気高き獣王

「ティアッ! あんたには完全に荷が重い相手だけど、あんたにも前に出て戦ってもらうわっ! 私一人じゃ、あいつを抑えられないっ……良いわねっ!」


「は……はいっ!」


 本当は、ティアをこの戦闘に参加させるのは得策じゃない。

 彼女の経験は低く、下手をすればあのレオタイガーに倒されてしまうかも知れないのだから。

 でも、今はそれしか策が無い。

 取れる手段は全て取らないと、とても真紅のレオタイガーに太刀打ちなど出来ないわ!


「グリンッ、をやるわっ! 準備しておいてねっ!」


 私の言った意味を理解したグリンが、頷いて了承しました。

 それと同時に、鞄を探り何かを取り出しました。


「メルッ、ティアッ、これをっ!」


 グリンの差し出した両手には、彼特製の「ドライミート」と「迅速飴」が握られていました。

 ティアには少しでも攻撃力と力を上げる「ドライミート」、そして私には「神懸り」の特性を上げる「迅速飴」です。

 私達は頷いてグリンからそれを受け取り、すぐに口へと運びました。

 いつも通りこの上なく美味しい味が口一杯に広がったんだけど、今はその味を堪能できないのが残念だわ。

 即座に食事の効果を発揮した私達の体から、青白い光が湧き立ちます!


「行くわよっ、ティアッ! これで何としてもあいつを誘き寄せるのよっ!」


「はいっ! 行きますっ!」


 私の合図を皮切りに、ティアが盾を前面に押し立てて素早く前進しました!


 レオタイガーは避けるでも躱すでもなく、真正面から彼女の盾に前足の一撃を振り下ろします! 

 その姿はまるで大人が子供の相手をしているかの様です!


「くうぅっ!」


 ティアも「堅忍不抜」をすでに発動していて、防御力は大きく向上しているはず。

 でもそれを上回る力が彼女を襲い、盾越しの衝撃で彼女にダメージを与えていました!


「ぃいっやあぁっ!」


 それでもその場に踏み止まったティアは、渾身の力を振り絞ってレオタイガーの前足を跳ね上げ剣での攻撃を見舞ったのです!

 ティアの見舞った剣撃は、怪物の肩口に直撃しました! 

 だけどその攻撃はレオタイガーの肉体に食い込む事は無く、強固な肉体に弾かれたのでした!

 とても剣での斬撃音とは思えない、まるで打撃を加えたかのような鈍い音が響きます!


「フウッ!」


 攻撃直後のティアを狙って、レオタイガーの右前脚が横から薙ぎ払われました!

 その攻撃は、まるで最初からティアの攻撃など意に介していないとばかりに狙いすまされたもの!


「はああぁっ!」


 でもそれはこちらも想定内なの! 

 ティアの左側面から襲い来る怪物の前足を、「迅速飴」の恩恵を受けて加速した私が正面となる様に剣で受け止めました! 

 剣と爪が噛み合って、まるで金属同士がぶつかった様な甲高い音が響きました!


 防御力ではティアにも劣り、力や攻撃力では到底レオタイガーに及ばない私でも、加速力の恩恵を受けて正面からぶつかれば、この怪物と同等以上の力を発揮出来るの!

 私の剣と接触したレオタイガーの前足は、怪物の意志とは違う方向へと弾かれました! 

 怪物の表情なんか読み取る事なんて出来ないけれど、私はレオタイガーの表情が驚きを表した様に感じられたんです!


「やっ!」


 大きく体を開いたレオタイガーの腹部に、即座に急制動を掛けた私は剣での乱舞をお見舞いしました!

 私が今繰り出せる、最速の攻撃を数限りなく叩き込む! 

 ですがやはり、その肉体に私の剣が切り傷を付ける事なんて出来なかったわ。


 ―――だけど、それさえも想定内です!


 確かに剣で切り付けて傷を与える事は出来ないけれど、それでも全くダメージが無いと言う訳では無い筈。

 大きく体力を奪う事は出来ないけど、細かい痛手を負わせる事は出来る筈です! 

 それにダメージを与える事のみが、この攻撃の意図ではないんだから。


「ゴゥワアァッ!」


 私の攻撃に、レオタイガーは咆哮を上げて反撃して来ました! 

 でも俊敏性が向上されている私は、その攻撃を躱して大きく後退します。

 私の攻撃と入れ替わりに後ろへ下がっていたティアの元へと下がり、再びレオタイガーと距離を取って相対しました。


 今はこの怪物を、予定の場所まで誘き寄せないといけない。

 その為には、こちらへと意識を向ける様にしなければならない。

 その意味では、今の所上手く行ってるんだけど……。


「ガウッ!」


 今度は、レオタイガーから攻撃を仕掛けてきました! 

 遠間を一瞬で詰める程のスピードで、前足を振りかざした怪物が急激に接近してきます!


「……っ! 右っ!」


「はいっ!」


 でも、あえて距離を取っていたことが幸いして、恐るべき速さの攻撃だけどティアにも対応する事が出来たわ!

 防御型のティアが持つ大きめの盾「トールシールド」が、トレンドの恩恵を受けて更に強固となりレオタイガーの攻撃を受け止めます。

 彼女には恐らく、レオタイガーの動きを見切る事は出来ないでしょう。

 でも、攻撃の一方向を私が指示してやれば、後はその大きな盾がその方向から来る攻撃を広範囲で防いでくれる! 

 そして!


「はぁっ!」


 遅れて放たれる反対方向から来る攻撃は、私が加速させた剣撃で受け止めてやれば防ぐ事は可能なのよ! 

 そのコンビネーションを駆使して、私達は怪物の攻撃を防ぎ、反撃を見舞いました!

 当たらない攻撃、効かないまでも受ける反撃に、レオタイガーは少なくない苛立ちを覚えていると感じました。

 お蔭で今、怪物の注意は完全にこちらへと向いていて、エルビンが攻撃の巻き添えを受ける事はないわ。


 そして漸く……まで誘き寄せる事が出来たのです!

 この場所……シャルが全力で魔法を放ってもエルビンまで影響が届かない場所! 

 そして……間違いなく決着をつける場所に辿り着いたのです!

 チラリと後方を確認した私に、グリンとティアが更に後方で頷いて答えました。

 彼等の準備はいつでも整っているようね。


「ティアッ!」


 私の言葉の意味を察したティアが、受け止めていた怪物の前足を何とか押し返して大きく後退します! 

 そして態勢を崩しているレオタイガーに、私は二つの物を放り投げて同じく後退しました!


 ―――それは「閃光弾」と「音響弾」! 光と音で相手を怯ませるアイテムなのです!


 本来それはどちらも、逃走時の為に携行していた物なの。

 私とグリンだけでラビリンスに入れば、不意の事態に対処出来ないわ。

 逃げる事を前提にした備えは、いつも出来るだけ用意しているの。

 そしてその用法も、私達は確りと打ち合わせ済みなの!


 次の瞬間、周囲を眩い閃光が包み、耳をつんざく音が炸裂しました!


 私とティアは、各々持っていた盾で閃光と音を防ぎます。

 光は兎も角、音は防ぎようがないけれど、それでも盾を翳していればある程度は軽減されるわ。

 後方で構えていたシャルは、グリンが前に立って閃光を防ぎます。

 2人はあらかじめ耳栓をしていた筈なので、音の影響は無い筈よ。

 これがさっきグリンと目配せで確認した、レオタイガーを足止めする取って置きの手段だったのです!


 そしてレオタイガーは……。


 まともにそれらの影響を受けたレオタイガーは、流石に無事とはいかずにその場で動きを止めてしまいました。

 頭を振り、目をしばたたかせて、何とか状態異常を回復しようとしている様だけど、その時間こそ私達が待ち望んだタイミングなのです!

 グリンが脇へと逸れたその後ろでは、シャルが精神を集中させていました! 

 その身体からは立ち昇る蒼い魔力が、まるで炎の様に揺蕩たゆたっています!


氷神の御霊にリョート・ドゥシャー申し上げるっ・エルピダ! そのお力を以て我が敵を貫くシィーラ・イニミークス矛となれっ・クリス! 消滅せよっアニキュラー! 氷神穿っストレリャー・グラキエス!」


 既に魔力を最大まで高めていたシャルは淀みなく、タメを作る事も無くスラスラと詠唱を完了し、それと同時に掌を魔獣に向けました!

 彼女の掌から、輝く白球の魔法が打ち出されたのです!

 飛翔する白球体は、自らの通った跡を凍らせながらレオタイガーへと向かって行きます! 


 やがて白球体は、違う事無く標的へと到達し!


 光球はその大きさを一気に拡大させてレオタイガーを中心に展開し、まるで怪物を捕える籠の様に巨大な半円形を形成しました!

 そしてその内側に無数の鋭く太い氷柱を発生させ、レオタイガーに向かって放ったのです! 

 魔法ドームの発生させる冷気は更に広範囲を凍り付かせて、その周囲を氷の世界へと変える程です!


「ガオオォォンッ!」


 レオタイガーはその中心で、巨大な咆哮を上げました!


「す……凄いっ!」


「薬なしでこれ程なんてっ!」


「ど……どうですっ!? これが……今の私が持てる……全ての力ですっ! これならっ!」


 怪物の巨声を聞いて、ティアとグリンが驚嘆の声を上げ、シャルは息を付きながら自信を見せる言葉を言い放ちました! 

 流石に全力を使ったとあっては、シャルにも疲労の色が濃いみたいね。


 ……だけど私には、レオタイガーの咆哮がどうしても断末魔の叫びには聞こえなかったのです。

 私の耳には、力強い雄叫びの様に聞き取れたのでした。


 突如、白光球の中心から黒色の魔法炎が湧き立ちました! 

 それを皮切りにして、シャルの造り出した魔法ドームは、まるでひび割れる様に崩壊して砕け散ったのです!


「……っ!? そんなっ!?」


 シャルが悲痛の声を上げました! 

 それ程彼女には、放った魔法に自信があったんでしょう。

 でもそんな彼女の想いを裏切る様に、真紅のレオタイガーは黒い魔法炎を纏ってそこに立っていました! 


 その姿は獣王と呼ぶにふさわしい程雄々しく、そして禍々しい姿だったのでした……。


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