真性ボッチ魔女「シャル」

 彼女は自ら、愛称なんでしょう「シャル」と呼ぶ事を提案してきました。

 確かにその方が私としても呼びやすくて助かるわね。


「そう。そう言えばまだ私の名前を言ってなかったね。私はメリファー=チェキス、メルって呼んでいいわよ。で、そっちのはグリンよ」


「そっちは酷いな……。僕はグリエルド=ホーラウンド。彼女の言う通りグリンで良いよ。宜しくね、シャル」


 私のぞんざいな紹介に苦笑を浮かべたグリンは、改めてシャルに自己紹介しました。


「……メル……とグリン……」


 小さく繰り返したシャルは、どこか嬉しそうな表情を浮かべました。

 何が嬉しいのか分からないけれど、友好的となるかどうかは、彼女の素性が明らかにならないと分からないのに変わりないんだけどね。


「それでシャル。あんた、魔女だって言う割には魔法を使う素振りも見せないわね? あんた、本当に魔女なの?」


 私の言葉で、シャルはその顔にキツさと悲しさがない交ぜとなった表情を浮かび上がらせました。

 さっき私が弓矢で脅した時、彼女は怯えはしたものの、反撃をしようとする素振りさえ見せませんでした。


 私の知る「魔法」と言う物は、離れた相手にも効果のあるあらゆる属性を帯びた攻撃の出来る技能……なのです。

 炎を出したり水を湧きあがらせたり、それこそ突風で吹き飛ばすなんて事も出来ると思っていました。

 万一、発動させるのに時間が掛かるとしても、さっきのやり取りにその時間がなかったとは考えられないわ。

 つまり私の考えでは、彼女は魔法を使えない「魔女もどき」って事なんだけど……。


「い……今はちょ……調子が悪いだけなのです! わ……わたくしが魔法を使ったら、あなた方などチョチョイのチョイでイチコロなんですからね!」


 そう言うシャルですが、私から見ても虚勢を張っている様にしか見えませんでした。

 そこから感じ取れる答えは、彼女は本当に魔女だけど、今は何故だか魔法が使えないかもしくは……彼女は自分が魔女だと思い込んでいるだけか……。


「……じゃあ、僕からも良いかい?」


 私が考えに耽っていると、今度はグリンがシャルに話し掛け、彼女は小さく頷きました。

 私には相変わらず高圧的な言い方をする彼女も、グリンが話しかけると素直になるのよねー……まったく。


「シャル、君以外にこの森には『魔女』が居るのかい?」


 グリンの質問を聞いて、私は少なくない驚きを覚えました。

 私は先入観で、この森に棲む「伝説の魔女」は一人と思っていたけど、もしも仲間や家族がいたとすれば……今この時も監視されているかもしれない! 

 私は慌てて周囲を見回しました。

 でも私には、人の気配なんて感じられませんでした。

 もっとも、魔女が魔法で気配を消していたら、どんなに頑張ってもその存在を知る事なんて出来ないんでしょうけれど。


「この薬の存在に気付いたのも、君とは別の魔女なんだね?」


 続けて問いかけるグリンに、シャルは小さく頷きました。

 やっぱり他にも仲間がいるって事なのね!


「じゃ……じゃあ、今も彼女の仲間に監視されているって事っ!?」


 私はシャルの返答を見て、俄かに緊張感が高まるのを感じました。

 もしかすれば今、私の後ろから魔法で襲われるかも知れないと考えれば仕方ない事です。


「恐らく……だけど、監視されていてもこの場には居ないよ。……ね、シャル?」


 慌てふためく私に、グリンは優しくそう言いました。

 でも、何でそんな事が分かるんだろう? 

 そんな考えが表情に出ていたのか、彼は笑いを堪えながら話を続けました。


「落ち着いて、メル。きっともう一人の魔女さんは、信じられない位知覚能力が高いんじゃないかな? だってシャルの話だと、僕達がこの森に入った時から感知されていたみたいなんだから。そうだよね、シャル?」


 最後に話を振られたシャルは、目を丸くしてグリンを見ていました。

 私も、何故グリンがそんなに他の魔女の存在を肯定出来るのか疑問でした。


「シャルの話には『強い力を感じるって誰かが言っていた』『他の誰かからシャルと呼ばれている』って言葉が含まれていたからね。彼女以外にも魔女が居るのかと思ったのさ」


 普段から物静かでノホホンとしてるって思ってたけど、それは言い換えれば冷静沈着で思慮深いって事なのかしら? 

 サラッと聞いただけだと聞き逃してしまいそうな言葉も、グリンはしっかりと捉えて本質を見極めていました。


「……え……ええ……。あな……グリンの言う通り、私の他に母様ははさまがこの森にはいるのよ。母様はわたくしなんかより、とーっても凄い魔女なんですからね!」


 まるで自分の事を誇る様にシャルはそう言ったけど、少なくとも今の彼女とは違う「本物の」魔女がいると聞いて、私は何か得体の知れない者の手中に運命を握られている様な錯覚を覚えました。

 一体魔女って、どれ程の事が出来るんだろう……? 

 ひょっとして、遠く離れた、姿も見えない場所に居る相手の命を奪う事が出来るのかしら……? 

 そう考えたら気が気じゃありませんでした。


「そうなんだ……。それで、そのお母さんは僕が持ってる飲み物に興味があるって事だよね? お母さんはこれがどういった物か分かってるの?」


 グリンの言葉に、シャルは小さく首を振って否定しました。


「……いいえ……直に見て、触れてみないと分からないって……。だから『家』にまで案内する様にと母様が……」


「ええっ!? あんた、私達を迎えに来たって事なの!? それにしては隠れてたし、あんた、私達にここから去れとか言ってたわよねっ!?」


 余りにも衝撃的な事実に、私は思わず大きな声で捲くし立ててしまいました。

 その声を聴いたシャルはまたも体をビクッと震えさせました。まったく、何処まで私の事怖がってるのよ……。


「だ……だってっ! わたくし、同じ年頃の方々と話した事ありませんものっ! どうやって声を掛ければいいか分からなかったし、いきなり弓矢をけしかけられるしで私……私……」


「……う……それは……」


 シャルはそれだけ言うと、目に涙をためて俯いてしまいました。

 これじゃあなんだか私がイジメたみたいじゃない!? 

 それに、こんな森の中で暗闇から何かの気配を感じれば、とりあえず臨戦態勢を取るのは常識よね!?


「……シャルは友達とか……いないんだね……?」


 言葉を失った私に変わって、グリンが彼女にそう問いかけました。

 その優しい声音に、彼女は小さく頷いて答えました。


「それじゃあシャルは、この森にお母さんと二人で暮らしているのかい?」


 その問いにも彼女は首肯します。

 お伽噺通りだとするならば、何百年もこんな森で誰とも接触する事無く母親と二人暮らしなら、他者とのコミュニケーションが苦手だったとしても仕方のない事かも知れないわね……。

 つまり彼女は真性ボッチの魔女って事ね……。


「……そっかー……それじゃあ仕方なかったわねー……寂しかったんだ……」


 なんだか私も彼女に同情して、俯いているその頭を撫でようと手を伸ばしました。

 フワッフワに見える彼女の髪の毛に触れようとしたその時!


「いたっ!」


「気安く触れないでっ! わ……わたくしは別に寂しくもなければ友達もいりませんっ! そもそも下等な只の人間であるあなた達と、高等な私とが友達となれる筈も無いでしょうっ!」


 彼女は私の手を叩き払うと、顔を上げて私に捲くし立てました。


 ムッカーッ! 少しでも同情した私がバカでした。あー、バカでしたとも!

 彼女はボッチのくせに、高慢でプライドの高い魔女らしい人物だと言う事ね!


「ま……まぁまぁ。それで、君のお母さんが僕達と会いたいって言ってるんだね? じゃあ、案内してくれるのかい?」


 シャルはグリンの言葉には素直で、やっぱり小さく俯いて頷きました。

 何? 何なの、この差は!?


「今から結界を通って『魔女の隠れ家』に案内して差し上げます。あなた達、ちゃんとついて来ないと、次元の狭間で迷子になりますからね?」


 そう言ってシャルは立ち上がると、彼女が現れた方へと歩き出しました。

 グリンと目配せをして確認した私達は、早急にその場を片して彼女の後を追い掛けました。

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