魔女の住処へ

 木々の隙間から射し込む僅かな月灯りだけを頼りに、それでも彼女、シャルルマンテ=ウェネーフィカは、迷いのない足取りで森を奥へ奥へと進んで行きます。

 彼女は「次元の狭間」と言う物を利用した結界を抜けるって言ってたけど……そんな所は何時まで経っても見当たりません。


「……ね……ねぇ、シャル……? 結界……だっけ? それってどこにあるの?」


 暗い森を歩き続ければ、例えグリンやシャルがそこに居ても何だか心細くなってきます。

 そんな気持ちを打ち消す様に、私は前を行く彼女に話し掛けました。


「……? 何を言ってるのですか? 今、わたくし達が歩いている場所こそが『次元の狭間』なのですよ? もうすぐここを抜けて、私の家に到着します」


 彼女は事も無げにそう言いました。

 でもその言葉を聞いて私も、そして後ろを歩いていたグリンも驚きの表情を浮かべました。

 だってそんな周囲との違いなんて、全く感じられなかったんですから!


「……ほら……もう抜けたわ」


 彼女が、杖を持つ右手を掲げて前方を指し示しました。

 私達もそちらへと目を遣ると、木々がアーチ状を形作っている先は、森ではない場所へと繋がっている様です。

 シャルを先頭にアーチを潜った先は、森の中に出来た広場の様な空間になっていました。

 中央には太くて立派な樹が夜空へ向かって伸びていて、タップリと蓄えた葉を大きく広げた枝から茂らしています。


「あれが私達の住む『魔女の隠れ家』ですわ」


 大きく立派な樹を見上げていた私とグリンに、シャルはその樹を指差してそう言いました。

 でも、彼女が指し示す方向には巨樹しか見えません。


「……待って……メル、あれ……よく見て……」


 疑問符を浮かべていた私の隣に並んで、グリンは巨樹を指差しそう言いました。

 言われるままに巨樹を良く見ると、樹の幹に小さな光が幾つも灯っていました。


「……あれ……虫……? じゃなくて、灯りかな……?」


 まるで蛍が出す光の様に淡い灯火が、幾つも樹の幹から発せられているのが確認出来ました。


「……行きますわよ」


 足を止めて見入っていた私達に、シャルはそれだけを言うと樹に向かって歩き出しました。

 巨樹へと近づくにつれて、さっき見えた灯りの正体がハッキリしてきます。

 宵闇の中では分かり辛かったんだけど、この巨樹の中には住居が作られている様で、さっき遠くから見えた灯火は樹に造られた窓から漏れる光だったんです。

 太い幹をグルリと半周した先には、明らかに玄関と思われる扉が出現しました。

 シャルは何の迷いもなくそこへと向かいます。


「母様ー。ただいま戻りましたー」


 私達を引き連れて、彼女は無造作にその扉を開けます。


 ―――次の瞬間っ!


 中から黒い巨体が飛び出てきましたっ! 

 その大きさは「レベル2 ラビリンス」で遭遇した希少種レア針ヤマネコと同じ位っ! 

 猫科の怪物に相応しい動きで、私とグリンに対峙しますっ!


「グルルルル……」


 喉を鳴らすその姿は、正しく黒く巨大な猫っ! 

 でもその瞳も牙も、爪も黒い毛皮に覆われた筋肉さえ、私達が知っている猫とは大違いですっ!

 まさかこんなトラップをシャルが仕掛けていたなんて、完全に油断していたわっ! 

 余りにも咄嗟の事だったので、私もグリンでさえ戦闘準備なんか出来ませんでした!


 ―――このままじゃ……やられるっ!


 刹那の瞬間、私はあらゆるケースを考えましたが、どう考えても私とグリンが助かる方法なんて見つかりませんでした。

 こうなったらグリンだけでも助けないと!


「こーら、ガウ。はしゃがないの」


 そう考えた瞬間、シャルの緊張感が全く感じられない言葉を耳にしました。

 それと同時に黒い獣は此方への構えを解いて、ユックリと彼女へ近づき頭を擦り寄せていました。


「もう、ガウ! じゃれつかないでよ」


 シャルはそう言いながらも、嬉しそうにその獣の頭を撫でています。

 私達は、瞬時に気を抜かれて呆けてしまいました。


「……ん? 何ですの?」


 呆然としてシャルと獣の遊戯を見つめる私達の視線に気づいたのか、彼女が少し頬を赤らめてそう言いました。


「……ど……どうしたのって……その怪物……」


 私はそう言うだけで精一杯でした。

 グリンも今は言葉を発する事が出来ない様で、呆けた顔で事の成り行きを見守っています。


「怪物って失礼ですわねっ! この子は『ガウ』っ! 私達の家族同然なのですからねっ!」


 でも私の言葉が酷く気に入らなかったのか、シャルは不機嫌を隠そうともしないでそう反論してきました。

 あの怪物が……家族……? 

 つまりはペットって事かしら……? 

 少なくとも、彼女と一緒にいる限り害はないって事で大丈夫なのかしら?

 私はユックリとグリンに視線を向け、彼もそう考えていたのかユックリと頷きました。


「さぁ、入って来て。母様は上であなた達をお待ちになってるわ」


 シャルは黒い巨猫ガウを引き連れて、ズンズンと樹の中へ入って行きました。

 それを見た私達も、彼女に置いて行かれない様慌てて樹の中へと入って行ったのです。


 外側から見た限りではただの巨大な樹だったけど、中は正しく人の住む空間が形成されていました。

 でもそれは、樹をくり貫いて無理矢理改造したというのではなく、樹の構造を上手く利用して、手を加えるのは最小限に抑えていました。

 螺旋階段の様になっている幹の部分を暫く上って行くと、割と大きな部屋の様な空間に辿り着きました。

 まるで広間を思わせる造りの部屋には、中央に大きな楕円形のテーブルが置かれていて、その周囲には椅子が置かれています。

 そして最奥の椅子には、既に誰かが座っていました。


「ようこそ、良くいらっしゃいました」


 そこに腰かけていた人物が、美麗なウットリする声音でそう挨拶して来ました。

 その声を聞けば、その人物が美しい女性である事に疑いを持つ事もありません。

 事実そう告げた後に椅子から立ち上がり、こちらへと歩を進めてきたのはとっても綺麗な女性だったのです。

 長く真っ直ぐに伸びた髪は今までに見た事も無い程綺麗で、光の明暗で蒼くも銀色にも見えます。

 柔らかな笑みを浮かべた切れ長の瞳は金色に輝いていて、まるで吸い込まれてしまいそう……。

 すっと通った鼻筋、小さく微笑んでいる唇。

 しなやかな体のラインや細く長い手足は、同じ女性の私から見ても息を呑むほどです。

 そして何よりもその露出度の高い衣装! 

 大きく開いた胸元に、惜しみなく露出している太腿。

 シャルの言葉が本当なら、この女性はシャルの「母親」と言う事なのに、どう見ても二十代半ばにしか見えません!


「わざわざご足労頂いて感謝しますね。私はアイネ=ウェネーフィカ。シャルルマンテの母です」


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