追いかけて、迷宮の深部
ネルサの街を発って1日半。私達は漸く「レベル5 ラビリンス」の入り口に辿り着きました。
ここまでの距離を考えれば、随分と無理な行軍をしてきましたが、それでも結局エルビンに追いつく事は出来ませんでした。
本当なら休憩する間も惜しんで進み、一刻も早く彼に追いつき無謀な行為を止めなければなりませんでしたが、もし彼がラビリンスへ入るまでに追いつけなければ私達も
当然そこでの戦闘も見据えなければならず、それには私達の体調もある程度万全でなければならないのです。
体力の消耗を抑え、短いながらも休息を取って可能な限り早く進んだ結果でした。
「……グリン、もしかすると
多分初めての強行軍……に近い移動で、シャルとティアの表情には疲れの色がありありと浮かんでいます。
「……その可能性も考えられるし、エルビンの向かった先がこのラビリンスじゃないって事もあり得るね……」
ここに向かったのは、あくまでもティアの意見を尊重しての事。
でもそれしか手掛かりがない以上、他に対応の取り様がありません。
「でも、出来るだけ進みやすい最短ルートでここまで来たわ……。何か意図があってでも無ければ、違う道程を使うって事は無いと思うんだけど……」
これも憶測に過ぎません。
結局、間違いのない情報が無い以上、こちらで打てる最良の手段を取るしかなかったんです。
「……兎に角、ラビリンスの中に入ってみよう。中層の最奥まで進んでみて、そこでどうするか判断しよう」
グリンの言葉に、私達は頷いて答えました。
入り口で話をしたところで、都合よくエルビンが現れるなんて事は無いのです。
私達は一層気を引き締めて、大きく開いたラビリンスへの入り口を潜りました。
「ティアッ、もう少し耐えてっ! 出来るわねっ!?」
「はっ……はいっ!」
「シャルッ! こちらも準備をっ! メルとティアが引いたタイミングに合わせるんだっ!」
「分かりましたわっ、グリンッ!」
上層から中層へと向かう下り坂の手前。
どうにも移動してくれない
巨大なアルマジロの体にサイの頭部……もしくは巨大なサイの体に強固な鎧を纏った姿のサイマジロは、その姿から想像出来る通り兎に角頑強な怪物です。
私の「神懸り」で加速を付けた剣閃も弾かれ、前衛を務める私とティアだけでは打つ手がありませんでした。
「ティアッ、もう十分よっ! 一、二の三で飛び退いてっ!」
「はっ……はいっ!」
この怪物「サイマジロ」を効果的に倒すには、シャルの魔法が一番です。
そして、シャルが魔法の準備を整えるまでの時間稼ぎを、ティアが確りと稼いでくれました。
ティアの持つタレンドは「堅忍不抜」。
自身の体力と防御力を強化する、防御に特化したタレンドでした。
彼女一人では、当然サイマジロの攻撃を防ぎきる事は出来ませんが、私が怪物の注意を引きながらの防戦で何とか防ぎきってくれたのです。
「……
「……一……二の……」
「「……三っ!」」
後方の準備を確認した私がカウントダウンをし、最後に声を併せてその場から大きく飛び退きました。
「
シャルが魔法を唱え切り、その手をサイマジロの方へと向けました!
その途端、魔法は発現され怪物の足元に亀裂が走り、大きく体勢を崩したサイマジロの腹部に土中より現れた巨大な突起が無数に突き刺さりました!
「ゴモゥ―――ッ!」
巨大な突起が幾本も突き刺さりその身体を分断させられたサイマジロは、断末魔の声を上げてその場へと倒れ込みました。
二つの巨塊に分かれた怪物は、もう動く事など出来ないでしょう。
「……お疲れ様、ティア。良く
「……い……いえ……。メルさんが怪物の注意を引き付けてくれていたから……それに……」
私が声を掛けると、息を荒げたティアは照れながらそう謙遜して後方を見やりました。
そこには、鼻息も荒くなっていそうな程のドヤ顔をしたシャルが立っています。
「……はいはい……今回は流石だったわ……」
「うっふふふー……漸く私の実力をお見せする事が出来ましたわね!」
シャルはこれ以上ないと言う位、大きな胸を張ってそう言い放ちました。
勿論、私に対して自分の実力を見せつけた……と言う事なんでしょうけど、それよりも余り上手くいったとは言えない前回の事が、彼女なりに心のどこかで引っ掛かってたんでしょうね。
「流石はアイネさん仕込みの魔法だね。流石だよ」
「そうでしょう? これからもバッチリ頼って下さって良いんですからね!」
そしてグリンがそう褒めた途端、シャルは今にも飛びつかんとする程彼の方へと向き直って喜びました。
「はい、そこまでー。早速移動を開始しましょう」
でも、それ以上を許す私ではありません。
グリンとシャルの間に割って入って、私はそう提案しました。
「むむー……」と恨めしそうに私を
「そ……そうだね。早く移動しないと、他の怪物が寄って来ちゃうからね」
グリンは苦笑いを浮かべて私に賛同して、自分も荷物を持ち上げました。
「あら……? あの怪物からは何も採取しないのですか?」
早々に立ち去る準備を始めるグリンに、シャルは疑問の声を上げました。
彼が前回、倒した怪物から肉や爪、牙や毛皮や鱗を採取している事を覚えていたのです。
「うん……。今回はそれよりも大切な事があるからね」
その言葉で私もシャルも、そしてティアの表情も変わりました。
ここで戦闘をしていた為、更に時間を取られました。
ここに来るまで、エルビンの姿は見つけられなかった事を考えれば、彼は更に深部へと進んだ事になります。
運が良ければ……と言えるかどうかは分かりませんが、ラビリンスに入っても怪物と遭遇する事無く進む事があります。
ラビリンスには怪物が生息していますが、それは
ラビリンスが地上に出現した直後こそ大多数の怪物が地上に溢れて来ると言う事ですが、ラビリンス最奥にある水晶を破壊する事で怪物の個体数は激減すると言う話なのです。
怪物の種類によって生息数にバラツキはあるものの、余程の事が無ければ立て続けに襲われる事が無い程、ラビリンス内では距離を置いて存在しているのです。
だから、このラビリンスは到底荷が重いだろうエルビンであっても、更に奥の階層へ向かった可能性があるのです。
私達は目の前にある中層へと向かう坂を見つめて、彼が無事である事を祈らずにはいられませんでした。
「……やっぱり、どこかで彼を追い抜いてしまったのではないのかしら?」
中層ももう終盤、目の前には下層へと向かう下り坂が口を開けています。
私達はシャルの能力で怪物との戦闘を避け、ひたすらエルビンの姿を求めて中層を下り進んで、とうとう下層への坂を目の前にしていました。
「……ひょっとすればそうかもしれないね……。もし、ここまで怪物と会わずに来れたとしたら、ある意味凄い幸運と言えるしね」
シャルの言葉にグリンも賛成しました。
そして私もそう思わずにはいられません。
それは一番彼を心配してるだろう、ティアも同じだと思います。
特に中層へと到達してからは、シャルの能力がなければ三回は怪物と遭遇していたかもしれませんでした。
―――その時っ!
「……っ!? 待ってっ! この下……少し先で二つの気配が……。これは……争ってる……?」
シャルが戦闘の気配を感じた様です!
そしてその気配が二つしかないと言う事は、パーティでの戦闘では無い事を意味しています!
怪物同士の争いでないとすれば、怪物1体と……人間が1人!
「みんなっ、急ごうっ!」
グリンの号令で、私達は一気に坂道を駆けおりました!
そしてシャルの指示する方向へと向かった先で……最悪の光景を目にしたのです!
―――そこには……。
遠目で見ても、深い手傷を負って倒れている少年戦士……エルビンと、彼を前足で踏みつけた姿勢でこちらへと眼光を向ける、深紅の体躯を持った巨大な獣王の姿があったのでした……!
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