シャルルマンテ=ウェネーフィカ

 捕まえたのは、メッソの街で特産品として知られているこの森特有の山鳥。

 偶然だったけれどその鳥を捕まえた事で、グリンは「山鳥の木の実詰め香草蒸し焼き」を作りました。

 彼は昨晩、この時期の山鳥は旨味が落ちてる、なんて言ってたけど……。


 ―――すーっごく、美味しかったっ!


 山鳥のお腹に詰め込まれた木の実が、鶏肉の旨味を引き出し更に仄かな甘みまで纏わせています。

 蒸し焼きにした事でその旨味を木の実が吸って、お肉にも木の実にもそれぞれの味が染み渡り、何とも言えないハーモニーを奏でているのです! 

 それにいろどりを加えているのが香草の存在! 

 食欲をそそる風味と、後を引く美味しさを演出する隠し味になっているのです! 

 これで旨味が落ちているなんて、私には到底思えませんでした!

 野宿では考えられない程豪華で満足のいく食事を私達は堪能しました。


「はぁー……美味しかったー……」


「ははは、お粗末様。中々上手く出来よ」


「ふ……ふんっ。ほんっと、粗末な料理でしたけれど、ギリギリ合格点だったとだけ言っておきますわ」


 見るからに魔女と言う出立をした少女が木陰から出現したその45分後、私達はたき火を囲んでグリンの料理に舌鼓を打ち、今はこうして食後の一時を過ごしています。

 シャルルマンテはこんな言い方をしてるけど、さっきまでは一心不乱に食べ散らかしてたから、きっと今まで食べた事が無い位美味しかったんでしょうねー……実際私もそう感じたんだけれど。





 ―――45分前……。


「……魔女っ!? あんたがこの森に棲む、伝説の魔女だって言うのっ!?」


 私はグリンと顔を見合わせて、目の前にいる魔女「シャルルマンテ=ウェネーフィカ」と名乗った少女に再度そう問いかけました。


「あなた、耳を不自由にしているのかしら!? 先程わたくしは間違いなくそう名乗った筈です! それが理解出来ない様なら、もはや話す事など何もありません! 今回は何もせずに見逃して差し上げますので、今すぐこの場所から立ち去ると良いでしょう!」


 グリンの優しい声音で精神的に回復したのか、シャルルマンテは殊更高慢な物言いでそう答えました。


「……ねぇ、あなた……その話し方……ちょーっと止めてもらえないかなー……? すーっごく癪に障るのよねー……」


 彼女に矢を向けて弦を引き絞りながら、私もなるべくで彼女へと注意の言葉を送ってあげました。


「……ひっ!」


 鋭いやじりを向けられて、シャルルマンテは小さく悲鳴を上げて半歩後退りました。

 でもここで、私は一つ疑問が浮かび上がったのです。

 先程から自分は魔女だと言い放っているシャルルマンテですが、一向に魔法を使う素振りがありません。

 魔法をこの目で見た事は今まで一度も無いんだけど、それでも弓矢よりは強力ではないかと想像していました。

 もしそうなら、こんな弓矢は彼女にとって何の脅しにもならない筈です。


「……まぁまぁ、メル。彼女も随分と怯えてるし、こんなんじゃ会話も碌に出来ないよ。食事を摂りながら話をしよう。……えーっと……君……シャルルマンテさんだっけ? 君も良ければ一緒に食べないかい?」


 私の肩に手を置いて、グリンはそう言って仲裁に入ってきました。

 もっとも、私も本気で怒っていた訳では無く、ただ単に彼女の立場を弁えない物言いに少しイラついただけ。

 すぐに弓矢を下ろして敵意が無い事を示してあげました。


「……えっ!? 良いのですかっ!? ……じゃなくって……そこまで言うのならば仕方ありませんね。今回は私と共に食す事を許して差し上げます」


 ……うん、何だか分からないけど、多分あれは演じている結果なのね。


 何故彼女が高慢で偉そうな物言いをするのか知らないけれど、普通にしていれば恐らく良い娘なんじゃないかな? 

 それに魔女だと言っていたけれど今の段階で魔法を使う事は無い様だし、とりあえず食事を摂る間は問題なさそうだと私も思いました。

 グリンはやっぱり苦笑して彼女を焚火の傍まで案内し、私達はグリンが作った美味しい料理を堪能しました。





 ―――そして現在。


 グリンが文句を言わない事を良い事に、シャルルマンテは相変わらず高飛車な言葉を発しながらも、食後の団欒に参加していました。


 それにしても、焚火の元で見る彼女は……油断出来ないわね……。


 私達の前へと姿を現した時と違い彼女は今、漆黒のマントと三角帽子を取って倒木に腰を掛けています。

 私から見ても愛らしいと思える顔立ちに、青く綺麗な長い髪が緩くウェーブしながら腰まで届いています。

 着ている服はマントと同じ色のローブ……かしら? 

 見た事も無い艶を放つローブは、体の前側が大きくはだけて彼女の豊満な胸が今にも零れ落ちそう。

 あの大きさ……私よりも大きいわね……。

 地面に付く程長いローブだけど、腰まで届きそうなスリットが入っていて彼女の太腿も露わになっていました。

 シャルルマンテは気付いてないけど、さっきからグリンが目のやり場に困ってソワソワしてるし……。


「……ねぇ、そろそろあんたの事、色々と聞きたいんだけど?」


 それは兎も角、見ず知らずの魔女少女を食事に招待しただけで、そのままさよならするなんて考え、私には毛頭ありませんでした。


「……な……何かしら……?」


 心持ち私から離れて (つまりグリンに近づいて)、彼女はやや怯えながらそう言いました。

 確かに弓矢で脅したのは私だし、それで怯えるのも分からなくはないけど、だからってちょっと露骨な対応じゃない? 

 どうにもシャルルマンテにとって私は警戒すべき敵……とまではいかなくとも、相容れない仲と言った所みたいね。

 そしてグリンは、私に襲われない為の魔除けみたいな存在なのかしら?


「あんた……本当に魔女なのよね……?」


 未だにこの部分を確認していないと言うのは何とも間抜けな話だけど、折角グリンの作ってくれた料理を頂いてる時に、流石の私も無粋な真似はする気になれなかったんだからしょうがないわ。


「そ……そうですわっ! わ……私こそはこの森に住まう伝説の魔女なのですからっ! さっきもそう言ったでしょうっ!? ほ……本当なんですからねっ!」


 どうにもこの言い方が疑わしいわ……。

 何か必死に虚勢を張ってる様にしか私には視えないんだけど……。

 そう考えた私は、グリンに視線を送って審議の判断を任せました。

 私がこのまま問い詰めたって、きっとこの娘は同じ答えしか返さないに違いないからです。


「……それじゃあ、シャルルマンテさん。貴女はこの場所まで何をしに来たんですか? まさか本当に、僕達を追い返しに来たって訳じゃないでしょう?」


 シャルルマンテが私達の前に姿を現した時、彼女は確かにこの森から出て行くように言ったわ。

 でもどう考えても、あのセリフはあの場で咄嗟に出たとしか思えませんでした。

 もしそうなら、彼女には何か別の目的がある筈なのです。

 それを肯定する様にシャルルマンテは小さく、でも間違いなくハッキリと頷いたのでした。

 まったく、私の時はこんなにしおらしくないって言うのに、グリンの前だとこうなんだから……。


「……それじゃあ偶然? それにしてはこの場所で伝説の魔女と顔を合わせるって言うのは出来過ぎだよね? 本来なら有り得ない筈だよ?」


 もしも偶然……たまたまシャルルマンテが森の中を彷徨っていた時に私達の事を気付いたとしても、自分の存在を気付かれる様な距離まで近づいて来る訳がありません。

 それ程警戒心も薄く秘匿が重要じゃない存在なら、もうとっくにバレていてもおかしくない筈だもの。

 “この森”の“この場所”で野宿をする狩人は、この数百年に一体何人何十人何百人いた事かしら。

 その人達に全く気付かれないなんて、それこそ有り得ない話だわ。


 何も答えずにずっと俯いていたシャルルマンテは、顔を上げる事も無くスッと右手を持ち上げて、グリンの脇に置いてある荷物袋を指差しました。


「……その袋の中……」


 そして彼女は、小さくゆっくりと話し出しました。

 垂れ落ちている前髪でその表情は分からないけど、その言葉は怯えている様であり、照れている様でもありました。


「……あなた達が森に入った時から、その中に入っている物から強い“力”を感じるって……。あなた達に近づいて、私もその“力”を感じる事が出来たのです……。だから……」


「……だから僕達を遠巻きに観察していたんだね?」


 シャルルマンテの話を引き継いだグリンの言葉に、彼女は小さく頷きました。

 彼の袋に入っている“力”を感じる物と言えば……あの黒い飲み物以外考えつかないわね……。

 それを私達が森に踏み入った時から察知していたなんて、流石はこの森に棲む魔女と言った所かしら? 

 でも、それだけで彼女が「本物の魔女」だと断定する事は出来ません。


「ところでシャルマ……シャルルマンテ、あんた……」


 頭の中ではつまづく事も無く言える彼女の名前も、口に出して言うとなると早口言葉みたいで言い難いわね。


「……シャル……」


「……え……?」


 そんな私を察したのか、彼女が私の話を遮って何事かを呟きました。


「シャルで良いですわ。そう呼ばれていますし、その方があなたも言い易いでしょう?」

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