がりゅうそうざん』」


 アレクシスがスキルを発動すると剣の切っ先から青白いオーラが飛び出した。そしてそのオーラが2匹の竜に変わる。竜は沙夜香と渉美に噛み付いた。


「きゃあああ!」


 沙夜香と渉美が竜に噛まれた箇所から血を吹き出し後方へ吹っ飛んだ。二人はそのまま気を失ってしまった。


「フフフ、今のは王国騎士団の中で私しか使えないスキルよ。どう? 殺さないよう手加減して撃ったけどけっこう痛いでしょ? って、気を失ってんだから聞こえないか…… なんか面白くないわね」


 そしてアレクシスが薄気味悪い目で赤井と涼子を見る。


「さて次はお前らだな」


 赤井がアレクシスに斬りかかる。


「おりゃ!」


 アレクシスがその攻撃を鼻で笑う。それ見た赤井は激怒し力一杯に剣を振り下ろした。だが、赤井は剣を振り抜けなかった。

 

 その理由わけはアレクシスが赤井の剣を手で握りしめていたからだ。


 切れ味鋭い日本刀を素手で握って血の一滴も出てない事に赤井は驚きを隠せなかった。

 剣は握られたまま上げることも下げる事もできない。


 アレクシスの異常なまでの握力に赤井は力負けしていた。


「なになにぃ〜 赤井ちゃん、勇者なのに女の子と力比べで負けてるのぉ〜 なんか情けなくな〜い?」


 ふざけた口調で挑発しながらアレクシスは赤井の顔面に蹴りを入れた。


 赤井は口から血を吐き吹っ飛んだ。


「私はね物心ついた時から魔王様のお役に立てるように両親から地獄の鍛錬を積まされてきたんだよ。いくらお前が戦闘の才能のある勇者だからって一ヶ月かそこら鍛錬しただけじゃあ私とは大人と赤ん坊ほどの差があるのよ、わかった?このバカ」


 赤井はヨロヨロと立ち上がり再びアレクシスに斬りかかる。だが、その攻撃も簡単に避けれてしまう。


 そしてアレクシスが目にも止まらぬ速さで剣を水平にはらった。赤井は日本式の甲冑を装備しているが、その甲冑の胸の部分がバックリと切れた。

 割れた箇所から大量の血が噴き出した。


 赤井は大きなダメージを受け片膝をつく。そしてなかなか起き上がれずにいると人の気配を感じた。ふと上を見上げるとアレクシスが剣を振り下ろそうとしている。赤井は力を振り絞り咄嗟に後方へジャンプした。


 そしてなんとか気力で立ち上がり剣を構る。


(アレクシスの職業は魔法騎士か…… 剣の腕は明らかに向こうが上、なのに魔法も使ってくるとは…… 厄介だな。くそ! 早く奴を倒さないと久仁彦たちが危ない)


 赤井は挫けずアレクシスに向かっていく。だが、虚しいほど呆気なく攻撃がかわされる。


「さすが勇者、心が折れないねぇ」


 アレクシスは赤井の顎に蹴りを見舞う。赤井は上空に吹っ飛び、そして顔面から地面に落ちた。


 赤井は全身血だらけになりながらも何とか立ち上がる。


「ほらほら、どうした? 早く私を倒さないと仲間が死んじゃうよ。勇者は仲間がピンチになると実力以上の力を発揮し、仲間を助けられると聞いた事があるから試してみたらそんなもんかい? どうやら期待外れみたいね」


 満身創痍になりながらも赤井は鋭い目でアレクシスを睨んでいた。


「フフフ、お前に仲間を助けるなんて無理だ。そろそろ死ね!」


 剣先を赤井に向けるアレクシス。彼女は先どのスキルを発動しようとしていた。だが、涼子が赤井を庇うように前に立ち両手を広げアレクシスに立ちはだかった。


「やめて! アレクシス。あなたは人間でしょ? なぜ悪い魔族を味方をするの?」


 涼子のその問いにアレクシスは呆れ顔で答えた。


「あんたねぇ。魔族が悪者で人間が善人だなんて思ってるの?おめでたいわね。いい?魔族は確かに残虐非道で人を楽しんで殺したりするけど、それは人間も同じでしょ? それに魔族はお互いで争う事は滅多にないのに人間の方は違うわ。勇者が魔王を倒した後、どうなったか…… この世界の人間たちは魔王の脅威が去って平和に暮らしたというわけはなく今度は国同士で戦争を始めたのよ。その戦争は300年も続いた。その間、何百万人もの人間が死んだわ。確かに魔族は悪者だけど、だからと言って人間が善なんてこと決してない」


 涼子はアレクシスの言ってる事が正しいと感じつつも反論する。


「それは確かにあなたの言う通りかもしれない。だけど、勇者の預言書には私たちが魔王を倒すと書いてあるのよ、なぜ最後には負ける魔王に味方するの? 」


 涼子の言葉にアレクシスは腹を抱えて笑い出した。


「あはははは。あんた、あの預言書を信じてるの? あのね、あの預言書がなぜ王族しか見る事ができないかわかる? 確かにあれには魔王の復活と五人の救世主について書かれてるわ。でもね、あの預言書には五人が魔王を倒すとは一文字も書いてないのよ。魔王を倒すっていう部分は王族が勝手に付け加えたものなのよ」


「そ、そんな嘘!」


「ふふふ、これが本当なのよ。ギャラガー家が何百年、王国に使えてると思ってるの? 預言書を盗み見る機会なんていくらでもあったわよ。それに勇者の預言者なんて大層な言い方だけど実際は薄っぺらな一枚の紙なのよ。まあ、預言の正しさは魔王様の復活とあなたたちの存在で証明されたけど、だけどそれだけの事よ」


「さ、おしゃべりが過ぎたわね。そろそろ死になさい」


 アレクシスが剣先を涼子に向けた。


「やめろ!」


 赤井が叫びながらアレクシスに向かってく。そして最後の力を振り絞るかのようにスキルを発動した。


「剣技『雷炎』!!」


 アレクシスは赤井のスキルをモロに食らった。だが、全くダメージがないようでニヤニヤと笑いながら赤井を見ていた。


「赤井ぃ〜 私のこの甲冑はただの甲冑じゃないのよ、王国専属の鍛冶職人に作らせたスキル攻撃と物理攻撃を50%軽減させる効果が付与された特別な甲冑なのよ、それに加え私の強靭な防御力があれば、最初からお前の攻撃なんか避ける必要もなかったのよ。ただちょっと遊んであげただけ」


 アレクシスが魔法の詠唱を始めた。


「さあ! もう、遊びは終わりよ。私の得意魔法を喰らいなさい。『烈焔弾レイジングフレイム』」


 アレクシスが火魔法を発動した。その炎は先ほど放った『烈火弾レイジングファイヤー』の3倍はある大きな火の玉だった。


 赤井はその火の玉を剣で受けるが全く抵抗できず後方へ吹き飛ばされると涼子と激突した。赤井は苦しそうに頭を振りながら涼子に声をかけた。


「だ、大丈夫か、涼子」


 しかし、涼子からの返事はなかった。赤井は不思議に思い涼子を見ると彼女は腹部から血を流していた。

 どうやら赤井と激突した際、彼の剣が腹部を貫いてしまったようだ。


「りょ、涼子……」


 心配した赤井が声をかけたが涼子は気絶していた。その様子をアレクシスが嬉しそうに見ている。


「あらら〜 かわいそう、涼子ちゃん大丈夫?」


「うう…… き、貴様」


 苦しそうな表情の赤井だが必死に起き上がろうとする。しかしダメージが大きすぎて立ち上がる事ができない。


「す、すまない、涼子、みんな……」

 

 そう呟き赤井は気を失った。


 アレクシスはゆっくりと赤井のそばへ近づく。


「それにしてもさすが勇者か…… 私の上位火魔法をくらってまだ息があるとは…… まあそれもここまでだ。ちゃんとトドメをさしてあげますからね」


 アレクシスは剣先を赤井に向けスキルを発動しようとする。


「やっとこれで私の役目は終わります。きっと魔王様も喜びになるでしょう!」


 しかしその瞬間、この場に似つかわしくない呑気な声が聞こえてきた。














「や〜れやれ、アレクシス。まさかお前が魔族のスパイだったとはなぁ」












「誰だ!」


 驚き後ろを振り向くアレクシス。


「おいおい、俺のこと忘れたのか?」


 アレクシスがその声の主を見て驚愕した。


「お、お前は! ば、バカな。お前はあの崖から落ちて死んだはず! なぜここにいる!」


 先ほどまで冷静だったアレクシスだが今は焦りパニックになっている。


「そりゃ、仲間がピンチなんだから駆けつけるだろ、普通」


 声の主はあくまで呑気な口調だった。アレクシスは目の前の人物が生きている事と会話が成立していない事に苛立ち顔を左右に振りながら叫んだ


「ち、違う! 私はなぜ、死んだはずのお前がここにいるのかと聞いているんだ! 朝井…… 朝井 良太郎!」


 驚くことにアレクシスに向かって飄々と歩いてくる人物は確かに崖から落ち死んだはずの良太郎だった。

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