愚者の代償
「……初めてあのチョコを作ったグリンは、早速自ら口にしてその効能を試したの……何故だかあのチョコだけは、レシピの段階でどう使うのかは分かったって言ってたっけ……。私はグリンの言うままに、彼と手合わせをする事にしたわ……。彼が一口チョコを食べると、やっぱり今の様に眩く輝いて……そして恐ろしい程の力を発揮したの……」
ゴクリ……と誰かの喉が音を鳴らしました。
それでも誰も、私の話に水を差す様な真似はしません。
「……一合……たった一合打ち合っただけで、その効力には驚いたわ……。『神懸り』を使った私を動きで簡単に上回り、その速度は私の目を以てしても追えない程……。振るわれた剣を受け止めた私は、信じられない位吹き飛ばされたわ……」
その時の光景と、その後の事を思い出すと今でも震えが止まらない。
私は、自分の顔が青くなるのを感じながら話を続けました。
「……瞬間的に、人とは思えない程の力を発揮するそのチョコは、戦闘向けのタレンドを持っていない人物……恐らくタレンドすら持っていない人でも、一口食べたら尋常ではない力を手に入れる事が出来る食事だったの……」
「……それはダメな事なのかしら……? 強くなれるのでしたら、それはラビリンスを攻略する者達にとって、嬉しい食事ではないのかしら……?」
私の話に、ここでシャルが疑問の声を挟みました。
ここまでの話なら、強くなれるチョコなら何の問題も無いと思ったのも仕方ない事です。
―――ですが、物事には必ず代償が生じるもの……。
「……そうね……僅かの時間だけ強さを求められれば、その後どうなっても良いと言うなら、夢の様な食事だと私も思うわ……」
私が発した次の言葉で、シャルは喉を詰まらせて緊迫した表情となりました。
「……たった数秒動いただけで……グリンは瀕死の重体となったわ……。衰弱は激しく、足と腕の骨にはひびが入っていた……。グリンはその後、完治するまでに一ヶ月近くかかったの……」
彼女達もこの説明で、彼の口にした物がどれ程の劇薬かと言う事が理解出来た様です。
人は良く「限界を超える」なんて事を口にします。
ですが、限界を超えた先には「死」しか待っていないのです。
限界とは、その肉体が許容する上限なのですから。
一般的に言われている「限界を超える」とは、すなわち「上限を上げる」と言う事です。
通常であれば、「極限に達する」為であるとか、「限界に近づける」為に人は努力します。
自らの力量を上げる事で、自身の強さを底上げする……それが限界を超えると言う事です。
でも何かの力……魔法や薬物、もしくは精神的な物で限界を無理やり超えれば、それは即座に肉体へと跳ね返ってきます。
本来許容出来ない力を無理やり発揮するのですから、肉体が受けるダメージと言うのは軽くはありません。
ましてや、グリンの「愚者の粗食」が引き出す力は、「限界を超える」等と言う生易しい物ではないのです。
「……あのチョコは……『愚者の粗食』は悪魔の食事……。多分食した者の命……生命力を使って、とても信じられない力を引き出す効力があったのね……。彼は言っていたわ……『力を使っている時、痛みは感じなかった……。ただ、命が急激に消えて行く感覚だけがあった』って……」
それこそが「愚者の粗食」の効力……。
ただ力だけを求める様な愚か者にピッタリと言う、皮肉を込めて付けられたチョコの名前なのでした。
「ゴアアァァッ!」
その時、復活を果たしたんでしょうレオタイガーの雄叫びが洞窟内に響き渡りました!
鼓膜を震わして聞こえたその声は、怒り心頭と言う感情がまさにピッタリです!
そしてその瞳は、ユックリと近づく一人の男性をターゲットに認めたのでした!
咆哮が終わらぬ内に、レオタイガーはグリン目掛けて跳躍しました!
少なくない傷を受けた筈なのに、その動きは目を見張るものでした!
レオタイガーがグリンに飛び掛かり、その爪が彼の体を引き裂いた……筈でした!
少なくとも私の目にはそう見えたのです!
ですが怪物の体はグリンの体を擦り抜けて、彼の背後の地面へと着地する事となったのでした!
「ギャウッ!」
その直後、レオタイガーの体が大きく流れました!
いつの間に回り込んだのか、グリンが怪物の側面より斬り付け、レオタイガーの巨体に一筋の漸痕を残したのです!
怪物がこれまでに聞いた事のない声を上げました!
だけど与えた手傷は決して深くなく、レオタイガーは即座にグリンの方へと前足を薙ぎました!
ですがそこにあったグリンの体は再び霞み、中空へと解ける様に消え失せたのです!
―――残像……。
グリンの動きが余りにも早過ぎて、彼の移動を認識する事が出来なかった視覚に焼き付いた、空間に残された彼の映像がそれに当たります。
私達も、そして相対しているレオタイガーも、グリンの作りだす幻影に振り回されて、本体を見切る事が出来ないのです!
グリンは残念ながら戦士としての修練を殆ど積んでいないので、レオタイガーに与えるダメージは中々致命的とはならないわ。
ですが先程の私達が行った攻撃よりも、確実に手傷を負わせていました!
……でも……。
「……あれ……? あの血は……?」
地面に鮮血が飛び散ります。
でもその血は、レオタイガーだけの物では無かったのです。
それに疑問を持ったシャルが呟きを漏らしました。
「……あの血はグリンのものよ……。彼の肉体は、その動きに付いて行けるだけの強度を持っていないの……。だからあの動きを取り続ければ、瞬間的に異常な膨張を果たした筋肉が皮膚を破って、敵から攻撃を受けなくても傷を受けてしまうの……」
戦いが始まってまだ僅かしか経っていないのに、十に届く切傷を負ったレオタイガーと、攻撃を受けていないにも拘らず血塗れとなったグリンがそこには居ました。
どういった決着がつくとしてもそれはそう遠い先の話では無く、そして間違いなくどちらかの死と言う形になる事は明らかだと思わされる光景でした。
「ちょ……ちょっと……メル!? あれは少し不味いのでは……」
「シャルッ! 私はエルビンを連れて来るっ! あんたは、彼を回復する準備をしておいてねっ!」
グリンの姿を見て蒼ざめた顔でそう口にしたシャルに、私はそう指示を出しました。
それは今戦っているグリンが指示した事でもあります。
今は、彼の望みを遂行するために、一刻も早くエルビンの体を安全圏へと引き寄せなければならないわ。
私は持てる力を振り絞って「神懸り」を発揮して、グリンとレオタイガーが交戦する場所を擦り抜けようと駈け出しました!
―――でもその時っ!
捕捉出来ないグリンにしびれを切らしたのか、レオタイガーは新たに視界へと入って来た私に標的を定めたみたい!
強靭な脚力で地を蹴った怪物は、一足飛びで私の元へと急接近して来たのです!
「……っ!」
聞いた事も無い様な……聞きたくない様な音が私の耳に飛び込んできました。
それは太い枝を無理やり折った音と、雑巾を無理やり捻じり切った……不快その物の音でした。
息を呑んだ私の眼前に迫るレオタイガーの侵攻を食い止めたのは、認識出来ない速度で怪物の正面へと回り込んだグリンでした!
彼は、レオタイガー渾身の両前足による一撃を盾と剣で防いだだけでなく、力でその前足を抑え込んでいたのでした!
だけど元来、決して逞しいとは言えない彼の体にそれ程の力などなく、チョコの恩恵を受けて得た力ではその身体を傷つけるだけ!
事実、今聞こえたのは彼の筋肉が激しく傷つけられ、骨には無数のひびが入り最悪は折れて……。
「……グリン……」
涙で声が掠れて、ちゃんと彼に聞こえたかどうかわかりません。
でもグリンは、肩越しにその穏やかな……とても戦士とは思えない優しい顔を私に向けたのです。
「さあ……メル。早く……」
長く持たない……。
それだけが強く感じられました。
本当は彼を止めて、一緒にここから逃げ出したい!
だけど彼は、それを認めないでしょう……。
ならば私が今取れる行動は一つしかありません!
私が駆け出すと同時に、後方では再び戦闘音が鳴り出しました!
私は精一杯の「神懸り」を再発動させ、可能な限り迅速にエルビンの元へと向かいました!
「……う……あう……」
エルビンの元へと辿り着き抱き起すと、彼は微かに呻き声を上げました。
でも到底自力で動ける訳もなく、彼を肩で背負った私は即座にシャル達の元へと戻りました。
「今の私では、応急処置程度の魔法しか施しようがありません……早く地上へ戻らないとなりませんが……」
だけど、その場から立ち去ろうとする者は誰もいませんでした。
グリンの事が心配な私達は勿論、エルビンの事が気掛かりなティアも、その表情に心配と不安を浮かべながらも足を動かす事はありませんでした。
「グワアァァッ!」
そして、グリンとレオタイガーの戦闘も大詰めを迎えていたのです!
グリンの一撃がレオタイガーの右前脚を斬り落とし、怪物の悲鳴が周囲を
「グリンッ!」
圧倒的優勢な状況となった事で、シャルの口から歓喜の声が上がります!
ですがその直後っ!
「グリンッ!?」
もはや、全てにおいて限界を超えているグリンの体が傾きました!
その姿は、正しく燃え尽きる前の蝋燭と言った風情だったのです!
そのタイミングを逃すまいと、腕を斬られた怪物のもう一方の手が、グリンへと迫りました!
満身創痍のグリンに、その攻撃を躱そうと言う意志は伝わってきません。
その時、私が瞬間的に放り投げていた閃光弾が周囲を眩しく照らし、こちらを正面としていたレオタイガーは、再びその動きを止める事になりました!
そしてこちらへ背中を向けていたグリンにとって、それは千載一遇のチャンスとなったのです!
グリンの攻撃!
体ごとレオタイガーに預けたグリンの剣は、そのまま怪物の体へと吸い込まれました!
剣を埋めた位置は正しくレオタイガーの急所であった様で、怪物とグリンは
「……グリンッ……グリンッ!」
決着を見た私は、一目散に彼の元へと駆け寄ったのでした!
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