第16話 高い仲間へのハードル

「ここから西へ約15キロほどの距離にあるアイダ山という山の中腹に「蒼流の滝」という名の滝がある。その滝の周りには蒼草そうそうという珍しい薬草が生えているんだ。俺はその薬草を採取しに行きたいんだが、アイダ山には最近、魔物がよく出没するようになったらしい。それで今回の依頼は、その蒼草そうそうを採取してここに戻ってくる間、俺を護衛して欲しいだ」


 良太郎が依頼内容を説明すると赤井が頷く。


「了解した。ところでそのアイダ山に出没する魔物の種類はわかるか?」


「グリーンフライ、レッドフライ、野生ゴラン、ポイズンウルフが多く出没する……かな」


「沙夜香、今、朝井が言った魔物の情報はあるか?」


「う〜ん、レッドフライとポイズンウルフは毒持ちね。ただ、ポイズンウルフの攻撃の方が毒に感染しやすいらしいので注意ね。野生ゴランは動きは遅いようだけど力が強いので油断は出来ないわ。あと、グリーンフライはその中でも一番弱い魔物だし何度も戦った事あるから特に言う必要ないわよね」


(ほう、即座に魔物の情報を言えるとは…… よく勉強しているな)


 ギルドには魔物図鑑という魔物に関する情報がつまった分厚い本が販売している。おそらくそれを読んで勉強しているのだろう良太郎は心の中で沙夜香の知識に感心した。


「そうか、では早速、アイダ山に出発しよう。馬車は俺が運転する。行くぞ」


「ちょっと待って!」


 赤井が皆を促し馬車に乗り込もうとすると涼子が引き止めた。


「どうしたの?」


 沙夜香が聞くと涼子は良太郎の方に近づいた。


「この依頼なんだけど、朝川くんはここで待ってるのはダメなのかな? 薬草は私たちが取ってくればいいわけだし」


 どうやら遠回しに涼子は良太郎と一緒に行くのを拒んでいるようだ。キツイ目で良太郎を見ている。


「あ、いや……」


 良太郎が返答に困っていると代わりに赤井が涼子を嗜めるように答えた。


「涼子、それは無理だ。薬草を採取しているときに魔物に襲われる可能性がある。戦闘に集中しなければ今の俺たちのレベルでは魔物の攻撃に対処できない。それに例え薬草を採取できても帰り道で戦闘になったら万が一無くしてしまうかもしれん。戦闘に参加せず薬草をちゃんと管理する者が必要だ」


「……そう、わかったわ」


 赤井の説明に渋々納得した涼子は馬車置き場に向かう。


 そして全員が馬車に乗り込むとすぐに出発した。


 馬車の中では少し気まずい雰囲気が流れている。原因はもちろん涼子だ。彼女が醸し出す怒りの空気がこの雰囲気を作り出している。しばらく馬車の中では皆、何も言わないでジッとしていた。だが、その沈黙に耐えきれない久仁彦が良太郎に話しかけた。


「それにしても朝井がギルドに依頼するとはなぁ。その薬草は道具屋で売るやつなのか?」


「まあ、本当の依頼主はユミさんだけどな。俺はユミさんに頼まれてギルドに依頼しただけさ。ユミさんの話だと蒼草そうそうを加工して回復薬ポーションを作ると傷を完全に回復できる完治回復薬ハイリカバリーポーションというのが出来るらしい」


「おお、すげぇな。でも、今の俺たちでは高くて買えないだろうな」


「まあ、そこそこ貴重なアイテムだと思うが久仁彦達ならすぐ買えるようになるよ。街でもみんなの成長度は有名だぞ。冒険者になって一ヶ月もしないうちにDランクに昇格したんだろ? すごいじゃないか! すぐに懸賞金の高い依頼もこなせるようになるよ」


「なに! 俺たちが昇格したのは昨日だぞ…… もう知れ渡ってのか?」


「ああ」


「やばいな、やっぱり救世主ってのがバレてるんじゃあ、慎重に行動しようなんてできっこねーなぁ。う〜ん」


 何やら深刻そうな顔で考え込んでいる久仁彦。それを尻目に良太郎は自分のバッグをごそごそと弄りはじめた、良太郎のバッグからガチャガチャと瓶が軽くぶつかり合う音が聞こえる。


「そうだそうだ。ユミさんから渡してほしいって言われてた物があるんだ。忘れた」


そういいながら良太郎は自分のバッグから薬瓶を数本取り出した。


「それは回復薬ポーションか?」


久仁彦が聞くと良太郎はニカッと笑い自分の顔の近くで薬瓶を左右に振りながらドヤ顔で答えた。


毒回復薬デトックスポーションだ。一人2本づつ用意してある。ユミさんがアイダ山には毒を持つ魔物が多いから持ってけってさ。ほい、まず久仁彦」


「おお、悪いな、サンキュー!」


 良太郎は久仁彦に毒回復薬デトックスポーションを渡すと今度は女性陣に配り始めた。


「次に渉美、次に沙夜香、次に涼子だ…… 真司の分は後で俺が渡しとくよ」


 良太郎は満足気な顔で毒回復薬デトックスポーションを女性陣に配る。すると渉美が睨んでいるのに気づいた。良太郎は「ん?」といった感じの目で渉美を見ると、彼女は良太郎に注意した。


「あのすいません、朝……井さんでしたっけ? 気安く下の名で呼ばないでもらえます? 友達じゃないんですから」


 渉美は視線を逸らさずにずっと睨んでいる。その迫力に気圧された良太郎は口ごもりながら謝った。


「あ……あ、ああ。こりゃすまない」


 そして良太郎はチラッと沙夜香を見ると彼女も良太郎を睨んでいた。沙夜香は冷たい口調で言い放った。


「あの、私も下の名で呼ばないでください」


 そして涼子もこちらを睨んでいて渉美や沙夜香に同調した。


「私も右に同じで」


 良太郎は苦笑いしながら久仁彦に助けを求めた。


「ははは…… なんか女性陣は冷たいねぇ〜。同じ異世界に飛ばされた仲間同士なんだから固い事言わないでくれよなぁ〜 久仁彦ぉ」


「いや、俺の事も下の名で呼ばないでくれ」


 久仁彦の裏切りに良太郎は完全に孤立した。馬車の中はまたも沈黙に包まれた。

そして沈黙の道中、時折、渉美の「ウゼェ」とか「キモイ男」などと、ボソボソと小さいが、でも確実に聞こえる声が良太郎の耳に入ってきた。


(あちゃー ちょっと馴れ馴れしかったかぁ〜 こりゃ失敗したわぁ)


 良太郎が後悔と反省をしていると馬車が止まる。どうやらアイダ山の山麓に着いたらようだ。


「ここからは歩きだな。みんな気をつけろよ」


 赤井が全員に注意を促すと山道を歩き出した。しばらく木々の挟まれた山道を歩いていると広い場所に出た。と、突然、緑色した大きな蝿の魔物が現れた。


「みんな! グリーンフライだ。奥にレッドフライもいるぞ」


 赤井が剣を抜いて構えた。魔物はグリーンフライが5匹、レッドフライ2匹だった。


 グリーンフライは緑色した巨大な蝿のような姿をしているが手はクワガタのようなハサミ状になっている。レッドフライはそれを赤くした魔物だ。


 7匹ともふわふわと浮いてこちらの様子をうかがっていたが、1匹のグリーンフライが赤井に襲いかかる。


「おりゃ!」


 赤井はグリーンフライの攻撃を避けるわけでもなくそれよりも素早い動きで袈裟斬りを放った。


「グゲェェェ」


 悲鳴のような鳴声と共に赤井の足元にグリーンフライの手がぼとりと落ちた。たまらずグリーンフライは仲間の元に戻る。


「真司、大した敵じゃないな」


「ああ、だが久仁彦、油断するなよ。お前はグリーンフライを引きつけてくれ。赤いのは俺がやる」


「わかった」


「沙夜香と涼子は久仁彦のサポートだ。渉美は俺と一緒にレッドフライを始末するぞ。朝井! お前はそこの岩場に隠れててくれ」


「おう!」


 良太郎は返事をすると岩場に隠れた。


(どうやら、赤井がこの一行パーティのリーダーか、素早い指示だ。こりゃ期待できるな)


 赤井の指示でそれぞれが配置についた。


(まずはお手並みを拝見させてもらおうか)


 良太郎は岩場から彼ら一人一人の動きを注意深く観察していた。

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