初めてのパーティ

「もうっ、シャルッ! 落ち着いて狙いなさいっ! そんなに怖くないでしょっ!?」


「やだやだやだぁーっ! キモいキモいキモいーっ!」


 魔女の住む森「オーディロンの森」から帰って来た三日後。


 私達は一旦「ホーラウンド酒店」に寄って荷物を揃え直し、ネルサの街の東にある「ニシャナ山地」で確認されている「レベル4 ラビリンス」に足を踏み入れていました。

 目的は、アイネさんに確認してもらった魔法士用飲み薬「エストーリャ (命名 シャルルマンテ)」の効能を確認する為でした。

 先日「針ヤマネコの銀髭」を得る為に入った「レベル2 ラビリンス」よりも難易度の高いラビリンスへとやって来たのは、ここがネルサの街から一番近いラビリンスである事と、新たに仲間となったシャルが魔女であり、全体の攻撃力を考えればこのレベルでも問題ないと考えたからです。

 レベル4なら、もし万一が起こっても、私一人で何とか切り抜けられる筈ですし。


 でも……。


「シャルッ、落ち着いてっ! 怪物モンスターは気持ち悪いかもしれないけれど、近づかなければ攻撃を受けないし、君の魔法なら触る事も無いんだからっ、ねっ!?」


「やだっ、ダメッ、気持ち悪いっ! 見るだけで生理的に受け付けませんっ!」


 グリンが宥めても、シャルのパニックは収まりそうにありません。


 今、私達が相手をしているのは「ヤクトスライム」。

 粘液質で構成された体を持つ、ラビリンスを代表する様なモンスターです。

 大きさは様々ですが大体牛ほどの大きさがあり、動きは緩慢ですが溶解性の霧を吹き出したり、液体を吐きかけて攻撃してきます。

 物理攻撃に耐性が高く正攻法ではとても厄介な相手ですが、体の中に小さな核があり、それを傷つければ即座に倒す事が出来ます。

 ただその核はとても小さく高速で体内を移動する為、狙って攻撃する事も困難なんだけどね。


「キャアッ!」


 怪物を前にして愚図愚図している間隙をついて、ヤクトスライムがシャルへ粘液性の分泌物を吹き掛けました!


「「シャルッ!」」


 避ける事も出来なかったシャルは、その液体を胸元から太腿付近まで浴びてしまいました! 

 咄嗟の事で防ぐ事も出来ず、私とグリンは殆ど同時にそう叫んで安否を確認しました。


「だ……大丈夫ですわっ! この程度の攻撃など、わたくしのマントは通しませんっ!」


 でもその粘液が直接肌に触れた様子はなく、彼女にダメージは無いようです。

 ……でも問題はそれで終わりじゃないんです。


「シャルッ! 早くマントを脱いでっ! こいつの分泌物は溶解性で何でも融かしちゃうのよっ!」


「なっ……何ですってーっ!?」


 そう叫んで、シャルは即座にマントを脱ぎました。

 スライムの液体が付着している部分から、シュウシュウと音を立てて煙が沸き起こっています。

 そのままマントを羽織っていたなら、いずれは直接皮膚をも焼いていたでしょう。


「……もうっ!」


 私は「神懸り」を発動させて、ヤクトスライムの核を剣で斬りつけ壊しました。

 途端に怪物は体を維持しておけなくなり、まるで解ける様にその場から消え去ったのです。


「ちょっと、シャルッ! 怯えてばかりじゃちっとも検証なんて出来ないじゃないっ!」


 ここには確かに「エストーリャ」の効果を検証する為に来ました。

 でもそれと同時に、彼女の能力がどれ程の物か確認すると言う事も含まれてるんです。

 だけど当のシャルがこの調子じゃあ、何時まで経っても帰れそうにありません。


「……だって……地下迷宮ラビリンスに出る怪物モンスターがここまでキモグロなんて私、聞いていませんもの……」


 私の苦情に、グリンの背中へと隠れたシャルは唇を尖らせて抗議しました。

 まったく、彼女は私と口論になると、事ある毎にグリンの後ろへと隠れます。


「ま……まぁまぁ、メル。彼女も怪物と戦うのは初めてなんだし……」


 そしてグリンはシャルに、妙に甘いのよねー……。


「そ……そうですわっ! まだ慣れていないんですから、多少慌てるのは仕方のない事なのですっ! メルはイチイチ目くじらを立てて、本当に短気ですわねっ!」


 グリンと言う強力な味方を得て、シャルの腹立たしい物言いに拍車が掛かります。

 だけど、当初こそ腹が立っていた私ですがもう慣れたと言うか、その事に拘っていても不毛と言うか……気にしない様に心がけています。


「……ふぅー……それで、どうするの? あんたの魔法能力と「エストーリャ」の検証は諦めて、もう帰っちゃう?」


 彼女の魔法がどの程度かは分からないけれど、エストーリャの効能はだいたいの事をすでにアイネさんから聞いています。

 効果時間や使用者に掛かる負担なんかは不明だけど、それも改めてアイネさんに聞けば教えてくれるかもしれません。

 今ここで無理する必要もないのです。


「そ……それはなりませんっ! 検証は続けますっ!」


 私の言葉を聞いて、顔色を変えたシャルがそう主張しました。

 彼女にしてみれば、自分のせいでアイテムの検証や怪物の討伐が上手く行かなかったなんて、絶対アイネさんに知られたくない事なんでしょうね……。


「……そう……それは良いけど、その恰好でまだ続ける気なの?」


「……え……?」


 でも、シャルは肝心な事に気付いていませんでした。

 私がそう言っても、彼女はその意味がすぐに理解出来ていない様です。


「スライムが吐く溶解液は強力よ? いくらマントを羽織っていたからって、染み込んだ部分からその下の衣服くらいは溶かしちゃうんだから……」


 そう言って私はシャルの方へと指を向けました。正確には彼女の胸辺りを!


「……え……わっ……きゃーっ!」


 シャルは漸く気付いたのか、そう叫んで胸を手で隠し座り込みました。

 彼女のローブは、スライムの溶解液を浴びた部分でマントに接していた部分……つまり胸と腰の部分が溶けてなくなり、大きくはだけていたのでした。

 幸い肌には直接の影響もなかった様だけどね。


「……もう……ほら、グリン! あっち向いてて!」


 思いも依らぬ方向からセクシーパンチを食らったグリンは、フリーズしていました。

 そんな彼を無理矢理後ろに向かせて、私はリュックからタオルを出してシャルに手渡しました。


「ほら、これで胸を隠して。下は隠しようがないけど……それでもまだ続けるの?」


 胸は隠せても、はだけた下半身は隠しようがありません。

 下着は付けている様だけど、それでも男性であるグリンの前では恥ずかしいに違いありません。


「……うう……ひっく……」


 グリンに見られたのがよっぽどショックだったのか、俯いて涙目になっている彼女ですがその意志は固いのか頷いて答えました。


「……もう……しょうがないわね……じゃあもう少し下の階へ降りましょう。それならスライムは出てこないだろうし……」


 このラビリンスは全6階層。

 その内、スライムの出現が確認されているのは、「上層」と言われる地下一、二階です。

 地下三階以降は出てこないでしょうが、何かあった時にすぐラビリンスから脱出できないと言うデメリットもあります。


「……うん……わかった……それから……」


 私の提案に、未だ固まったままのグリンはギクシャクとした動きで頷き、シャルは涙声で了承しました。


「……なに?」


 でも、まだ何かシャルには言いたい事がありそうです。


「このタオル……小さい……。もうちょっと大きいの頂戴……」 

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