本当に本物の「魔女」

 柔らかい笑みを浮かべて会釈する彼女に、私とグリンは更に緊張してしまいました。

 言葉も出ない私達を横目に、アイネさんはシャルに話し掛けます。


「……ところでシャル? 随分とユックリだったけど、まさか寄り道してたんじゃないでしょうね?」


 その言葉に、シャルはギクリと体を震わせました。

 どうやらシャルにとってアイネさんは「怖い存在」な様です。

 もっとも、母親と言うのは子供にとってそう言う存在なんだけどね。


「あ……その……この方達にお食事をご馳走になりました……」


 私達の前とは打って変わって、シャルは借りてきた猫の様に小さくなってそう答えました。


「……ええ、確りと……本当にこの娘は……いつまでも食い気が治らないんですから……」


 すり寄ってきた黒い怪物「ガウ」の喉元を撫でながら、アイネさんは小さく溜息を吐いてそう言いました。


「ちょっ……母様!? 私ももう立派なレディなのですからっ! いつまでも子ども扱いでは困ります!」


 アイネさんの言葉に、シャルは顔を真っ赤にして反論しました。

 アイネさんは頬に手を当て「あらあらまぁまぁ」と柔和な笑みを浮かべています。

 そんな母娘なら当たり前の光景を目にして、私達の緊張も随分と解けてきました。


「……あの……いくつか質問してもいいでしょうか?」


 漸くこちらから質問する事が出来る状態になり、まずはグリンが口火を切りました。

 シャルに取り合っていたアイネさんが、ユックリとグリンへ向き直ります。


「あらあらまぁまぁ、お客様を放っておいて申し訳ありません。わたくしに答えられる事なら何なりとどうぞ、グリエルド=ホーラウンドさん」


 彼女の発した言葉にグリンも、そして私も再び動きを止めてしまいました。

 私達はまだ自己紹介も済ませていないのに、そしてシャルも私達の事を紹介していないにも拘らず、アイネさんはごく当たり前の様に彼の名前を口にしたのです!


「あらあらまぁまぁ……そんなに驚かないで、メリファー=チェキスさん? 私があなた方の名前を存じていても、一向に不思議な事など無いのですよ? 何と言っても私はこの森に棲む『魔女』なんですからね?」


 アイネさんは「フフフ……」と笑みを零しながら、今度は私の名前を言い当てました。

 どうやったのか全く分からないけど、彼女には私達の事がみたいです。


「そ……それじゃあ、アイネさん達はやっぱりこの森で数百年生きて来た魔女なんですか?」


 驚きを克服したグリンが、何とか質問を再開しました。

 でも、私が見る限りアイネさんも、勿論シャルも、到底よわい数百歳の魔女だなんて思えませんでした。


「ウフフ……私はもう何百年もこの地で暮らして来たけれど、シャルは私が引き取ってまだ16年しか暮らしていないわね」


 アイネさんの話には、またまた驚くべき事実が含まれていました! 

 彼女は間違いなく数百歳の魔女だと言う事! 

 そしてシャルはアイネさんの本当の子供じゃないって事! 

 少なくとも私達と同年代の少女って事だったのです。


「……16年前に、この森の入り口で泣いていた赤ちゃんを私が引き取って育てたのがシャルよ……。この娘は生まれたばかりなのに、この森の入り口に捨てられていたの……」


 明かされたシャルの身の上に、私達は言葉を失いました。

 彼女が本当の身寄りもない、天涯孤独だったなんて思いも依らなかったからです。


「……何? 何をしんみりとしているのかしら? 顔も知らない『本当の親』なんて今はどうでも良い事ですわ。 私の親は母様ただ一人。私はそれで十分幸せなのですから、あなた達に同情される云われ等ありません」


 でもシャルは怒るでも悲しむでも無く、ごく普通にそう言ってのけました。

 確かに記憶にもない親の事を持ち出されても、彼女にしてみれば良い迷惑かもしれないわね。


「ではこの森に棲んでいる魔女と言うのは……貴女方だけなんですか?」


 グリンも、これ以上シャルの話を持ち出す様な事はせず質問を続けました。


「そうですね……。付け加えるなら、この森に棲んでいる『魔女』と言うのは、初めから今まで私一人です。他の魔女が住み着いていた事はありませんね」


 数百年この森で一人……それはどういった気持ちとなるのか、想像もつかない事でした。


「ふふふ……メリファ―さん、私は望んでこの森に居を構えて暮らして来たのです。あなた方の言う“孤独”と言う概念は当て嵌まりませんが……そうですね。この娘がここへと来た16年間はとても楽しい時間でしたね」


 そう言ってアイネさんはシャルの頭を優しく撫で、シャルはそれを気持ちよさそうに受け入れていました。

 シャルの本当の親が今何処でどうしているのかは分からないけど、彼女達にはそんな事、どうでも良い事なんでしょうね。

 どう見ても彼女達は実の親子なんだから。

 ……母親が少し若すぎる様な気もするけど。


「……それよりも本題に入りましょうか。グリエルドさんは、私に見せたい物があるのでしょう?」


 今度は、アイネさんがグリンに質問を投げ掛けてきました。

 伝説とまで謳われた魔女について、知りたいことは山程あるけど、確かにここへと来た理由は他にあります。

 例の飲み物の効果が判るなら教えて欲しい。

 私達はその目的でここへと来たんだから。


「僕の事はグリンと呼んでください。それで貴女に見て貰いたい物はこれなんですが……」


 グリンはそう言って、持っていた袋の中から例の小瓶……あの黒い液体の入ったガラス瓶を取り出しました。

 その途端、アイネさんとシャルの表情が少し鋭くなります。

 それは間違いなくあの瓶から何かを感じ取ったと言った表情です。


「……少し……手に取って拝見させていただきますね……」


 そう断ってグリンからガラス瓶を受け取ったアイネさんは、そのまま目を瞑って何かに集中しだしました。

 断言出来ないけれど、私にはそれが液体の成分を探っている様に感じられました。


「……なる程……これがあなた方の持つ能力ちから“トレンド”によって作り出された物ですか……。何とも恐ろしい能力ですね……」


 ユックリと目を開いたアイネさんは、さっきまでの柔らかい表情に戻ってそう言いました。

 その話しぶりから、彼女にはあの飲み物にどういった効力があるのか分かったようです。


「……この飲み薬には、魔法を使う者に一時的な力を与える効力があります。具体的には攻撃魔法を収束させて威力を上げたり、回復魔法の効果を飛躍的に高めたりするものですね」


 恐らくアイネさんは、随分と噛み砕いて説明してくれたんだろうけど、実際に魔法を目にした事のない私達には、今一つピンとくる話ではありませんでした。


「あらあらまぁまぁ、困りましたわねぇ……今一つ想像がつきませんか? 本当は実践するのが一番良いのですが、まさかこの場で実演する訳にもいきませんから……」


 アイネさんは悩ましい表情を浮かべて、人差し指を唇に当てて考え込んでしまいました。

 確かに今は誰も傷ついていないし、ここで炎や稲妻を出す訳にはいかないでしょう。


「そうだわ!」


 考えていたアイネさんは、何か妙案が浮かんだのか柏手を打ってそう言いました。


「シャル、貴女がグリンさん達に付いて行って、外の世界で彼の手助けをして差し上げなさい」


 アイネさんはこれ以上ないグッドアイデアを浮かべたと言う様な表情を湛えていました。


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