希少種出現
巨大な体躯もさることながら、その全身は黒い体毛に覆われています。
通常種ならば茶色い体毛なので、その一目だけでも違いが分かると言うものです。
それに尻尾の数……。
通常は二本の尻尾を有しているんだけど、目の前に現れた針ヤマネコは四本の尻尾でこちらを威嚇するかの様にそれぞれを振っています。
―――ゴクッ……。
知らず私は喉を鳴らしていました。
気付けば額には玉の様な汗も浮かんでいます。
こんなレベルの低いラビリンスでも、希少種ともなればここまでの威圧感を感じるのだと初めて実感しているのです。
もし私がまだ駆け出しの冒険者であったなら、恐らくこの希少種にやられていたかもしれません。
でも今の私にはある程度経験があり、自分のタレンド特性も確りと把握しています。
すぐにやられてしまうと言う事は考えられませんでした。
それに希少種と言っても元がそれ程強くない針ヤマネコ、勝算は十分にあると考えていました。
「メル……これを……」
そう考えていた私の後ろに近づいたグリンが、何かを差し出してそう言いました。
前方に注意を向けながら肩越しに後方を確認したそれは、一切れの干し肉でした。
「……うん……わかった」
それは今必要ないわ……と言い掛けた私は、その言葉を呑み込んでその干し肉を受け取りました。
こういう時にグリンの直感は、驚く程当たるのです。
受け取った干し肉を、私は一口噛み切りました。
完全に保存食として干からびている肉片であるにも関わらず、口に含まれたそれは仄かなジューシーさを伴って口の中一杯に広がり、その肉が本来持つ旨味を撒き散らしました!
更にもう一口噛み切ると、最初に含んだ肉片と相まって今度は甘味すら滲ませたのです!
一瞬ですが私は目の前の猛獣を忘れて、全意識を口の中へと向けてしまいました!
それ程にグリンの作った戦闘向け干し肉「ドライミート」は美味しかったのです!
「んん―――っ!」
私の口から、思わず歓喜を表す声が溢れ出しました!
でも、溢れ出たのはそれだけではありません!
私の身体全体から、青白い炎の様な闘気までも沸きだしたのです!
それと同時に、私の中から力が溢れ出るのを感じました!
これこそが、彼の発見したレシピ「ドライミート」の効力なのです!
その効果は一時的ですが、食した者の「力」と「攻撃力」を僅かに向上させてくれるものでした。
でもその「僅か」が、タレンドキャリアーには何よりも有難い効力となるのです!
「ガウゥーッ!」
私の口から零れ出た声を切っ掛けにして、巨大な針ヤマネコが飛び掛かってきました!
ノーマルの針ヤマネコと大きく違いその動きには目を見張るものがありましたが、既にタレンドを発動していた私には確りと見て取れたのでした。
私の持つタレンド「神懸り」は、発動すれば身体能力と動体視力を大きく向上させるものです。
飛び掛かって来た針ヤマネコを、私は苦も無く躱す事も可能でした。
でも私がその場から飛び退けば、私の後ろにいるグリンが針ヤマネコに襲われるかもしれない!
私は針ヤマネコの攻撃を、左手に装備していたヒーターシールドで受け止めました!
「んっ……っ!」
思ったよりも遥かに力強いその攻撃に、私は思わず後退りそうになり踏み止まる足に力を込めました!
流石は希少種とでも言うのでしょうか、その力強さはノーマルの針ヤマネコとは比較にならなかったのです!
もし予め「ドライミート」を摂っていなければ、恐らく力負けしていたかも……。
私のタレンドでは、力や攻撃力まで強化する事は出来なかったのですから。
グリンが大きく後退した事を見計らって、私は針ヤマネコを往なし改めて対峙しました。
針ヤマネコも私を
それは私が僅かでも隙を見せれば、一足飛びで襲い掛かって来る姿勢です。
私と針ヤマネコの間に、一触即発の空気が凝縮されてゆきます。
でも、その緊張感はそう長く続きませんでした。
先に痺れを切らしたのは針ヤマネコの方だったからです!
「ジャア―――ッ!」
肉食獣独特の咆哮を発したかと思うと、針ヤマネコは私の方へと速く、大きく跳躍してきました!
そのスピードは、先程とは比べ物にならない程だったのです!
だけど、私にはその動きが見えていました!
私はみるみる近づいて来る針ヤマネコの方へと僅かに半歩踏み込み、その巨体を躱しながらすれ違いざまに下方から剣を斬り上げました!
狙い違わず、タレンドで強化された速度によって針ヤマネコの胴体は切り裂かれました!
「……っ!」
その時感じた手応えは他の針ヤマネコよりも遥かに強固な感触で、流石は希少種の体毛だと思わせたのです。
だけどドライミートにより強化されていた攻撃力により、私の一撃は針ヤマネコに致命の一撃を加える事に成功していたのでした!
「ギジャア―――ッ!」
独特の断末魔を上げて、着地した針ヤマネコは口から大量の血を吐き散らしました。
私は振り上ていた剣をそのまま振り下ろして、目の前の猛獣に止めの一撃を与えました。
頭部に致命の一撃を受けた針ヤマネコは、すぐにピクリとも動かなくなり物言わぬ肉塊へと姿を変えたのでした。
「……もう、終わったかい……?」
恐々と近づいて来たグリンに、私は笑顔を向けて頷きました。
「ええ、何とかね。……ありがとう、グリン。あんたの干し肉のお蔭で助かっちゃった」
その言葉に、グリンは笑顔で首を振って答えました。
それは自分の力ではないという謙虚な彼の答えだったんだけど、今この場でどちらが貢献したかと競い合っている場合ではありません。
さっき発していた針ヤマネコの声を聞きつけて、他のモンスターが近づいて来ていると考えられたからです。
「それよりもグリン。早くこいつの体を調べて」
「あ……ああ、そうだったね」
私が少し焦った声で言ったのが伝わったのか、グリンも頷いて早速作業に入りました。
「……これ……かな……? あった、あったよ。多分これが銀髭だ」
僅かに調べただけで、グリンは目的の銀髭を採取した様でした。
その他にも希少種の肉や毛皮を採れるだけ採って、私達はその場から立ち去ったのでした。
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