新しい薬のお味は?
私は意を決して瓶の蓋を開け、その縁を唇へと運びました。
何だか禍々しい飲み物の様にも思えるのに、不思議と臭いは一切しません。
―――そして私は、勢いを付けて瓶の中身を一気に
ドロッとした液体が舌に触れ、そのまま喉へと達し通過して行きます。
そして次の瞬間!
ギュッと閉じていた私の目が薄っすらと開きました。
―――やだ、何これっ!? 美味しいっ!?
一言で言えば甘い……とても甘い飲み物です。
でもそれは砂糖菓子や果物の甘さとはまた別の、何だか得も言われぬ甘さだったのです!
それに粘度の有る液体とは思えない程後味も爽やかでした!
僅かに口の中で何かが弾けた様な感触はあの銀髭かしら?
兎に角、一つの飲み物としてはとっても美味しい物だったのです。
私がバッと目の前のグリンを見ると、彼はニヤリと口角を上げてこちらを見ていました。
彼はこうなる事を楽しんで、私に一芝居打ったのです!
「どう? お味は?」
今にも吹き出しそうな顔をしたグリンがそう言いました。
さっきまでの覚悟から一気に解放されて、何だか恥ずかしくなった私は、顔を赤くなっているのを感じながら瓶をテーブルの上に叩き置きました。
「美味しいわよっ! グリン、あんた知ってて言わなかったわね?」
グリンに担がれたという気持ちと、美味しかったという気持ちがない交ぜになっていて、抗議する私の言葉もそれ程の迫力とはなりませんでした。
「ははは! ごめんごめん。……それで、どう?」
そこで私は、肝心な事を忘れている事に気付きました。
彼が出してくれた飲み物は私を驚かせる訳でも、ましてや喜ばせる為でも無く、“何かしらの付与効果のある飲み物”なのです。
「……ん―……特に変化は……ないわねー……」
私は立ち上がって、体の至る所に力を入れたり体の内側に意識を向けたりしました。
攻撃系タレンドに何かしらの影響があるのなら、それだけで変化に気付けるからです。
でも今回は何も変わった事は起きませんでした。
「……そうか……やっぱり僕やメルにも変化が出ないという事は……この飲み物は『魔導士系タレンド』向けの飲み物なのかもしれないね……」
タレンドは大きく3タイプに分ける事が出来ます。
自らの肉体や武器を使用して攻撃をする「攻撃系タレンド」。
武器防具や、道具に強度を与えたり効果を強める「技術系タレンド」。
そして、攻撃や回復に魔法を使用する「魔導士系タレンド」です。
攻撃系や技術系のタレンドは比較的多く存在しています。
それこそ冒険者は勿論、今や騎士軍の9割以上はこの攻撃系タレンドキャリアーなのです。
技術系のタレンドはまだ少ない方ですが、それでも王都の武器防具屋、道具屋よろず屋等には多く見る事が出来ます。
この街にもグリンを含めて、十人ほどの技術系タレンドキャリアーが存在しているのです。
でも魔導士系タレンドキャリアーにはこの街では勿論、王都に何度か足を運んだ私でさえ会った事はありませんでした。
「……どうする? 王都に言って事情を話して、誰か魔導士にお願いしてみる?」
どんな効果が発揮されるのかは、対象のキャリアーでなければ分かりません。
王都なら多くのタレンドキャリアーが住んでるし、それこそ王城に行って近衛騎士軍に所属している魔導士の力を借りれば、すぐにでも事は済む筈です。でも……。
「……うーん……それは最後の手段なんだよねー……」
考え込んでいるグリンが、宙に視線を遣りながら私の問いにそう答えました。
この飲み物……薬がどんな効力を発揮するか分かりません。
もしかすれば、服用した魔導士の体に大きな負担となるかもしれませんし、ひょっとすれば恐ろしいまでの効果を発揮するかもしれないのです。
どちらにしても、決して良い結果とは言えないでしょう。
魔導士に負担を課す様な効果は勿論、強すぎる力は周囲にも良い影響がある筈等無いのです。
グリンはそれをこそ危惧しているのでした。
「……じゃあ、誰かフリーの魔導士を探さないとだねー……」
そうは言ってみても、そんな簡単に魔導士が見つかれば苦労はしません。
「……そうだねー……誰か心当たりのある人。居ないかなー……」
そう言うグリンにも、何か考えがあっての言葉じゃなかったみたいです。
さっきも言った様に、この世界の魔導士系タレンドキャリアーなんてみんな軍に入っちゃってるか、後は偏屈に何処かへ引き籠ってるかしか……。
「……あ……心当たり……あった……」
そんな考えを巡らせていた私の頭に、一つの“伝説”が浮かび上がったのです。
「えっ!? 本当にっ!? 誰っ? 何処に住んでるのっ!?」
私の言葉に、グリンは思いっきり食いついてきました。
でも口に出した私が言うのも何ですが、何処の誰かだなんて私にも分からなかったのです。何故なら……。
「……え……と……グリンも聞いた事あるよね……? 『人外魔鏡の魔女伝説』……」
私が口にしたのは、この国でもお伽噺として有名な魔女の事でした。
この大陸の西に広がる広大な森林「オーディロンの森」。
そこには魔女が棲んでいると噂されていて、昔は時折人里に赴いて来ては、子供を攫って行ったという伝説のある森でした。
大人になってそれが童話の類だと認識しているのですが、子供の頃に「悪い子は魔女に攫われる」なんて脅され続ければ、誰も不気味がって用もなく近づく筈もありませんでした。
だけど実際は現地の猟師がそこで野生動物を狩ったり、木の実や果物を採っている恵み豊かな森らしいんですけどね。
そして当然の事ながら、誰かが「お伽噺の魔女」に出会ったと言う話を聞いた事などありませんでした。
私の言葉でグリンは黙り込んでしまいました。流石に突拍子も無さ過ぎて呆れちゃったのかもしれません。
「……あ……あの……ほら……冗談……」
「……そうか……魔女がいたね……」
私が前言撤回しようと口を開いた矢先に、グリンは顔を輝かせて私の方を見ました。
「……え……?」
「何百年も生きてる魔女なら、この薬の効力も飲まずに分かるかもしれない。それに、闇雲に探すよりもよっぽど当てになる話だよ!」
呆気にとられる私に、彼は満面の笑みでそう話しました。
確かに、どこにいるか分からない魔導士系タレンドキャリアーを探すよりも余程明確な場所と言えるけど、それこそ伝説級の話だし、自分が口火を切っておいて何だけど何百年前の話だと言うのよ……。
でも、それでグリンの気が済むならそれも良いと思えました。
最終手段とは言え、王都に行けば間違いなく魔導士に会えるのだし、その前に一つ試しに探してみても良いと思えたのです。
「……でも、話の分からない老婆かも知れないわよ?」
伝説通りだとして、
それまでに一切人と関わって来なかったとすれば、余程の偏屈か人嫌い、もしくは石頭に違いありません。
「それでも良いよ! 兎に角探しに行こう!」
グリンはそう言うと、勢いよくテーブルから立ち上がりました。
そしてそのまま、カウンターの奥にある厨房へと入っていったのです。
厨房に入ったグリンの目の前には、ラビリンスで手に入れて来た食材がずらりと並べられています。
彼が調理をする場所のみ今は明かりが灯されており、それはまるで食材がスポットライトを受けて居るかの様でした。
「さて……と……。早速明日持って行く分を作っちゃわないとね」
彼はそう言って、目の前にある食材の一つを手に取りました。
―――その途端……。
彼の“左二の腕”が光出しました。
それはタレンドの発動を意味していて、別段珍しい事ではありません。
それと同時に彼の“右二の腕”も輝きだしました。
そしてそれこそが、彼と私だけの「二つの秘密」の内、一つが発動した瞬間なのです。
彼は、この大陸で初めての……もしくは非常に稀とも言うべき「二つのタレンドを所持する者」なのです。
彼が思いつく、不思議な効力を持つ食事の数々……そのレシピは、何の脈略も無く思いつく訳では無く、ましてや天啓が与えられた結果ではありません。
グリンだけが持つ二つ目のタレンドが、彼に今までにはない全く新しいレシピを思いつかせているのでした。
彼が特殊な効力を持つレシピの調理をする時、グリンの両二の腕は光だし、それはまるで神の腕を持つ者が料理をしているかのようにも映ります。
そんな姿を他の誰かに知られでもすれば、彼は
だからこれは私達だけの秘密……。
今はまだ、決して知られてはいけない二人の秘事なのでした。
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