最初の食事
シャルの魔法に耐えきったレオタイガーは、黒い炎を纏ってこちらに鋭い視線を向けていました!
レオタイガーはその身に纏う強大な魔力で、シャルの攻撃魔法を強大な魔力で緩衝させたのです。
シャルのように魔法を使って防御をした訳でも無いのに、彼女の強力な魔法を防ぎ切ったのでした!
つまり、異常に高い魔法耐性があると言う事……。
でも、すぐに襲い掛かってくる気配は無いわね。
その理由は言うまでもなく、さしものレオタイガーも全くの無傷とはいかなかったからに他なりません。
幾本かの氷柱は怪物の体に浅く突き刺さり、奴に数えきれない裂傷を負わせました。
だけどそれは、魔法の規模からすれば遥かに軽傷と言えるわ。
そして……私達に掛かっていた食事の効果も失われ、体を包んでいた光も霧散して消えました。
「くぅ……」
その途端、体には僅かな気怠さが襲ってきたのです。
食事はその効力で、自分の身体能力を上回る力を引き出してくれます。
ですが当然、使い終えた後にはその反動が少なからず襲ってくるのです。
この状態では、再度食事を摂ってもさっきほどの力は出せないでしょう……。
「……も……もう一度よ……っ! もう一度
シャルはそう言って、もう一度魔力を溜めようとしますが……。
「……は……はぁっ……っ!」
精神を集中しようとした矢先に膝をつき、再び肩で息を付いてしまいました。
さっきの魔法で、本当に全ての力を振り絞った様ね。
ティアにも疲労の色が濃く、私の体も明らかに動きが鈍ってる……。
これではどう考えても、さっきの様な連携攻撃さえ出来ないでしょう……。
「……はぁ……はぁ……もしも最初から『エストーリャ』を使っての攻撃でしたら……あんな怪物など一撃でしたものを……」
悔しそうにシャルはそう零しました。
でも、そのエストーリャも今は手元にはなく、ここへと持って来ようにも材料が揃っていません。
今はそれを言っても、仕方のない事でした。
「……そ……そうだ……っ!」
そしてシャルは、再び何かを思い出した様にそう呟くと、自分の胸元をゴソゴソと探り出しました。
そして服の内側から引っ張り出したのは、あの「魔女の試練の洞窟」で手に入れた真珠色の宝珠をペンダントにした物です。
「……もし……? もしもしっ!? 聞こえませんのっ!?」
そして彼女は、宝珠に向かって呼びかけました。
すると宝珠に淡い光が灯り、答が返って来たのです。
『……なんじゃ、嬢ちゃん? わし等に何か用でもあるのかの?』
その声は「魔女の試練の洞窟」で聞いた、老人霊の声でした。
この宝珠をシャルが手にする時、確かに老人達はこの石を通して彼女を視ていると言っていました。
その事をシャルは思い出したのでしょう。
「あなた方、この石を通じて私の事を視ていたのでしょう? でしたらこの状況を知ってますわよね? 今こそ私の力を更に解放させる時なのではないのかしらっ!?」
シャルはこの局面を打開する為に、老人霊達に自分の力を更に解放させようと考えたのです。
でも……。
『そりゃー無理な話ぢゃわい。嬢ちゃんが能力を解放させるには、まだまだ経験不足と言うものじゃな』
シャルの願いは、呆気なく却下されたのでした。
「でっ……でも、今この場で私の能力が解放されてあの怪物を倒さない事には、永久にその機会が失われるのですよっ!? あなた方はそれでも良いのですかっ!?」
命の危機だと言うのに、頼みの綱である老人霊達がアッサリと拒否をした事にシャルの口調は焦りと動揺に塗れていました。
『構わんよ。確かに多少は残念じゃが、それでもわし等にはそれが全てではないからの。お前さんがそこで人生を終えると言うのなら、それはそれで仕方のない事なんじゃよ』
老人霊がそう言うと、話はそこで終わりとでも言うかの様に宝珠から光が失われました。
「……あ……」
反応を見せなくなった宝珠を見つめて、シャルは絶句して項垂れました。
まさか見放される様な事を言われるとは思ってもみなかったんでしょうね……。
万策尽き、もうすぐレオタイガーの視力も回復すると言う絶望の雰囲気が流れる中で、何故だか私の目の端にグリンの姿が映り込んできました。
改めてグリンの方を見ると、彼は穏やかな眼差しでユックリと怪物の方へと歩を進める所でした。
その表情は笑みすら浮かべている様に見えましたが、私には何かしらの決意を秘めている様に感じ取れました。
「……グリン……? 何を……するつもりなの……?」
私が問いかけると、グリンは歩みを止めてこちらへと向き直ります。
その姿から私の脳裏にはある想像が浮かび上がり、途端に喉の渇きを覚えました。
最悪の想像が合っているのならば、グリンは禁断の方法を取るつもりなのです!
「……ま……まさかグリン……“あれ”を……使うつもりじゃないでしょうね……?」
私の声には怯えと、そして怒気が知らず込められていました。
これから彼の取ろうとしている行為は、自殺行為以外の何物でもないからです!
「……もう……“これ”しかないよ……分かるよね……?」
「分からないわよっ! ダメよっ! “あれ”は絶対に使わないって決めたじゃないっ!」
彼の穏やかで決して揺るがない決意の言葉を、私は感情だけで否定しました!
突然始まった私とグリンの言い争いに、理由が分からないシャルとティアはキョトンとしています。
「戦いが始まったらメルはエルビンを。シャルとティアは、メルの連れ帰って来た彼の手当てをしてすぐにこの場所から逃げるんだ。メル……皆の事を頼んだよ……良いね?」
それは間違いなく、グリンが戦うと言う言葉でした。
そしてそれは、私の考えを肯定しているに他なりません!
「ダメ……ダメよ……。お願い、グリンッ! “あれ”だけは使わないでっ!」
私はグリンの腕を掴んで、必死に彼の行動を止めようとしました。
でもグリンの決意は固く、私の手は彼によってユックリと剥がされてしまいました。
「僕以外に“これ”を使える適任者は、今はここにいないよ。エルビンを助けてこの
「……だからって……だからって……」
私の目には涙が溢れて、子供の様に首を振ってイヤイヤとする以外出来ませんでした。
だけど口では否定していても、頭の中では他に方法の無い事も理解してしまっているのです。
そしてすでに、グリンの手には一粒のチョコレートが握られていました。
―――これこそが、私達最大の秘密にして決して使ってはいけない禁断の食事……。
―――「
「……いいね……? 出来ればレオタイガーを倒すつもりだけど、それが叶わなければ君達だけでも逃げるんだ……。約束だよ?」
グリンは返事を待つ事無く「愚者の粗食」を口にしました!
そしてそのまま、まるで散歩にでも向かう様な歩調でレオタイガーの方へと歩みを進めて行きます。
私はそれを、ただ止める事も出来ずに見ていました。
―――その直後っ!
周囲の大気を震わせて、グリンの体から眩い光が発せられました!
それは、今まで私達が食事を摂った時の数倍とも思える光量を有しています!
「ちょっ……ちょっと、メルッ! グリンは何をしたのですかっ!?」
全く理解出来ない現象に、シャルが私に説明を求めてきました。
そしてそれはティアも同じ様で、こちらの方を深刻な顔で注視しています。
「……グリンの食べた食事……チョコは、『
すでに「愚者の粗食」を食してしまったグリンを止める術はなく、私はこの状況を説明しました。
「……『愚者の』……『粗食』……?」
シャルは初めて耳にするその名前に、オウム返しで答えました。
そして私はそれに答えず話を進めます。
「あれは、グリンが初めて閃いた『一番最初のレシピ』なの……。でも余りに危険な食べ物だったので、誰にも知らせる事無く私達だけの秘密として封印する事にしたのよ……」
……そう……。
それこそが二つ目の秘密……。
私と彼だけの胸の内に止めて、決して使う事も言い広める事もしないでおこうと決めた食事だったのです。
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