第15話 護衛の依頼

「店長! 配達終わりました」

 

 良太郎がユミの所まで来て報告した。ユミが満足そうな顔で頷く。


「ご苦労様、帰って早々悪いんだけど品出しをお願いね」


「はい!」


 良太郎は嫌な顔ひとつせず返事をすると仕事に取り掛かろうとくるりと背を向ける。


 だが涼子が良太郎を大きな声で呼び止めた。


「朝井くん!」


 呼び止められた良太郎は涼子の方を見る。すると呑気な口調で挨拶した。


「おう、涼子。久しぶり元気だったか?」


 まるで久しぶりにあった友達に挨拶するみたいな呑気な良太郎の口調に涼子は突然キレ始めた。


「はあ? あなた生きてたの?」


 良太郎は突然キレた涼子に戸惑いながら答えた。


「あ…… うん」


「なんで生きてるの!」


「あ、いや…… あの時、崖から落ちたんだけど偶然、崖に生えていた木に引っかかたんだ。それで必死に助けを呼んだら通りかかった冒険者に助けられたんだ」


「ほんとなのそれ?」


「う、うん……」


「わかったわ。でもね、朝井くん、あなた生きてるんだったらなんで私たちに会いに来ないの!」


 涼子の怒りは収まらない。


「いや〜、涼子達がどこにいるかわからなかったし、まあ、マリウスに居ればそのうちどこかで会えるだろうって思って……」


「ばか! 私たちは冒険者なんだからギルドにくれば会えるでしょ!」


「あ……ああ、そっか。そ、そこまで考えてなかったわ。まあ、とりあえず無事だったんだから良しとしてくれ」


 良太郎が笑いながら答えるといきなり「パン!」という大きな音が聞こえた。


「あた……」


 その大きな音は涼子が良太郎にビンタをした音だった。良太郎は自分の左頬を押さえている。

 

 そして涼子は黙ったまま道具屋を出て行っていくと良太郎はそれを呆然と見送った。

 

 赤井達は驚き突然出て行った涼子の後を急いで追う。道具屋を出ると涼子は憤慨しながら馬車置き場に向かって歩いていた。


「ちょっと、涼子待ってよ」


 沙夜香が涼子を呼び止めた。しかし涼子は聞こえてないのか構わず歩き続ける。沙夜香は思わず叫んだ。


「ちょっと!あんたいくらなんでも怒りすぎだよ! どうしたの?」


 その言葉にハッとして涼子は振り返る。どうやら沙夜香の声で我に返ったようでその顔はとても気まずそうな顔をしていた。


「ご、ごめん……」


涼子が沙夜香に謝った。


「いや、別に大丈夫だけど、突然どうしたの? あんな涼子初めて見たからびっくりした」


 顔を真っ赤にしている涼子。どうやら先ほどの自分の行動を思い出して恥ずかしくなったようだ。


「あ、いや、私…… 朝井くんが死んだとずっと思ってて、だから生きててくれたから本当に嬉しかったの、なのにあんな素っ気ない態度取られちゃったから、なんかよくわからないけどむかついちゃって。だってさ生きてるんだったら私たちに会いに来ても良かったのにって思わない? さっきのあの態度がなんか薄情っていうか、それで腹が立って…… みんなもそうでしょ?」


 涼子の言葉に沙夜香と渉美がなんとも言えない表情でお互いの顔を見合わせた。


「確かに言われてみればそうかもしれませんけど…… でも、私、ほとんどあの人の事知らないんですよね。正直、さっきまで朝井じゃなくて朝川だと思ってましたから。そんな人に生きているよーとか言われても…… まあ、良かったねぐらいで、別に腹は立たないですけど……」


 渉美の身もふたもない言い方に多少まずいと思ったのか沙夜香はフォローした。


「ま、まあ、涼子はあの人と仲が良かったんだからなんか一言あっても良かったよね。それにあの人も私たちと一緒にこの世界にきちゃった者同士なんだから、生きてるんだった会いにきて欲しかったよね。……うん」


 涼子はどうやら良太郎の事で他の仲間と温度差がある事に気づいたようで途端に慌て出した。


「あ、いや、特別そんな仲が良いってわけじゃないけどさ、あ、沙夜香の言う通り一緒にこの世界に来た者同士って思いが私にはあったのよ、う、うんそれだけ。だからなんなのかなぁって思ったの。ま、まあ、と、とにかく明日もギルドの仕事で忙しいから急いで宿屋に帰りましょう」


 今まで見た事ない涼子の怒りと慌てっぷりに赤井と久仁彦はどうしてよいかわからずただ黙って成り行きを見守っていた。だが涼子の「宿に帰ろう」という言葉を聞いてやっと休めると思ったのか久仁彦はパッと顔を輝かせた。


「ああ、俺は今日にほんとに疲れたよ。帰って休みてー」


 久仁彦のその言葉に沙夜香が同意した。


「そうね、もう帰りましょう。早くお風呂入りたいよ」


 赤井以外は皆、まだEランクの冒険者だが請け負う仕事はほとんどが一つ上のDランクの仕事だ。

 それを連日こなしているため沙夜香達の体は悲鳴を上げていた。1分でも早く帰って休みたいそれが本音だった。少し残酷だが、今の彼女らに良太郎の事を気にかけてる余裕はない。

 

 その気持ちからか沙夜香の言葉をきっかけにこの件は終わりという空気が流れた。


 全員が馬車に乗り込む。


 そしてしばらくすると先ほどの出来事などすっかりなかった事のように笑顔でおしゃべりしながら宿屋に向かった。


 しかし、その中で赤井だけは時折、複雑な表情で涼子を見ていたのだった。


-----次の日


「おめでとうございます。皆さんDランクに昇格です」


 エミーが涼子達の依頼を達成したのを確認した際、全員の指輪が緑に光ったので彼女達に昇格の報告をした。


「おお、やっとか……」


 久仁彦がホッとした顔で言うとエミーは慌てて首を左右に振った。


「いえいえ、やっとなんてとんでもない。二週間で昇格した赤井さんがすごすぎるだけで、冒険者になって一ヶ月以内でDランクに昇格するというのもすごい事なんですよ。マリウスにいる何万という冒険者の中で一ヶ月以内でDランクに昇格した者は存命の冒険者では7人しかいません。その7人はもちろん今は全員、Sランクの冒険者です。ですから皆さん、このまま冒険者を続けていれば確実にSランクまで昇格すると思います」



「へぇ、その7人はどんなやつだい?」


 興味を持ったのか久仁彦がエミーに聞いた。


「はい、有名なので聞いた名もあるかもしれませんが、カミル・アンダーソン。メサイア・ベックフォード。ニエヴェス・ディフェンタール。ミケーレ・チマローサ。ベルタ ・リオッテ。アメーリエ・リリエンクローン。石月千春いしづきちはるの計7名です」


「ほう、やっぱりカミル達かぁ」


 久仁彦が感心したように頷くとエミーが不思議そうに尋ねる。


「あれ? 澤地さんはカミルさんを知っているのですか?」


「あ、いや、ちょっとな……」


 まずいと思ったのか久仁彦は言葉を濁した。


 別にカミル達と顔見知りという事を隠す必要はないかもしれないが、カミルがアレクシスの件を王国に報告した際、彼女が魔族のスパイであることは王族から他言無用との勅命が出たと先日、カミルから聞いていた。そのため彼とは顔見知りなどうっかり言ってしまうと、そこから話が広がり余計な事を言ってしまうと思った久仁彦は咄嗟に言葉を濁した。そしてそれを誤魔化すため話題を変える。


「お、おい真司、明日の依頼を決めてもう宿屋に帰ろうぜ」

 

 赤井は軽く頷き掲示板に貼られている依頼を確認する。そしてしばらく吟味すると一枚の紙を取った。


「そうだな…… よし、次の依頼はこれにしよう」


 赤井はギルドの依頼書をエミーに手渡した。


「これですね。なるほど、護衛の依頼ですか。わかりました。私の方から依頼主には連絡しておきますので、明日の朝、ギルドに来てください、依頼主を紹介します」


「了解した。それじゃあみんな今日はもう帰って明日のために休むとしよう」


 赤井の言葉に皆が頷くとギルドを出て宿屋に向かった。

 そして宿屋に向かう途中、渉美が回復薬ポーションを入れている小型のバックを確認する。


「先輩達、回復薬ポーションの補充はどうします? 私のはまだあるので大丈夫ですけど。無ければまた、道具屋に寄っていきますか?」


道具屋という言葉に涼子はピクッと反応した。


「わ、私は大丈夫。まだあるわ」


 そう涼子が言うと久仁彦たちも自分たちのバックを確認して大丈夫だと返事をする。


「それじゃあ、今日は宿屋に直行ですね」


「ああ」


 皆が疲れた声で返事をすると宿屋に向かった。


---次の日


「皆さん、おはようございます」


 エミーが笑顔で涼子達に挨拶をする。


「エミーさん。おはようございます。今日の依頼は護衛でしたよね?」


 涼子も笑顔で挨拶を返し、そして依頼内容を確認するとエミーは元気に答えた。


「はい! そうです。詳しい内容は依頼主から直接聞いてください。もうそろそろ、その依頼主がくると思うのですが……」


 エミーが辺りを見回すと涼子達の後ろから突然、大きな声が聞こえた。


「お! 今日の俺の護衛をしてくれる冒険者はお前らかぁ」


 涼子達はその聞き覚えのある声に驚いて後ろを振り返った。


 なんと、その声の主は良太郎だった。

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