食の街「メッソ」 

 早速次の日には準備を整えて、私達は伝説に謳われる魔女の森「オーディロンの森」へと出発しました。

 一昨日「レベル2 ラビリンス」から戻って来たばかりで、正直な所疲れが抜けているとは言えませんでした。

 それは私も、そして戦士では無く職人のグリンもそうでしょう。

 特に彼は普段運動を殆どしないので、目に見えて足取りは重くなっていました。

 でも本人にその自覚がないのか、体の動きとは裏腹にその表情は明るくご機嫌です。


 オーディロンの森は、このネルサの街から遠く西に位置しています。

 どう考えても一日で辿り着く事は不可能なので、途中の宿場にて一泊して翌日には森の近隣に位置する街「メッソ」に入りそこで更に一泊。

 3日目に森へと入る行程を組みました。

 メッソの街へと続く街道は整備されていて、特に山や森なども無いので比較的快適な旅路でした。





 道中に何のトラブルも無く、2日目の夕刻には無事にメッソの街へと辿り着きました。

 ここは、西にあるオーディロンの森から取れる豊富な木の実やきのこ類、野生動物の肉を使った料理が人気なのです。

 また果物も多く取れ、恐らくこの大陸で随一の食文化が栄えた街じゃないでしょうか?

 グリンも滅多に来ないこの街に興味津々と言った風で、さっきからキョロキョロと落ち着きがありません。


「……もう……グリン、料理も良いけど、先に宿を決めてからね」


「あ……ああ、勿論。分かってるよ」


 本当はどこまで分かってるのか怪しいけど、そこにはツッコまないで早々に宿を決めて、とりあえず有名な酒場レストランへ食事に向かいました。

 そこは流石に人気の高い酒場だけあって、広さだけでもホーラウンド酒店の三倍はあるかな? 

 従業員も多く、ホールでは女の子達があくせくと動き回り、厨房の中からは活気に溢れた声が聞こえてきます。


「いらっしゃいませデスーっ! 2名様なのデスか?」


 入り口で圧倒されていた私達に、綺麗な茶色い髪を両側で三つ編みにした、少しそばかすの残した可愛いウェイトレスが声を掛けてきました。

 か……可愛らしさでは私も負けてはいないはず……だけど、それでもこんなに女の子らしい振る舞いでは、少し負けちゃってるかな……?


「え……ええ……」


 声も出せないでいるグリンに変わって私がそう答えると、彼女は「こちらのお席へー」と快活に案内してくれます。

 ボーっとしているグリンを引き連れて、私達は案内された席へと着きました。


「……可愛らしいウェイトレスさんだったわね?」


 まだ心此処に在らずなグリンに、私はそう声を掛けました。

 声音に若干の険が入っているのはご愛嬌と言う事で!


「……へ……? そうだったの……?」


 でも、彼の意識は全く違う方向へと向かっていた様でした。

 よくよく彼を見ると、キョロキョロとした視線は、隣のテーブルやウェイトレスさんが持っているトレーを行き来していて、時折鼻を鳴らして匂いを探っています。


「……あっきれた……ほんとにあんたは色気より食い気なのねー……」


 どうやら彼は、この店で振る舞われている様々な料理に興味が行っていた様です。

 ちょっと安心したってのはあるけど、ここまで料理バカと言うのもちょっと……。


「あ……あはは……」


 私の半眼から繰り出す視線が彼にも突き刺さったのか、グリンは苦笑いをして私に向き直りました。


「ご注文はお決まりになりましたデスかー?」


 その時、さっきの可愛らしいウェイトレスさんが注文を取りに私達のテーブルへとやって来ました。


「とりあえず……エール酒をジョッキで二つ……それからー……」


 私はグリンに注文の主導権を与えつつ、飲み物だけを先に彼女へと告げました。

 それを察したウェイトレスの女性も、グリンの方へと視線を送ります。


「……うん……この『豚の香草焼き』と『季節の野菜サラダ』を頼むよ」


 メニューに少し目を通したグリンは、特に迷う事無くそう注文しました。


「「……え……?」」


 その言葉に、私とウェイトレスの女性が同時に声を上げました。

 それは聞き取れなかったと言う訳では無く、その注文が意外だったからに他なりません。


「あれ……? 何かおかしかった?」


 そしてグリンは、私達の反応に戸惑った様な声を上げたのです。


 彼の注文は別段おかしいって訳じゃありません。

 でもこの街に訪れた者なら、とりあえずこの街を一気に有名とした「山鳥の木の実詰め香草蒸し焼き」を頼むのがポピュラーであり、私もそう考えていたのです。


「……お客様―……わかってらっしゃいますデスねー……」


 でもグリンの問いかけに、ウェイトレスの女性は感心した様にそう言葉を漏らしました。

 ただ私には、グリンが何を分かっているのかが分かりません。

 不思議そうにグリンと彼女を見比べる私へと、彼は微笑んで説明を始めました。


「この時期の山鳥は、卵を産んだ後で味が落ちてイマイチなんだよ。それに木の実の時期も秋が本番だから、この時期に使われるのは去年採ったのを保存していた物なんだ。味も風味も落ちちゃってるんだよ」


「そうなのデスッ! 美味しい事に間違いはないんデスけど、やっぱり一味も二味も落ちちゃってるんデスねー……それよりもこの時期は、農家で育てた豚が脂の乗りも抜群なのデスよーっ! それを季節の香草で焼いた物はもー、絶品なのデスよーっ!」


 彼の後を継いで話した彼女の説明で、私にも漸く納得が出来ました。

 なる程、特産料理にも「時期」があって、場合によってはそれよりも美味しい物が存在するって事なのね。


「まったく……分かってないお客様が多いんデスよねー……そもそも……」


「じゃ、じゃー、それでお願いね?」


 何かのスイッチが入ったのか、説明に拍車が掛かり出したウェイトレスの女性を促してその話を遮りました。

 このままじゃあ、グリンと二人で料理談議に華を咲かせてしまいそうだったのです。


「あ……ごめんなさいデスーっ! すぐに持ってきますデスねーっ!」


 彼女は元気よく頭を下げると、小走りで奥の厨房へと向かって行きました。





「お待たせしましたデースっ!」


 暫くすると、良い匂いをさせた豚肉料理の盛られた皿を持って、ウェイトレスの女性が戻ってきました。

 テーブルに置かれたその料理を見れば脂の乗りは一目瞭然ですし、香草が染み込んだ香りも申し分ありません!

 彼女は次いで、並々と注がれたエールジョッキを2つとサラダが山盛りのボールも持ってきました。


「ご注文は以上デスねー。それではごゆっくり……」


「ちょっと待って」


 深々と頭を下げて奥へ下がろうとした彼女を私は呼び止めました。

 誰でも良かったのですが、丁度良いタイミングなので彼女に聞いておこうと思った事があったのです。

 勿論、料理談議に華を咲かすつもりじゃありません。

 言葉を遮られて顔を上げ小首を傾げた彼女は、疑問をその顔にありありと浮かべていました。


に棲んでるって言う魔女の事で、何か知らないかしら?」


 ちょっと大雑把な質問だけど、この街で「あの森」と言えばイチイチ説明なんて必要ありません。

 それに魔女の事を聞いているんだから尚更です。


「……んー……お伽噺で知られている内容以上の事は私も聞いた事無いデスよー……? この街で魔女に会ったって人も聞いた事ありませんデスねー……」


 人差指を口元に当て必死で記憶を探っていた彼女でしたが、やはり何か情報を引き出す事は出来なかった様です。

 酒場と言う場所柄を考えると、少なくない情報が行き交っている筈で、そんな場所で働く彼女が小耳に挟んだ事が無いという事は、多分誰に聞いても同じ様な返答しか返ってこないでしょう。

 再びお辞儀をした彼女が下がったのを確認して、私はグリンに向き直りました。


「……どうする、グリン? ホントに魔女がいるかどうかも怪しいみたいだけど……?」


 今更ながらに私はグリンへと確認を取りました。

 誰も会った事さえ無いの魔女だとしたら、本当に空想のみの存在だと言う事に間違い無いでしょう。

 明日森に向かって散策したとしても、全くの無駄足になる事請け合いなのです。


「……とりあえず行くよ。魔女がいなくても、オーディロンの森にはあそこでしか採れない野菜やら香草があるからね。是非とも持って帰りたい!」


 なる程ねー……。彼も魔女の事は話半分で、本来の目的はそこにあったのね。

 まぁ、私としてはグリンと森を散策出来るってだけでも嬉しいんだけどね。


 私達は明日の事も考えて、食事を済ませると早々に宿屋へと引き込みました。

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