絶品っ! 希少種料理!
「こんな旨い料理を食べたのは生まれて初めてだったよっ! 御馳走様っ!」
「ありがとー御座いましたーっ!」
「さっすがホーラウンド酒店だなっ! 明日も来るよっ!」
「うふふっ! 待ってますねーっ!」
最後のお客様が出て行ったのを確認して、看板を「営業中」から「準備中」へと掛け替えれば今日の営業は終了です。
忙しかった……。
今日はいつもより輪をかけて忙しい一日でした。
それもその筈で、今日の“おすすめ料理”は昨日持ち帰った「針ヤマネコの肉」をメインにした肉料理。
その中でも特に人気のあったのが「
滅多に手に入らない希少種の肉料理ともなれば、それだけで大勢のお客様がやってきます。
ましてやグリンに調理されたとあっては、もうどれ程の美味しさとなるのか想像もつかない程なのです!
そしてそれは、料理を食べたお客様の顔を見れば容易に想像がつくと言うものでした。
「メルー。片づけが終わったら僕達も食事にしよう」
私達の夕食はいつも営業が終了してから。
夜も更けて遅い時間だけど、それでも他の酒場と比べれば随分と閉店時間は早い方なのです。
「うんっ! すぐに片付けるねーっ!」
テーブルの上を片付けていた私の背後、カウンターの奥にある厨房から出て来たグリンの呼びかけに、私はクルッと振り返ってそう答えました。
その時、その勢いでフワッとスカートが舞い上がったのです!
「わわわっ!」
―――ガガガッシャーンッ!
咄嗟にスカートの前を抑えた為に、持っていた食器を全て床に撒き散らしてしまったのでした!
「……メルー……またかい?」
幸い持っていた食器は木製の物……以下略。
そう言えば昨日の昼にもこんな事が……。
「ううー……直に片付けるから待っててー……」
恥ずかしいやら情けないやらで、浮かんで来た涙で視界を曇らせながら、私はすぐにその場で散らかった食器を拾い出しました。
「ちょっ! メルッ! だからスカートッ!」
その場にストンとしゃがんでしまっては、丈の短いメイドスカートの中が正面に居るグリンには丸見えです!
「きゃ……きゃーっ!」
「ちょっ、まっ……へぶっ!」
彼の言葉でそれに気付いた私は、手に持っていた木製の皿を円盤の様に投げつけ、それは狙い違わずグリンの顔に……以下略。
「……ほんっとーにゴメンねー……」
目の前のテーブルに並ぶ御馳走を挟んで正面に座ったグリンに、私は小さくなって謝りました。
グリンの鼻には新しい絆創膏が張られています。
言うまでも無くそれは先程私の付けた新しい傷なのでした。
昨日はラビリンスに潜って怪物と戦い、初めて希少種とも戦ったというのに、幸いにも私は殆ど無傷で戻って来れました。
それに比べてグリンは昨日、そして今日と生傷が絶えません。
勿論ラビリンス外でですが……。
「いいよ、いいよ。僕も悪かったしね」
そんな私に、グリンはやっぱり優しく微笑んで許してくれました。
でも、その言葉が更に私を苛むんです。
「……ううー……」
「さぁさぁ、折角の『希少種針ヤマネコの肉料理』なんだから温かい内に食べよう。それにこれは僕特製スペシャルコース料理なんだよ? 頑張ってくれたメルの為に作ったんだから」
落ち込んで中々回復出来ない私に、グリンは穏やかな声音でそう言いました。
そしてその中には、到底無視できない
「スペシャルッ!? 私の為に!?」
お店に出している料理でさえ、いいえ、普段グリンが作ってくれている料理だってとっても美味しいのに、その彼がスペシャル……腕によりをかけて作ってくれたのだとすれば、それはどれ程の美味しさなのか想像もつきません!
それにそれをわざわざ私の為にともなれば言葉もありません!
「そうだよ。だから早く食べよう」
「……うんっ! ありがとうっ!」
再度料理を進めるグリンに、私は満面の笑みで答えて料理に手を付けました。
―――お……おっいし―――っ!
まずは「希少種の肉」が料理自体の質を引き上げているのに間違いありません!
グリンの料理が美味しいのは間違いないのですが、素材の旨味を最大限引き出しているグリンでもやっぱり限界があります。
だけどその限界値が高ければ、単純にその旨味も更に高みへと昇華されるのです。
それがグリンの手に掛かれば、足し算ではなくまるで乗算されたかのように別次元の旨味へと変わってしまうのです!
「ステーキ」「スモーク」「ロースト」……他にも趣向を凝らした様々な肉料理はどれも今までに食べた物とは比較にならない程の美味しさでした!
「……はぁー……美味しかったー……苦労した甲斐があったねー……」
テーブルの上に並んでいた物を殆ど平らげて、私は満足の中で一息つきました。
それこそ、涙が出る程美味しい料理なんて生きてる内に何回巡り合うのか分かりませんが、今日の料理はその内の一回である事に間違いはないのです。
「ふふふ、お粗末様」
食後のコーヒーを用意して来たグリンは、私の前にカップを置きながらそう言いました。
「ありがとう」
そうお礼を言って、私はコーヒーに口を付けました。
グリンは料理の腕も勿論、コーヒーやドリンクと言った飲み物まで作るのが上手なのです。
最高の料理の後に最高の一息をついて、完全に落ち着いた私を見計らったグリンは、テーブルの上に何かが入った瓶をコトリと置きました。
「……あれ? それって……? もう出来てたの?」
一目見る限りでは、真っ黒な得体の知れない液体の入った小瓶。
でもそれが、今このタイミングで彼から出されると言う事は、聞くまでも無く彼が閃いた新しいレシピの料理……飲み物なのは間違いありません。
「……うん……お願い……出来るかい……?」
本当に、凄く申し訳なさそうにグリンがそう言いました。
ここで彼の言う「お願い」と言うのは、説明を受けるまでも無く毒味……つまり実験台になると言う事。
でもそれは、今回が初めての事と言う訳ではありませんでした。
「……グリンはもうこれ……飲んだ?」
でも今までは固形の食べ物が殆どでした。
今回の様に毒々しい飲み物となると、流石にちょっと引いちゃいます。
「うん……でも僕には何の効果も現れなかったんだ……」
そう話す彼の顔は、申し訳ないという思いで一杯になっていました。
彼に効果が現れれば、それは調理系か、もっと大きい括りで技術系のトレンドに効果のある飲み物だと言う事です。
そしてそれであれば、私が試す事は無いのです。
現れた効果が、必ずしもトレンドキャリアーにとって有益とは限りません。
もしかすれば、逆に危険な効力が発現する事もあるのです。
そしてグリンはそれを危惧しているのでした。
「……ううん……気にしなくて良いよ。それは私の、私だけの役目なんだから」
確かに私は、王国より彼の監視や手伝いを仰せつかってます。
でもそんな事とは別に、彼の役に立つなら出来る限りの事をしたいといつも考えてるんですから。
そっとグリンの前に置かれたガラス瓶を手に取り、それを顔の高さまで持ち上げて中身をマジマジと見ます……。
向う側が伺えない程濃く、それでいて粘度が高いのかドロッとした液体に、あまり良い想像が浮かんできません。
良く見ると、中には無数の何かがキラキラと輝いて浮かんでいます。
きっとそれは、苦労して手に入れたあの銀髭なんだろうな……。
「……先に言っておくけど……」
中々飲む事を決断出来ない私に、彼がユックリと口を開きました。
「……少し……覚悟して飲んでね?」
その言葉を聞いて、私は思わず喉を鳴らしました。
先に呑んだグリンがそう言うのだから、きっと覚悟のいる味……なんでしょう。
さっきまで天国かと思う様な時間だったのに、今はそこから一気に転落して地獄一歩手前の気分となったのでした。
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